【総合電機】工場向け機器や空調などが稼ぎ頭。品質不正が発覚。
2022年10月8日早朝、湖北省武漢市で異変が起きた。
NANDフラッシュメモリーで中国最大手の長江存儲科技(YMTC)の武漢工場。20年から第2期の製造工場の設備投資が進んでおり、完成時にはシリコンウエハー20万枚相当の月産を計画する。早ければ22年中に量産が始まるとみられていた。
中国メモリー大手の長江存儲科技(YMTC)は、新たに米国の半導体輸出規制の対象に
ところが、設備の立ち上げが佳境を迎えるはずの8日朝に日本人技術者が出勤すると、アプライドマテリアルズやラムリサーチといった米国の半導体製造装置大手の技術者が全員いなくなっていた。待機部屋ももぬけの殻だったという。
米国時間7日、バイデン米政権が中国に対して、先端半導体に関する新たな輸出規制を発表したことが原因だが、時差を考慮するとほぼ即日のスピード対応だ。「米国は本気だ」。日系の半導体製造装置メーカーの中国法人幹部は、そう実感したと振り返る。「これまでは、即日対応というケースはなかった。米政府が半導体製造大手に周到な根回しを行ったのは間違いない」。今も、YMTC拠点に米国企業の技術者の姿はない。
22年11月の米中首脳会談で、中国の習近平国家主席と米国のバイデン大統領は笑顔で握手を交わしたが……(新華社=共同)
22年11月、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と米国のバイデン大統領は初の首脳会談を開催。バイデン氏は「競争を衝突に近づけないようにしていく」と述べ、習氏も「両国関係を健全で安定した発展の軌道に戻すことを期待している」と応じた。笑顔で握手を交わす光景からは、両国の緊張が雪解けに向かうことも期待された。
だが、12月に入ると中国は、米国による先端半導体などを巡る対中輸出規制は不当だと世界貿易機関(WTO)に提訴。米国はYMTCを含む30超の中国企業・団体を事実上の禁輸リストに加えるなど、対立がエスカレートしている。
米政府が警戒を強めているのは、中国の半導体技術が想像以上の速さで進歩しているためだ。これまで華為技術(ファーウェイ)傘下の半導体子会社などが設計で世界のライバルを圧倒することがあったが、ここにきて本丸と言える製造技術でも存在感を高めつつある。
その筆頭が、今回新たに米国の禁輸リストに追加されたYMTCだった。経営破綻した中国半導体大手、紫光集団の傘下企業として16年に設立。中国政府系の半導体産業育成ファンドからの支援もあり急成長を遂げた。カナダの技術分析会社テックインサイツの分析によると、22年に世界初となる232層のNANDフラッシュメモリーの量産化に成功したという。
技術の高さは折り紙付きで、米アップルもスマートフォン「iPhone」への搭載を検討していた。だが、米上院情報特別委員会のメンバーが両社の取引が国家安全保障にもたらす脅威を分析するよう米情報機関トップに要請したため、断念した経緯がある。22年7~9月のシェアは3.9%と、20年の0.6%から徐々に拡大。「メモリー回路の製造技術だけでみれば、すでに世界の大手企業とそん色ないレベルだ」と英調査会社オムディアの南川明氏は指摘する。
半導体の受託製造(ファウンドリー)では、中芯国際集成電路製造(SMIC)の存在も際立つ。電子機器の「頭脳」に当たるロジック半導体では、回路線幅で14ナノメートル(ナノは10億分の1、nm)の量産に対応する。22年7~9月は世界シェアで5位に付けた。
今回の一連の規制の中で、米国は新たにNANDフラッシュメモリーへの規制で記憶素子を128層以上積み重ねる積層技術を対象とした。ロジック半導体では許容する回路プロセスがこれまでの10nmから14nmまたは16nm以下と、より古い世代の製造技術に対象を拡大。いずれもYMTCやSMICの製造に直接影響を与える内容だ。
中国に対する米国の半導体輸出規制は、日本企業にも影響を与えかねない
業界を驚かせたのが「人」への規制も加わったこと。米国パスポートやグリーンカードの保有者などが中国の半導体工場で高性能半導体の開発や製造に使う機器の出荷や保守、修理などに関わる場合、米政府の許可が必要になる。冒頭で見た、YMTCの工場から米国企業の技術者が姿を消した理由だ。中国の半導体関連企業からは、米国人技術者の退職が相次いでいる。「最新の製造ライン立ち上げには、米国の技術者が持つノウハウは不可欠で、中国にとっては大きな痛手だ」(国内半導体関係者)
米政府は「軍事用途の機密技術が中国の軍や諜報(ちょうほう)機関などに不正入手されるのを防ぐため、あらゆる手段を講じていく」(米商務省の産業安全保障局)と説明。日本やオランダなど西側諸国に規制への同調を要請している。
オムディアの南川氏は、「ロジックやメモリーで中国が抜け道を見つけ出すのは厳しい」と指摘する。「設備メーカーの支援がなくなれば技術開発や歩留まり改善が滞る」(半導体関係者)。台湾の調査会社であるトレンドフォースは、YMTCが24年までにフラッシュメモリー市場から撤退を余儀なくされる可能性があるとみる。
SMICの趙海軍・共同最高経営責任者(CEO)は22年11月の決算説明会で、「新しい規制は我々の生産および操業に悪影響を及ぼす」と発言。22年12月までの投資額を従来から約3割増の66億ドル(約9700億円)に引き上げると発表した。米中対立を受けて装置の発注を前倒しした格好だが、製造装置メーカーからは「需給がタイトなうえ米国の規制もある。供給の優先度は低い」(日系大手幹部)との声も上がる。
追い詰められた中国。だが、なおも半導体の製造強化を諦めていない。足元で進むのが、メモリーやロジック半導体以外への投資だ。
「信じられないレベルで投資が増えている」。半導体の業界団体SEMIジャパン(東京・千代田)の青木慎一インダストリースペシャリストがこう話すのは、電力や電圧を制御するパワー半導体だ。同団体が22年10月末にまとめた中国の半導体工場の新規投資計画では、8割以上の確率で投資が進むと判断した8件の半数がパワー半導体への投資だった。水面下で検討が進む25超の案件でも、この傾向は変わらないという。
中国企業がパワー半導体投資を強化する理由は大きく2つ。電気自動車(EV)など脱炭素実現に不可欠なコア部品であること、そして最先端の微細加工技術が不要なことだ。「パワー半導体は90nmの技術が主流。製造のハードルが低いだけでなく、今回の米国による輸出規制も受けない」と青木氏は指摘する。
パワー半導体の世界市場では、独インフィニオンや米オンセミなどが上位を占め、三菱電機や富士電機など日本企業の存在感も高い。中国勢の伸長は、日本企業にとって脅威になりかねない。
習政権が15年に掲げたハイテク振興策「中国製造2025」で、目玉とされた半導体。ロジックやメモリー分野は米規制で減速が避けられないが、パワー半導体で今後さらなる米中対立の火花が散るかもしれない。
(日経BP上海支局 佐伯真也)
[日経ビジネス電子版 2023年1月13日の記事を再構成]
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