2019年8月21日(水)
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日米外交60年の瞬間 第6部

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第6部 一覧

岸・マッカーサー間で基本合意  60年安保への序曲(55) [有料会員限定]

 朝海浩一郎大使の1952年5月14日の発言は、あとからみれば、翌15日の岸信介首相とマッカーサー駐日大使との会談を意識したものだったろう。岸訪米に備えたマッカーサーとの日米予備会談はこの日で…続き (2016/1/16 6:30)

「日米冷却」 朝海大使の危機感  60年安保への序曲(54) [有料会員限定]

 日米関係史上、有名な言葉のひとつに「朝海の悪夢」がある。
 朝海浩一郎駐米大使が在任中、日本にとって最大の外交的悪夢は何かと聞かれ、日本があずかり知らぬ間に米中が頭越しに手を握ることと答え、それが19…続き (2016/1/9 6:30)

核をめぐって日米すれ違い  60年安保への序曲(53) [有料会員限定]

米国が1945年に人類最初の核実験を行ったニューメキシコ州には「グラウンド・ゼロ(爆心地)」を示す溶岩の碑がある。実験はその後もネバダ州や太平洋などで繰り返し行われた=共同

共同

 1957年5月13日から14日にかけ、日本でも国際的にも核(原子力)をめぐる様々な動きがあった。平和利用にせよ、軍事利用にせよ、核保有国は核の有用性を確信し、唯一の被爆国日本は、平和利用のみを認める…続き (2016/1/2 6:30)

いまも繰り返す「核保有は合憲も」の岸答弁  60年安保への序曲(52) [有料会員限定]

岸信介(左)と孫の安倍晋三

 好事魔多し。お国入りを楽しんだ岸信介首相が国会に戻ると、ちょっとした爆弾が破裂した。日本が憲法上核兵器を持てるかどうかの論争である。岸は「合憲の場合もある」と答弁した。いまに尾を引く論争である。…続き (2015/12/26 6:30)

岸首相、汚職・貧乏・暴力追放を国際的観点でと表明  60年安保への序曲(51) [有料会員限定]

地元でくつろぐ岸首相(1957年5月4日の日経夕刊1面から)

 1957年5月3日、日本国憲法施行10周年の記念日のこの日、岸信介首相は憲法関係の行事には出ず、午前8時過ぎに伊勢市に到着した。伊勢神宮参拝のためである。首相の伊勢参拝といえば、正月恒例の行事だが、…続き (2015/12/19 6:30)

日ソ蜜月にみえた日本外交の裏で  60年安保への序曲(50) [有料会員限定]

 1957年4月の日本外交は、いま考えると不思議だが、日ソ関係に始まり、日ソ関係に終わった感がある。4月5日、岸信介首相とテヴォシアン駐日ソ連大使との間で日ソ漁業交渉が実質妥結した。…続き (2015/12/12 6:30)

岸訪米の陰の課題  60年安保への序曲(49) [有料会員限定]

小笠原諸島の南島(手前)と父島=環境省提供・共同

環境省提供・共同

 1957年4月29日の天皇誕生日の一般参賀は、皇宮警察によると、9万2500人と戦後最高を記録した。56歳の誕生日を迎えた昭和天皇は午前10時5分からモーニング姿で広庭のお立ち台に立たれたのをはじめ…続き (2015/12/5 6:30)

ダレス・岸、食い違う関心  60年安保への序曲(48) [有料会員限定]

ジョン・ダレス。アイゼンハワー大統領の下、1953年1月~59年4月に国務長官を務めた=共同

共同

 日米の食い違いは沖縄だけではない。地球規模での冷戦を戦う米国、それに対し日本外交の重心は日米関係であり、アジアだった。1957年4月下旬、日米の関心の違い見せつけるような2つの重要…続き (2015/11/28 6:30)

沖縄返還に米から「ノー」  60年安保への序曲(47) [有料会員限定]

 衆院法務委員会での岸信介首相の沖縄返還要求発言に対して1957年4月19日、米国から間接的回答があった。結果は「ノー」である。
 いまなら日本の首相がこれほど政治的に重い発言をすれば、ホワイ…続き (2015/11/21 6:30)

