【製造業首位】海外展開加速。環境技術も優位。資金量9兆円規模。
ゴードン・ムーア氏は技術革新の指針をつくった=AP
スマートフォンには頭脳役のMPU(超小型演算処理装置)が入っていて、その集積回路の中には多数の「トランジスタ」と呼ばれる素子が搭載されている。素子数が多くなると、半導体の計算処理などの基本性能が上がる。そのためには半導体の回路線幅を細くする「微細化技術」の向上がカギとなる。半導体の加工寸法を短くしたり、配線幅や間隔などを細くしたりすると、1個の半導体チップにより多くの電子回路を描け、より多くの素子を搭載して、性能を引き上げられるようになる。
ムーア氏は集積回路の素子数が増加するペースを1965年に「1年ごとに倍増する」と予想し、75年には「2年ごとに倍増する」と変更した。かつて集積回路が登場した50年以上前には、回路の最小線幅が10マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルほどだったとされる。現在のスマホのMPUに使われている回路線幅は、4ナノ(ナノは10億分の1)メートルや5ナノメートルなど1ケタナノ台の技術が使われている。数字を丸めて約10ナノメートルとしても、単純計算で1000分の1にまで回路線幅が極小化したことになる。
こうした微細化の進展によって、記憶用半導体のメモリーやMPUでは年平均でトランジスタ搭載数が40%ほどの勢いで増えた。例えば、インテルが71年に発表した世界初の商用マイクロプロセッサー「4004」の素子数は2300個だった。現在のパソコンやスマホに搭載されているMPUでは素子数は数十億個にまで増えている。半世紀強で、半導体の素子数は100万倍以上の爆発的な進化を遂げ、ムーア氏の「予言」は的中したことになる。
一方、微細化が進展するにつれて、「ムーアの法則は終わった」という物理的な限界説が唱えられるようになった。そのたびに半導体業界はトランジスタを立体構造にするなど新たな技術導入を弾みにして、法則を「延命」してきた。複雑化に伴って、最先端技術の研究開発や投資にも巨額の費用がかかるようになり、自前主義から撤退する半導体メーカーも相次いだ。微細化技術の進化が頭打ちになる一方、微細化以外の方法で半導体の性能を高めようとする「モア・ザン・ムーア」と呼ばれる取り組みも活発化した。種類の異なるチップを縦に積んで高性能化する3次元実装が代表例だ。
現在、世界で微細化技術を開発するのは、インテルと韓国サムスン電子、半導体受託最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の3社だ。TSMCは数兆円をかけて2ナノメートルなど世界最先端品の量産準備を進めている。量産はしないが、技術開発に特化する形で米IBMも先頭集団に君臨し続けている。
ムーアの法則に導かれて世界のビッグスリーがしのぎを削る中、こうした競争に苦しんだ歴史が日本の半導体メーカーの歩んできた道のりとも言える。
東芝の半導体事業と、2012年に破綻したエルピーダメモリは韓国のサムスン電子との間で、記憶用半導体であるメモリーの微細化の研究開発と設備投資で激しく競り合った。汎用品のメモリーは古い世代は価格が下がるのも速い。そのため、各社は最先端品をいち早く開発し、価格が落ちないうちに量産に入って、他社に追いつかれる前に大量販売して投資回収を急ごうとした。
東芝やエルピーダはこうした競争で先頭に立とうとサムスンに対抗した。回路線幅を細くしてチップ面積を小さくし、1枚のシリコンウエハーから取れる半導体チップの個数を増やし、少しでも採算を良くしようとした。
だが、開発スピードと資金力に勝るサムスンからリードを奪うのは難しかった。メモリーの中でも東芝はNAND型フラッシュメモリーで善戦したが、DRAMでは、何世代もサムスンが先頭を走って利益を稼ぎ、潤沢な資金を使ってさらに大規模投資をする、という流れを変えられなかった。当時の最先端で1台50億円ほどもした液浸型露光装置の調達合戦が象徴的だ。サムスンが先に開発を終えて量産準備に入り、豊富な資金力で露光装置の調達ルートを抑えた。エルピーダの技術開発にメドが付いたころにはすでに装置は品薄で手に入れられない、ということが度々起こった。
