2019年8月19日(月)
トップ > 連載 > 日米外交60年の瞬間 第1部

日米外交60年の瞬間 第1部

フォローする

第1部 一覧

安保考えさせた18日間 ダレス氏歓迎した日本(14) [有料会員限定]

講和について第三者的な中立論をとっていた社会党の鈴木茂三郎委員長(1951年1月)=朝日新聞社提供

朝日新聞社提供

 1951年1月から2月にかけてダレス特使が日本に滞在し、新聞が一挙手一投足を追いかけた18日間は、日本人に安全保障を考えさせる期間となった。
 朝鮮半島では共産軍の手に落ちた京城(ソウル)を国連軍が奪…続き (2011/4/23 12:43)

「さよならダレスさん」 ダレス氏歓迎した日本(13) [有料会員限定]

吉田首相らとの会談を終え、羽田をたつダレス特使(中央)。握手の相手はマッカーサー元帥=朝日新聞社提供

朝日新聞社提供

 ダレス特使の日本滞在は、1951年1月25日から2月11日まで18日間に及んだ。離日を前にした日本では「さよならダレスさん」が新聞の見出しになった。この訪日は、そんな雰囲気を日本社会に残した。
■昭和…続き (2011/4/16 12:11)

占領下の日本、記者たちの働き ダレス氏歓迎した日本(12) [有料会員限定]

朝鮮戦争で戦車や米兵部隊を満載し上陸作戦に向かう輸送艦隊=朝日新聞社提供

朝日新聞社提供

 占領下の日本、とりわけ東京は、米国の報道機関の記者たちにとって記者冥利を感じる都市だった。ダレス訪日を締めくくる第3回吉田茂・ダレス会談は、1951年2月7日午前10時半から三井本館で行われた。井口…続き (2011/4/9 12:11)

工業倶楽部昼食会に500人 ダレス氏歓迎した日本(11) [有料会員限定]

建て直される前の日本工業倶楽部の建物(東京・千代田区丸の内、1965年撮影)=毎日新聞社提供

毎日新聞社提供

 日本側の要望にダレスが見解を表明する場として選んだのは、東京・丸の内の工業倶楽部だった。1951年(昭和26年)2月2日午後1時から、ダレスはここで開いた日米協会主催の歓迎昼食会で演説した。ダレス演…続き (2011/4/2 12:45)

財界も米に防衛確約を要望 ダレス氏歓迎した日本(10) [有料会員限定]

設立間もない経団連総会で演説する石川一郎初代会長

 いまは死語になった感があるが、1951年当時、日本の経済界は「財界」と呼ばれていた。財界はダレスに要望書を提出した。経団連、日産協、金融団体協議会、日商、日本貿易会、中小企業連盟、日経連、経済同友会…続き (2011/3/26 11:56)

日銀「法王」 長期訪米で地ならし ダレス氏歓迎した日本(9) [有料会員限定]

総裁室で執務中の一万田尚登氏

 実は訪日したダレス特使とほぼすれ違いのような日程で米国を訪問した日本人がいる。一万田尚登・日銀総裁である。
 ダレスは1951年1月31日の記者会見で、安全保障とともに経済自立の保障に言及した。ダレス…続き (2011/3/5 12:00)

経済も「安保」だった冷戦時代 ダレス氏歓迎した日本(8) [有料会員限定]

第2回の講和交渉があった1951年1月31日、ダレス特使(左)と懇談する吉田茂首相(右)。中央はシーボルト外交局長=朝日新聞社提供

朝日新聞社提供

 吉田茂首相とダレス特使の話し合いは、次第に熱を帯び、深い問題に入ってゆく。第2回会談は、1951年1月31日、同じ三井本館で行われた。「わが方見解」がダレスにわたった翌日である。午後2時から約1時間…続き (2011/2/26 12:02)

会談演出した「歴史の館」 ダレス氏歓迎した日本(7) [有料会員限定]

吉田・ダレス会談の会場となった三井本館(東京・中央)

 その文書は1951年1月30日午後6時30分、松井明秘書官からシーボルト外交局長、井口貞夫外務次官からバンカー大佐にそれぞれ手渡された。「わが方見解」と題する文書が残っており、それを別掲する。
 琉球…続き (2011/2/19 12:23)

初戦で激突した吉田とダレス ダレス氏歓迎した日本(6) [有料会員限定]

 吉田茂首相とダレス特使の第1回会談は、GHQ外交局のあった三井本館で行われ、1951年(昭和26年)1月29日午後4時30分から6時10分まで1時間40分に及んだ。ダレスはシーボルト外交局長、アリソ…続き (2011/2/12 13:05)

ダレスは箱根、吉田は国会 ダレス氏歓迎した日本(5) [有料会員限定]

富士屋ホテル西洋館の外観(神奈川県箱根町)

 ダレス一行は忙しく動いた。1月27日は土曜日だったが、午前10時からGHQ外交局で打ち合わせをした後、11時にマッカーサーを訪ね、約2時間会談した。ふたりは朝鮮での戦況、冷戦下の軍事情勢をはじめ、米…続き (2011/2/5 12:17)

全面講和か多数講和か ダレス氏歓迎した日本(4) [有料会員限定]

 1951年1月25日、きな臭い東アジアにダレス氏はやってきた。吉田茂首相との第1回会談は、ちょうど60年前のきょう1月29日に行われた。その前に日本到着時の新聞を紹介する。「危局下に迎える講和 日本…続き (2011/1/29 12:10)

きな臭さ増す東アジア ダレス氏歓迎した日本(3) [有料会員限定]

 吉田やマッカーサーの危機感に無理はない。日本が憂鬱を抱えながらも、つかの間の正月気分に浸っていた1日、朝鮮半島では国連軍が苦境に立っていた。中国、北朝鮮軍はソウルの北24キロに迫り、国連軍に対し、一…続き (2011/1/22 10:14)

マッカーサーの方針転換 ダレス氏歓迎した日本(2) [有料会員限定]

マッカーサー元帥=毎日新聞社提供

毎日新聞社提供

 大戦の流言に迷うな、を国民へのメッセージとした吉田の年頭の辞は「わが国民たるもの、愛国独立の精神をもつて国家の存立を守り、つねに平和と自由と正義に与する毅然たる決意をもつて、国際関係に対処すべきであ…続き (2011/1/15 12:01)

「第3次世界大戦」の不安 ダレス氏歓迎した日本(1) [有料会員限定]

対日講和問題で来日のダレス長官と吉田首相=毎日新聞社提供

毎日新聞社提供

 いまからちょうど60年前の1951年は、第3次世界大戦の不安とともに明けた。朝鮮半島で韓国の首都ソウルをめぐる軍事的攻防が続いていた。この年9月に日本はサンフランシスコ講和条約に署名し、旧日米安全保障条約を結ぶ。日米同盟はことし還暦を迎える。きな臭い朝鮮半島、強気な中国……。状況はいまに似る。…続き (2011/1/8 12:57)

日米外交60年の瞬間バックナンバー

電子版トップ連載トップ


日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報

新しい日経電子版のお知らせ

より使いやすく、よりビジュアルに!日経電子版はデザインやページ構成を全面的に見直します。まず新たなトップページをご覧いただけます。

※もとの電子版にもすぐ戻れます。