沖縄返還を切々と語った岸首相  60年安保への序曲(46) [有料会員限定]

沖縄返還が実現したのは1972年。那覇市の国際通りには本土復帰を祝う横断幕が掲げられた=共同

共同

 社会党の浅沼稲次郎書記長らの訪中に対する政府・自民党の返答だったのか、岸信介首相は1957年4月16日の衆院法務委員会で社会党の佐竹晴記の質問に答え、米軍統治下にあった沖縄の施政権の返還について冷静…続き (2015/11/14 6:30)

岸訪米の向こうを張った浅沼訪中  60年安保への序曲(45) [有料会員限定]

社会党で書記長を務め、後に委員長になった浅沼稲次郎

 岸信介内閣が東南アジア、米国訪問に向けて動きだしてくれば、野党も黙ってはいられない。自民、社会両党による55年体制が米ソ冷戦の国内版とわかったのは、冷戦が終わってからだが、この時社会党は浅沼稲次郎書…続き (2015/11/7 6:30)

マッカーサーに極秘メモを語る岸  60年安保への序曲(44) [有料会員限定]

 1957年4月13日午前9時10分から岸信介首相は外務省の大臣室でマッカーサー駐日米大使と約1時間40分会談した。
 三木武夫幹事長が夜汽車で記者団にまるで岸になったような気分で日米首脳会談について語…続き (2015/10/31 6:30)

外交にも「新鮮味」考えた岸首相  60年安保への序曲(43) [有料会員限定]

自民党の総務会長を務めた砂田重政

 1957年4月になると、石橋内閣を居抜きで引き継いだ岸信介首相は、内政、外交両面にわたり、自分らしい新味を出したいと考え始めていた。
 内政面の新味は、いうまでもなく、内閣と自民党の人事刷新である。
…続き (2015/10/24 6:30)

アイゼンハワー大統領からの贈り物  60年安保への序曲(42) [有料会員限定]

 1957年4月10日(ワシントン時間)、アイゼンハワー政権は、岸信介首相の訪米を控え、日本にちょっとしたプレゼントを贈った。アイゼンハワー大統領は同日の記者会見で、日本が求める対中共貿易の制限緩和に…続き (2015/10/17 6:30)

石田官房長官を怒らせた外務省  60年安保への序曲(41) [有料会員限定]

石橋湛山内閣と第1次岸内閣で官房長官を務めた後、労働大臣などを歴任した石田博英

 日米両政府は1957年4月5日午前6時(ワシントン時間4日午後4時)、岸信介首相の訪米について共同発表した。共同発表文は次の通りである。
 岸内閣総理大臣に対し、アイゼンハワー・アメリカ合衆国大統領は…続き (2015/10/10 6:30)

在日米極東軍司令部が解体へ  60年安保への序曲(40) [有料会員限定]

神奈川県の相模原・座間両市にまたがる米軍のキャンプ座間。在日米極東軍司令部はここに置かれていた。現在も在日米陸軍の司令部がある

 1957年4月4日午後、岸信介首相は、多忙な日程をこなした。午後3時から首相官邸で内閣記者会と会見、4時半から官邸でマッカーサー駐日米大使と会談した。5時半からは外務省に場所を移し、テヴォシアン駐日…続き (2015/10/3 6:33)

米ソ両大使と会談した岸首相  60年安保への序曲(39) [有料会員限定]

 岸信介首相兼外相は、1957年3月21日午前に自民党総裁に選ばれて「総理・総裁」としての基盤を固めると、せきを切ったように外交的な動きを始める。21日午後3時、首相官邸にテヴォシアン・ソ連大使を招き…続き (2015/9/26 6:30)

岸の「対米自主独立」の始まり  60年安保への序曲(38) [有料会員限定]

岸信介氏

 訪米をめぐる鳩首(きゅうしゅ)協議の翌日の話である。
 自民党は1957年3月21日午前10時10分から東京・大手町の産経ホールで第4回党大会を開き、岸信介首相を新総裁に選出した。総裁選挙は無記名投票…続き (2015/9/19 6:30)

