【国内1位】医療用医薬品に集中。がん領域の新薬開発に注力。
役員懇談会でスピーチを行う中外製薬の奥田修社長兼最高経営責任者
中外製薬は2022年12月16日にR&D(研究開発)説明会、20日に役員懇談会を開催した。説明会では「技術ドリブン」と称する創薬戦略の新たな成果を披露。23年4月には約1700億円を投資した延べ床面積約12万平方メートルの新研究拠点「中外ライフサイエンスパーク横浜」(横浜市戸塚区)が稼働する予定で、富士御殿場研究所(静岡県御殿場市)と鎌倉研究所(神奈川県鎌倉市)の2拠点に分散していた研究機能を集約してより効率的な研究体制の構築に動き出している。22年には売上収益、営業利益、当期利益とも6期連続で過去最高の更新を見込むが、創薬力の強化で好業績を維持できるだろうか。
R&D説明会でお披露目したのは、DONQ(ドンク)52という開発番号を付けた抗体医薬。抗体医薬は人間が持つ免疫の仕組みを治療に生かす薬だ。セリアック病という自己免疫疾患に対する治療薬を目指し、米国で初期の臨床試験を開始した。
セリアック病は小麦に含まれるグルテンの摂取によって、腸管内で免疫細胞が活性化し、下痢、便秘、嘔吐(おうと)などの症状が現れる。日本では少ないが、欧米では人口の約1%が罹患(りかん)しているとされる。グルテンフリーの食事をすることが唯一の治療法だが、日常生活でグルテン抜きの食事を徹底するのは難しく、治療薬の開発が求められている。
この疾患に対して、中外製薬では次世代抗体技術を活用して創薬に取り組んだ。舞台となったのは12年に創立したシンガポールにある研究子会社の中外ファーマボディー・リサーチ(CPR)。次世代抗体技術を活用した創薬に取り組んできた拠点だ。
研究グループはセリアック病治療薬を開発するために、バイスペシフィック抗体という次世代抗体技術を活用した。通常の抗体は、Y字型になった構造の右側の腕と左側の腕で同じ抗原に結合するが、異なる抗原に結合する腕を組み合わせて、2つの異なる抗原に結合する設計にしたのがバイスペシフィック抗体だ。
バイスペシフィック抗体は、中外製薬が血友病治療薬「ヘムライブラ」で活用した技術だ。ヘムライブラでは片側の腕で血液凝固第IX因子、もう片側の腕で血液凝固第X因子という2種類の抗原たんぱく質に同時に結合できる。
ただし、セリアック病の原因となるグルテンペプチドには数多くの種類がある。その多くの種類のグルテンペプチドを標的にしながら、グルテンペプチド以外のものには結合しないバイスペシフィック抗体に仕上げる必要があった。
この難題を克服するために、グルテンペプチドそのものではなく、免疫反応を引き起こす過程で、免疫系の細胞がグルテンペプチドとの複合体を形成したところを標的にすることにした。免疫系細胞との複合体にすることによって、抗原の構造に共通性が生まれるからだ。その狙いが当たり、DONQ52は25種類以上のグルテンペプチドと免疫系細胞との複合体に結合し、グルテンペプチドが引き起こす免疫反応を抑えることが試験管内の実験などで確認できているという。
「1つの抗原だけに結合する抗体を複数種類混ぜれば複数の抗原を抑えることができるが、それでは価格が高くなる。そこで、バイスペシフィック抗体をベースにして複数の抗原に結合するものをつくってみようというアイデアが出てきたが、実際に25種類という広範なグルテンペプチドを抑えながら、かつグルテンペプチド以外の抗原には作用しないものに仕上げるのは簡単ではなかった。オートメーションで抗体候補の最適化を進めるなどの技術基盤を構築できていたからできたことでもある」と、山田尚文取締役上席執行役員は説明する。
これこそまさに、中外製薬が掲げる技術ドリブンの創薬の成果といえるだろう。山田上席執行役員は、「自慢ではないが、他社でこんな広範な働きをする抗体医薬の話を聞いたことがない」と説明する。
もちろん、DONQ52はまだ初期段階の臨床試験を開始したばかりで、医薬品に育つかどうかは分からない。セリアック病に対して承認された医薬品はまだないが、他社も研究開発に力を入れている。例えば、22年10月には武田薬品工業がドイツのバイオ企業とセリアック病治療用の飲み薬に関して提携したことを発表している。注射薬であるDONQ52が仮に医薬品になっても市場でどれぐらい受け入れられるかは分からない。
それでも中外製薬の技術力を示すユニークな候補品であることは確かだ。R&D説明会で根津淳一R&Dポートフォリオ部長は、「技術をつくり上げて、それが最も価値を生み出せるようなターゲットや疾患に適応するというのが基本戦略だ」と説明した。多くの製薬企業が重点疾患領域を定め、その領域の中で創薬テーマに取り組むのに対して、疾患領域を限定せず、技術やアイデアをベースに独自性と価値の高い創薬に挑戦するというのが中外製薬の創薬戦略なのだ。
ただし、技術ドリブン戦略には課題もある。創薬には技術だけでなく、疾患の発症メカニズムなどの分子生物学的な知識と、患者数やそのニーズなど市場性に対する理解が不可欠だ。多くの企業が重点疾患領域を定め、そこを深掘りする方法を採っているのは疾患に対する理解を深められるからだろう。
そうした課題については山田上席執行役員も認識しているようで、「技術ドリブンだからといって技術だけつくっていても創薬はできない。社外に良い標的分子があるなら取り入れていきたい。今までは自分たちで創薬するというマインドセットが強かったが、オープンイノベーションにも力を入れていく」と語る。
横浜市に開設する新研究拠点は、オープンイノベーションの拠点としての役割も担うことになるだろう。スイスのロシュグループとの役割分担の中で、研究と早期開発にリソースを集中させる方針を採っている中外製薬が、今後もハイペースで候補品を生み出していけるのかに注目していきたい。
(日経ビジネス/日経バイオテク 橋本宗明)
[日経ビジネス電子版 2022年12月28日の記事を再構成]
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