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F1より難関 ホンダが「空飛ぶクルマ」で目指す革新

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2022/9/12 2:00
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ホンダが公表した「Honda eVTOL」のイメージ画像。定員は4人を想定している

ホンダが公表した「Honda eVTOL」のイメージ画像。定員は4人を想定している

日経ビジネス電子版

ホンダが開発を進める電動垂直離着陸機(eVTOL、イーブイトール)。この次世代の乗り物「空飛ぶクルマ」の開発に多彩なバックグラウンドを持つ人材が結集している。ただ「ビジネスを生み出す」という難所に挑むのはこれから。人型二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」や、パーソナルモビリティーの「UNI-CUB(ユニカブ)」は、事業として成立しないまま開発の幕を下ろした。モノをつくったところで立ち止まらず、市場を創造することでこそ真のイノベーターになれる。

「回します!」

「風入れます!」

技術者の合図とともに「送風中」のライトがともった。巨大な部屋の中央に置かれた直径1メートルほどのファンに向けて、トンネルのような開口部から強風が流れ込む。

栃木県の本田技術研究所にある風洞施設。過去、ホンダジェットの開発でもこの場所が使われた(写真:吉成大輔)

栃木県の本田技術研究所にある風洞施設。過去、ホンダジェットの開発でもこの場所が使われた(写真:吉成大輔)

部屋の外に待機する技術者たちは、ホワイトボードに細かく書き込まれた計算式やモニターに映される数値を代わる代わる眺め、窓越しにファンの様子をうかがう。

栃木県芳賀町の本田技術研究所の敷地内にある風洞施設。1990年代に四輪車の空力試験を行うために建てられたこの場所で、いま、「空飛ぶクルマ」の開発が進められている。

風洞試験を見つめる技術者たち。自前の試験設備を持つことは開発の上で有利だ(写真:吉成大輔)

風洞試験を見つめる技術者たち。自前の試験設備を持つことは開発の上で有利だ(写真:吉成大輔)

置かれているファンは、ホンダが開発する「Honda eVTOL」の機体尾部に付く推進用ローターの試作品だ。風を受けた際の部品の動きや振動を計測し、事前にコンピューター上でシミュレーションしたデータと突き合わせて性能や精度を調べていく。

eVTOLは公共交通や物流の担い手となる次世代の乗り物として注目が集まっている。その特徴は、滑走路を必要とせず垂直に離着陸できることや、電動で飛ぶこと、自動操縦できること。電動化によって部品点数が減り、操縦士も不要になるため、機体の価格や運航費用が安くなると期待されている。

トヨタ自動車が出資する米ジョビー・アビエーションや、国内スタートアップのスカイドライブ(愛知県豊田市)など様々なプレーヤーが入り混じり、空飛ぶクルマの開発競争は熱を帯びる。ホンダが参戦を表明したのは2021年9月。三部敏宏氏がホンダ社長に就任して5カ月が過ぎようとしていたころだった。

「ジェット」に続く空の新ビジネス

空飛ぶクルマ、アバターロボット、小型ロケット、月面エネルギーシステム……。「新領域へのチャレンジ」と銘打ち、技術研究所で進行するいくつかの研究開発プロジェクトについての内容が発表された。その中でも、空飛ぶクルマは事業化への道筋が一番はっきりと見えていた研究開発といっていい。

23年度にはアメリカで飛行テストを実施。25年までにプロトタイプを完成させて、事業化の可否を判断する。ゴーサインが出れば、30年の事業開始を目指し、機体の安全性を国に認証してもらう「型式証明」の取得へ動く。開発と事業化に成功すれば、販売好調な小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」に続く、空の領域での新ビジネスとなる。

実はeVTOLの開発は事業化を想定して会社として計画的に始まったものではない。「空を飛ぶものをつくりたい」と考えた有志の集まりがきっかけだった。

「空飛ぶバイク」から方向転換

16年、研究所内の空飛ぶ乗り物好きの技術者たち間で「新しい航空機がつくれないだろうか」との声が上がり、ひっそりとワーキンググループが立ち上がった。声をかけられて参加した1人が、現在eVTOLの研究開発を率いる東弘英シニアチーフエンジニアだ。

00年に中途入社して以降、ホンダジェットの構造設計に携わってきた東氏。10年にホンダジェットを離れてからは、ジェット開発で培った空力や軽量化の技術を四輪車や二輪車に展開するため、基礎研究センターに所属していた。「本来のキャリアに近い、航空の分野で何かできないか」と思っていた矢先の話だった。

当初はプロペラ飛行機をつくるというアイデアが中心だった。「どうせなら新しいものを」と考えていた東氏は一度プロジェクトから距離を置いたが、ワーキンググループに参加していた上司から開発責任者を頼まれ、17年に東氏が指揮を執る体制で空飛ぶ乗り物の開発はスタートした。

eVTOLの開発を率いる先進技術研究所新モビリティ領域の東弘英シニアチーフエンジニア(写真:吉成大輔)

eVTOLの開発を率いる先進技術研究所新モビリティ領域の東弘英シニアチーフエンジニア(写真:吉成大輔)

コンパクトで身近な乗り物で空を飛べれば、移動の選択肢が増えて便利になる。そうした思いで、まず風の力で浮いて移動する「空飛ぶバイク」に狙いを定め、少人数で乗って飛べる乗り物を目指した。

ただ、安全性を高めようとすると、どうしても機体が大きくなってしまうという壁にぶつかった。機体を大きくするならば、もう少し人が乗れるものに切り替えたほうがいいのではないか。行き着いたのは、国内外で話題になりつつあった「空飛ぶクルマ」だった。