首相訪米で外務省幹部が鳩首協議  60年安保への序曲(37) [有料会員限定]

 1957年3月20日午後、大野勝巳外務次官の部屋に湯川盛夫経済局長、千葉皓欧米局長らが集まり、岸信介首相の訪米について打ち合わせた。経済局長が出席しているのだから、話題は経済である。…続き (2015/9/12 6:30)

日米揺さぶるフルシチョフ  60年安保への序曲(36) [有料会員限定]

シベリアに抑留された日本人の収容所日誌(京都府舞鶴市の舞鶴引揚記念館)。日ソ国交回復交渉の過程で、日本側はソ連が抑留者を「政治的人質」として利用していると受け止めていた=同記念館提供・共同

共同

 岸信介首相の訪米、日米安全保障条約改定に向けたソ連のけん制球なのだろうか。1957年3月19日、モスクワを訪問した日本の非政府組織(NGO)代表にフルシチョフ第一書記自らがソ連抑留日本人793人の名…続き (2015/9/5 6:30)

60年安保交渉で日本が求めたもの  60年安保への序曲(35) [有料会員限定]

旧日米安全保障条約のレプリカ(外務省外交史料館)。両国代表の署名が見える。日本側は吉田茂

 1957年3月17日付日経朝刊1面トップで報道された日米安保条約改定に関する外務省の方針には、当時の外務省の問題意識がうかがえる。日経の見出しに使われた言葉を基に、交渉の入り口と出口を解説しておこう…続き (2015/8/29 6:30)

安保条約改定、具体的方針が明らかに  60年安保への序曲(34) [有料会員限定]

 岸信介首相は、1957年3月14日午前9時45分からダグラス・マッカーサー2世駐日米大使を首相官邸に招き、初めて会談した。ふたりは初対面ではない。岸内閣が発足した2月25日午前10時から岸は外相とし…続き (2015/8/22 6:30)

訪米にらみ、動き出す岸の経済外交  60年安保への序曲(33) [有料会員限定]

 きょうは戦後70年の終戦の日である。この物語は今、戦後12年つまり1957年の3月の東京とワシントンを再現している。主人公は現在の安倍晋三首相の祖父である岸信介首相兼外相である。
 アイゼンハワー政権…続き (2015/8/15 6:30)

自由貿易主義に冷戦戦略が混じるフェアレス報告  60年安保への序曲(32) [有料会員限定]

フェアレス報告から58年後の現在、大詰めを迎えているTPP交渉。実現すれば世界最大の自由貿易圏ができることになる(7月28日、米ハワイ州ラハイナでの閣僚会合)=共同

共同

 ホワイトハウスは1957年3月6日、ベンジャミン・F・フェアレス委員長率いる米大統領対外援助民間諮問委員会の対外援助計画書を発表した。欧州、中東、極東18カ国を約2カ月かけて歴訪し、2月11日には東…続き (2015/8/8 6:30)

米ソが外交戦で火花  60年安保への序曲(31) [有料会員限定]

1960年代前半までソ連を率い、米国と対峙したフルシチョフ

 ソ連のオビ号による宗谷救出劇があった1957年2月から3月にかけ、日ソ間では漁業交渉が続いていた。ソ連からクータレフ交渉団長が東京を訪れ、初めは井出一太郎農相、そして河野一郎前農相も乗り出した政治折…続き (2015/8/1 6:30)

南極でソ連船に助けられた「宗谷」  60年安保への序曲(30) [有料会員限定]

初代の南極観測船「宗谷」。引退後の現在は、東京都品川区の船の科学館で展示されている

 1957年2月半ば以降、日本での石橋湛山政権から岸信介政権への移行とほぼ時を同じくして南極で危機が発生していた。この物語で紹介した南極観測船・宗谷が氷の海に閉じ込められてしまったのである。日本政府は…続き (2015/7/25 6:30)

