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小津からヌーベルバーグへ、撮影監督の川又昂氏逝く

文化往来
2019/10/23 11:52
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撮影監督の川又昂さんが93歳で世を去った。大島渚監督「青春残酷物語」「太陽の墓場」(1960年)で新鋭カメラマンとして頭角を現し、野村芳太郎監督との名コンビで「砂の器」「八つ墓村」「事件」「鬼畜」といった70年代の日本映画の代表作を手がけた。今村昌平監督「黒い雨」(89年)はその集大成だった。

死去した川又昂さん(共同)

45年に松竹に入社。小津安二郎監督とのコンビで知られる厚田雄春カメラマンの下で長く撮影助手を務めた。「東京物語」(53年)での小津とのロケハンの思い出話は忘れられない。上京した老夫婦が泊まる長男宅の周囲の風景を探して、小岩から北千住まで延々と歩く。重い機材を抱えた川又らが空腹なのに、小津は「夕方のビールがまずくなる」と涼しい顔で言い、昼食もとらず、ずんずん先頭を歩いたという。

カメラをローアングルに固定する小津組に誠実に仕えた川又が一躍脚光を浴びたのが松竹ヌーベルバーグの代表作「青春残酷物語」。「でっかいアップを撮りたい」「人物を動かして追いかけたい」とかねがね思っていた川又がカメラを縦横に動かし、ヌーベルバーグの躍動を体現した。スポーツマンだった川又の感覚を買う大島の強い希望による起用だった。

60年代から組み続けた野村芳太郎とは斜陽期の日本映画に光を放つ名作群を生みだした。やはり小津組出身で小津を反面教師に道を切り開いた今村昌平と組んだ「黒い雨」は、今村にとっても川又にとっても後期の代表作となった。

若手カメラマンとして注目されたころ、大船で最後に会った小津に「俺だって蒲田のヌーベルバーグだったんだぞ」と言われたと語った。松竹大船調を熟知しながら、自身の個性を打ち出し、その後の日本映画を引っ張った。晩年は小津作品や大島作品などの修復に尽力した。

(古賀重樹)

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