エルピーダが破綻する直前に、当時の同社の最高技術責任者(CTO)は、「微細化競争では1990年代半ばからサムスンが長年リードしてきた。エルピーダの設立は99年だが、最先端世代の技術開発や量産時期で半年遅れる展開がずっと続いてきた。最先端世代のDRAM製品を半年遅れで市場投入すると、DRAM価格の下落局面では売上高で500億円を稼ぎ損なう計算になる」、と苦しい内情をこう打ち明けていた。
国内半導体大手ルネサスエレクトロニクスは、自動車や産業機器を制御する半導体であるマイコンについて、40ナノメートル製品までしか自社生産していない。28ナノメートルからはTSMCに全量を生産委託している。
国内のロジック系を生産する半導体メーカーは数年に一度変わる微細化技術の世代に対応するため、研究開発に数百億円、設備投資に数千億円を投じていたことが、業績悪化の要因の一つとなってきた。国内電機大手の半導体部門を集約して設立されたルネサスは、半導体の余剰生産能力や、モバイルやゲーム向けなど開発ペースが速く多額の資金や技術者が必要な分野から撤退するなど、負の遺産に後始末を付けるという役回りを担った。
過去にけりを付ける決断の一つが、「微細化の呪縛」を断ち切ることだった。水平分業の波に乗って、自社生産と生産委託を使い分ける「ファブライト」戦略を進めた。同時にアナログ半導体企業を買収して製品領域を広げ、制御系に強い半導体ソリューションメーカーの世界大手として復活を遂げた。
ラピダスの東哲郎会長は2ナノメートル品の国産化を目指す(写真:菊池一郎)
こうして微細化競争から敗れ去り、あるいは自らレールを降りた国内半導体業界。空白期間を経て、再び最先端半導体の国内量産を図る挑戦もある。東京エレクトロンの東哲郎元社長らがトヨタ自動車など国内企業8社からの出資を受けて設立したラピダス(東京・千代田)だ。ラピダスはIBMとの提携をテコにして、2ナノメートル世代から半導体の受託製造事業に乗り出そうとしている。
ラピダスが2ナノメートル品の製造に乗り出すのは、最先端半導体を再び国産化するためだ。ルネサスだけでなく、ソニーグループなどロジック系を手掛ける半導体メーカーが最先端の微細化技術の開発と量産から距離を置いたため、国内で生産できるロジック半導体は40ナノメートル品までにとどまる。
世界的に保護主義が強まり、欧米や中国、インドなどが技術を囲い込んで経済強国の座をつかもうと国同士が激しく戦う時代。日本も、ラピダスを全面的に支援する形で、電子立国リバイバルへと走り出した。半導体を制す国が、経済を制することができる――。各国のこうした思惑がぶつかり合い、半導体の技術革新への熱が世界的に高まっている。「ムーアの呪縛」に苦しんだ国内半導体産業が、鬼門とも言える最先端品の分野に舞い戻ろうとするのは他の理由もある。
「これまでのカルキュレーション(計算)からディスカバリー(探索)へと変わるだろう」。ラピダスの東会長は、提携先のIBM経営陣と最近議論し、その意見に膝を打った。頭脳役の最先端半導体が、あらゆる産業の新領域を切り開くかつてない重要な役割を担うようになる、との主張だ。
東会長は続ける。「人工知能(AI)はこの10年ほどで発展して普及が見えてきた。コンピューティング技術についても、人間の脳の働きを模したニューロモーフィック、量子コンピューティングなどが登場し、目覚ましく進歩した。世界が変わりつつある中で、日本が最先端半導体の開発と生産を諦めたままでは、半導体を使うあらゆる産業の競争力が取り返しの付かない水準に落ちる」
こうした危機感を抱く東会長が率いるラピダスは、量子コンピューティングや自動運転車、スマートファクトリー、ロボティクスに使う半導体など、特定領域の用途を顧客と開拓する方針だ。
「半導体の性能が指数関数的に向上することで、電子機器をより速く、小さく、安くなり続ける」というムーア氏が示したビジョンが、世界中の技術者を触発し、いつでもどこでもIT(情報技術)ネットワークにつながることができるユビキタス社会実現への原動力となった。そして現在、最先端半導体は命令を処理するだけの機能を大きく超え、未知の領域を発見する「大航海時代」のエンジンとして大きく期待されるようになっている。ムーアの法則ならぬ呪縛から逃れようと、国内で一度は止まった微細化技術の時計の針。再び時を刻むことはできるのか。
(日経ビジネス 岡田達也)
[日経ビジネス電子版 2023年3月27日の記事を再構成]
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