有能な職業外交官、マッカーサー  60年安保への序曲(29) [有料会員限定]

 この物語の第1部の主人公のひとりだったマッカーサー元帥のおいにあたるダグラス・マッカーサー2世が東京の土を踏んだのは、信任状提出の10日前の1957年2月15日だった。午後10時15分羽田着のパン・…続き (2015/7/18 6:30)

岸内閣ようやく成立  60年安保への序曲(28) [有料会員限定]

 国会は1957年2月25日午後1時すぎから衆参両院で本会議を開き、岸信介を首相に指名した。岸は直ちに国会内大臣室に入り、石橋内閣の官房長官だった石田博英の再任を決め、組閣に入った。56年12月の自民…続き (2015/7/11 6:30)

石橋退陣に激動した2.22  60年安保への序曲(27) [有料会員限定]

石橋書簡を読む三木武夫自民党幹事長(当時、1957年2月22日)=石橋湛山記念財団提供

石橋湛山記念財団提供

 1957年2月20日午後3時30分からわずか15分の石橋湛山首相と岸信介首相臨時代理との会談は実際のところ何が話し合われたのだろうか。
 会談には三木武夫自民党幹事長も同席していた。三木は20日午前1…続き (2015/7/4 6:30)

日米のジンクス、石橋政権にも?  60年安保への序曲(26) [有料会員限定]

三木武夫氏

 対米関係で問題を起こした政権は長続きしないというジンクスが日本にはある。
 普天間基地問題で行き詰まった鳩山由紀夫首相の例は記憶に新しいが、アイゼンハワー大統領の訪日を返上した岸信介首相、日米経済交渉…続き (2015/6/27 6:30)

防衛が焦点だった岸・フェアレス会談  60年安保への序曲(25) [有料会員限定]

1954年に開かれた自衛隊の発足式。陸上・海上・航空の3自衛隊が新設された。装備する武器の多くは米軍の供与品だった=共同

共同

 1957年2月9日午後3時45分、羽田空港に米軍機が着いた。降りてきたのは、米大統領対外援助民間諮問委員会のベンジャミン・F・フェアレス委員長である。
 フェアレスはUSスチール前会長であり、バージニ…続き (2015/6/20 6:30)

重光のウソを基礎に核拒否を閣議決定  60年安保への序曲(24) [有料会員限定]

重光葵氏=共同

共同

 日本政府は、1957年2月8日の閣議で、米国から核兵器を装備した部隊を日本に駐留させたいとの申し入れがあっても拒否するとの態度を決定した。石田博英官房長官は同日正午からの記者会見で「米国から申し入れ…続き (2015/6/13 6:30)

岸首相代理が安保改定交渉を示唆  60年安保への序曲(23) [有料会員限定]

岸信介氏

 岸信介首相臨時代理は1957年2月4日の衆院本会議で、代読した石橋湛山首相の施政方針演説に対する代表質問を受けた。野党側の最初の質問者は鈴木茂三郎社会党委員長だった。鈴木は石橋の全快を祈ると述べたの…続き (2015/6/6 6:30)

評価相半ばした岸首相代理の外交演説  60年安保への序曲(22) [有料会員限定]

 ジラード事件の裁判結果まで触れたので1957年2月に筆を戻す。衆参両院本会議で2月4日、政府4演説が行われた。岸信介首相臨時代理は、石橋湛山首相の代理で施政方針演説をしたのに続き、外相として外交演説…続き (2015/5/30 6:30)

朝海浩一郎駐米大使と密約説  60年安保への序曲(21) [有料会員限定]

 この物語は基本的に時系列に沿って筆を進めているが、ジラード事件の解決には時間がかかったので、例外的に時間をとばして筆を進める。それが済んだところで1957年2月に戻ることにする。…続き (2015/5/23 6:30)

ジラード事件に社会党も怒りの声明  60年安保への序曲(20) [有料会員限定]

1945年11月に開かれた社会党の結党大会。野溝氏は結党に向け熱心に活動した「大物」だった=共同

共同

 1957年2月6日、社会党もジラード事件についてようやく声をあげた。同党軍事基地対策特別委員会(野溝勝委員長)が声明を発表し、抗議の意思を示す「国民運動」を展開するとした。…続き (2015/5/16 6:30)