すべて自分たちで

ただ、ホンダジェットの経験があった東氏には、莫大な研究開発費が必要になると容易に想像できた。パワーユニットを中心にコア技術を自社で開発し、機体は他社に任せる手もある。そうした考えから世界中の機体メーカーに出向き、パートナー探しに奔走した。

しかし、なかなか納得できる提携にはたどり着けない。そんなとき、新モビリティ領域を統括する川辺俊フェローが発したひと言によってその後の開発の方向性が固まる。「これくらいの機体(自分たちで)やれるだろう」。ホンダはエンジンも機体もすべて独自で開発する道を歩み始めた。

過去に製作した模型。実寸大では試験できないため、縮小モデルで風洞試験を行った(写真:吉成大輔)

過去に製作した模型。実寸大では試験できないため、縮小モデルで風洞試験を行った(写真:吉成大輔)

開発が本格化したのは19年夏ごろ。空飛ぶバイクの開発では二輪車や四輪車を畑とする飛ぶもの好き技術者が中心となっていたが、eVTOLをやると決めてからは、元ホンダジェットの技術者たちにも声をかけ、人材を集め始めた。

型式認定の取得が最難関になる。そこでは、ジェットで型式認定を取得したノウハウが大いに生きるのは間違いない。それに加え、東氏と同様、ジェットの開発初期に携わっていた多くのメンバーはジェットの部署を離れ、散り散りとなっていた。せっかくの知見やノウハウを何とかして若い世代に引き継がなければとの思いもあった。

F1技術者や外部人材も集結

元ジェットの技術者が加わって開発は加速した。例えばパワーユニット。当初は四輪車の技術者が中心だったため性能やコストの面では優れているものの「重量」に課題があった。経験者が入ったことで、法規上どこまで部品点数を減らせるのかといった線引きが分かり、軽量化が進んだ。

その後も社内公募や勧誘など、技術者が様々な形で集められ、組織は急激に大きくなった。21年で参戦を終了した自動車レース、フォーミュラワン(F1)の技術者たちも呼び寄せられた。F1の開発を離れた技術者は社内の様々な研究部門に配属されたが、eVTOLに移った技術者は数多い。

外部人材も続々と門をたたく。前職で防衛用ロケットの開発に携わっていたある技術者は「求人サイト見たところ、ホンダが何か空飛ぶモビリティをつくっているような記述があったため応募した」と話す。SNS(交流サイト)を見て海外から入社したという人も、ホンダを退職して航空機開発に従事していたが、舞い戻ったという技術者もいる。

ホンダジェット、四輪車、二輪車、F1、さらに様々なバックグラウンドを持つ外部人材が集結し、ホンダの社内でも他に例を見ないような組織が形作られている。

eVTOLの開発に取り組むホンダのエンジニアたち。経歴やバックグラウンドは皆ばらばらだ(写真:吉成大輔)

eVTOLの開発に取り組むホンダのエンジニアたち。経歴やバックグラウンドは皆ばらばらだ(写真:吉成大輔)

冒頭で紹介したように、21年9月、ホンダはeVTOLの研究開発について対外発表し、事業化へのロードマップも明らかにした。「親にも言うな」と厳しいかん口令を敷いていたホンダジェットの開発時と比べると、まるで様子が違う。開発を公にしたのは、これから社会を巻き込んで市場をつくり上げていく必要があるからだ。

どのように運航し、どんなビジネスモデルを構築するのか。まだ見ぬ乗り物を世に出すためには、機体をつくって終わりではなく、事業やサービスの形も同時に考えなければならない。

アシモ、ユニカブの挫折

過去にも研究所が中心となり、世間を驚かせるような開発をしてきたホンダ。00年にはアシモを発表。そのアシモの技術を応用し、座りながら身体を傾けるだけで移動できるユニカブも生み出した。

ホンダが開発したアシモ。開発は終了したが要素技術は他の研究開発に引き継がれている

ホンダが開発したアシモ。開発は終了したが要素技術は他の研究開発に引き継がれている

ただ、いずれも事業化でつまずいた。アシモは市販されることなく開発を終了し、ユニカブもビジネスとして展開されることはなかった。創造的な技術やプロダクトを開発しても、その先の市場をつくることができなかった。

「ビジネスをつくる」というのは、実は、ホンダが苦手とするところだ。過去、世界初の技術を開発しイノベーションを起こしてきたが、いずれも四輪車や二輪車という既存の製品と十分に確立した市場があった。いわば「後発イノベーター」と言ってもいいかもしれない。

逆に市場が確立していない段階で製品を生み出し、自らの手で市場を切り開いた経験は乏しい。他の多くの日本企業も同じ壁にぶつかっている。世の中にないモノ、市場もないモノをつくり、新たな価値を提案する。ホンダの技術者たちは、まさに自分たちがこの壁に挑戦していると理解している。

「eVTOLだけつくってもしょうがない。社会をつくらないと」

「技術者だけれど市場を見て、事業がどう成り立つかを考えている」

「プロジェクトの末端の人間まで、サービスをどうするか本気で悩んでいる」

すべてeVTOLの開発に携わる技術者の言葉だ。「ないものをつくる挑戦は、F1以上に難しい」と表現した技術者もいる。

過去、革新性を売りに戦ってきたホンダ。eVTOLのプロジェクトが有志の集まりを原点とするように、新しいものを生み出そうとする芽は社内に眠っている。こうしたアイデアを昇華させ、「ホンダがあったから人々の暮らしや社会が変わった」と評価される真のイノベーターになれるか。

ホンダの第2の創業は、この目標への挑戦でもある。

(日経ビジネス 橋本真実)

[日経ビジネス電子版 2022年8月23日の記事を再構成]

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