ジラード事件めぐり日米で食い違い  60年安保への序曲(19) [有料会員限定]

 1957年2月6日午前10時、埼玉県熊谷市にあった米軍キャンプ・ウィッティントン民政部長のレイカス大尉が前橋市の群馬県庁を訪ね、竹腰俊蔵知事あての米第1騎兵師団長のカーンズ少将の書簡を手渡した。内閣…続き (2015/5/9 6:30)

日米関係を揺さぶったジラード事件  60年安保への序曲(18) [有料会員限定]

 「ジラード事件」として日米関係史に残る事件が報道されたのは、事件がおきてから4日後の1957年2月3日だった。3日付日経朝刊社会面の中央に4段見出しの目立つ扱いで「人妻を米兵が射殺 群馬 演習場立入…続き (2015/5/2 6:30)

岸外相が首相臨時代理に  60年安保への序曲(17) [有料会員限定]

津島寿一氏

 1957年1月31日、日本の政局も動いた。
 病気療養中の石橋湛山首相は岸信介外相を首相臨時代理に指名した。石田博英官房長官、三木武夫自民党幹事長、砂田重政総務会長らが協議し、決めたものであり、石田、…続き (2015/4/25 6:30)

ふたつの日米経済摩擦が同時表面化  60年安保への序曲(16) [有料会員限定]

 1957年1月31日、日米間でふたつの経済摩擦が表面化した。経済摩擦という言葉は経済問題に限った摩擦のような印象を与えるが、実際には経済をめぐる国際間の摩擦は政治摩擦、外交摩擦でもある。ここで明らか…続き (2015/4/18 6:30)

3週間かかった石橋から岸への政権移行  60年安保への序曲(15) [有料会員限定]

国会開会と石橋首相の欠席を伝えた1957年1月30日の日本経済新聞夕刊1面

 第6部は岸信介外相を中心に展開するが、1957年1月30日、岸に政権が移る重要なニュースがあった。石橋湛山首相が風邪で通常国会の開会式を欠席したのである。
 南極上陸の興奮のなかだったから、例えば日経…続き (2015/4/11 6:30)

「昭和基地」の祝賀報道の陰で  60年安保への序曲(14) [有料会員限定]

南極への調査は現在も続いている(南極観測船「しらせ」)

 1957年1月30日は、日本にとって3つの重大なニュースが発生した日である。ひとつは第一報から大きく報道され、もうひとつは、初めは地味な扱いだった。3つ目は日米関係を揺るがす事件だったが、30日段階…続き (2015/4/4 7:00)

大使会議に閣僚集めた岸外相の存在感  60年安保への序曲(13) [有料会員限定]

56年の総裁選。岸外相(中)は第1回投票では1位だった。(左は石橋湛山首相)

 1957年1月24日午前10時から外務省でアジア・太平洋公館長会議を開いた。公館長とは大使や総領事のことであり、17人の公館長が出席した。この、いわゆる大使会議が異例だったのは、岸信介外相だけでなく…続き (2015/3/28 7:27)

防衛分担金で日本の自主性認める  60年安保への序曲(12) [有料会員限定]

田中内閣当時の増原防衛庁長官(右端)

 1957年1月20日午後9時、防衛分担金をめぐる日米交渉が妥結し、共同発表された。1957年度の防衛関係費は防衛庁費1010億円、施設提供費105億円、防衛分担金は56年度より4億円少ない296億円…続き (2015/3/21 7:00)

国防費が6割占めたアイゼンハワー予算教書  60年安保への序曲(11) [有料会員限定]

 アイゼンハワー米大統領は1957年1月16日正午(日本時間17日午前2時)、1958会計年度(57年7月~58年6月)の予算教書を連邦議会に送った。
 日米防衛分担金交渉は決着していないが、それは構わ…続き (2015/3/14 7:00)

石橋・アリソン、防衛分担金で切り結ぶ  60年安保への序曲(10) [有料会員限定]

 1957年の日米関係を見る前提として当時の日本の世相の一端に触れておきたい。同年1月14日付日経社会面に「曲がり角に来た日本語」というコラムが載っている。
 連載の12回目であり、この日の記事の見出し…続き (2015/3/7 7:00)

「日米の冷たい空気一掃」と語った岸外相  60年安保への序曲(9) [有料会員限定]

 1957年1月11日、第6部の主人公である岸信介外相が口を開いた。関西での自民党遊説大会に出席するため大阪入りし、新大阪ホテルで記者会見した。新大阪ホテルは現在のリーガロイヤルホテルである。…続き (2015/2/28 7:00)

アイゼンハワー一般教書で見えた「芽」  60年安保への序曲(8) [有料会員限定]

 アイゼンハワー米大統領は1957年1月10日、上下両院合同会議で一般教書演説をした。「強大な軍事力を持つ帝国主義的な独裁性」「帝国主義の脅威」などの表現を使った。いずれもソ連を指した。…続き (2015/2/21 7:00)

イーデン英首相辞任の衝撃と教訓  60年安保への序曲(7) [有料会員限定]

田中六助特派員は後に代議士となり自民党幹事長、通産相などを歴任した

 1957年1月9日、ロンドン発のニュースが世界を駆け巡った。アンソニー・イーデン英首相の辞任である。このニュースそれ自体は日米関係には直接は関係ない。しかし辞任に追い込まれた背景には、米国との協調な…続き (2015/2/14 7:00)

石橋首相「5つの誓い」に透けるもの  60年安保への序曲(6) [有料会員限定]

岸信介氏。外相から「石橋」後継として首相に=AP

AP

 自民党は、1957年1月8日午後1時から東京・日比谷公会堂で「大演説会」と銘打った集会を開いた。聴衆約3000人というから、室内の催しとしては当時としては最大規模だった。舞台の上には第6部の中心人物…続き (2015/2/7 7:00)

箱根で「対米」軌道修正考えた石橋首相  60年安保への序曲(5) [有料会員限定]

石橋湛山首相

 1957年1月早々ワシントンで行われた日米繊維交渉に対して就任したばかりの石橋湛山首相が関心を持った形跡はない。石橋は箱根湯本の旅館「松の茶屋」に滞在し、下界の騒ぎをよそにこれからの政権運営をめぐっ…続き (2015/1/31 7:31)

報道で暗転した日米綿交渉  60年安保への序曲(4) [有料会員限定]

 1957年初め、米国に対する日本のある製品の輸出をどう自主規制するかどうかが日米間の懸案になっていた。1970年代から90年代にかけて激化する日米貿易摩擦の先触れである。しかし摩擦の対象となっていた…続き (2015/1/24 7:00)

アイクの目に映った「雪解け」  60年安保への序曲(3) [有料会員限定]

 アイゼンハワー米大統領は1957年1月2日、モスクワの米大使館を通じ、ソ連政府に文書を送った。ブルガーニン・ソ連首相が56年11月17日に送った軍縮問題に関する書簡に対する返書だった。2015年から当時を振り返って注目したいのは、米ソ首脳間で軍…続き (2015/1/17 7:00)

国連中心主義を宣言した石橋政権  60年安保への序曲(2) [有料会員限定]

国連への政府代表・沢田廉三前外務省顧問(毎日新聞社提供)

毎日新聞社提供

 1957年の日本外交は年明け早々始動した。1月2日、第11回国連総会が再開した。日本にとって初めての国連の場に臨む政府代表は沢田廉三前外務省顧問だった。…続き (2015/1/10 7:00)

神武景気のなかでの年明け  60年安保への序曲(1) [有料会員限定]

安倍首相の祖父にあたる岸首相

 2015年が明けた。それに合わせ、この物語も第6部に入る。話は1957年1月から始まる。サンフランシスコ講和条約が発効して第5部が終わった52年4月末からほぼ5年の時が流れている。
…続き (2015/1/3 7:00)

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