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日米外交60年の瞬間 第7部

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 日米外交60年の瞬間は筆者の伊奈久喜・特別編集委員死去により連載を終了します。

第7部 一覧

吉田茂の激励とけん制  岸訪米(9) [有料会員限定]

1946年から54年に首相を務めた吉田茂

 1957年6月13日付の日経朝刊に「岸首相の訪米に望む」と題する吉田茂元首相の寄稿が掲載されている。今回は、この吉田論文をもとに当時の日米関係や岸・吉田の関係を振り返る。…続き (2016/4/26 12:39更新)

アメとムチか、米の対日姿勢  岸訪米(8) [有料会員限定]

1958年、当時の琉球政府の立法院でメッセージを読み上げるムーア高等弁務官。初代のムーア氏以降、歴代の弁務官は米陸軍の中将が務めた=沖縄県公文書館提供

沖縄県公文書館提供

 岸信介首相の訪米準備のなかで米側はアメとムチを用意した。アメとは1957年6月4日のダレス国務長官とウィルソン国防長官の共同声明で、ジラード事件の日本側裁判に同意すると明らかにした…続き (2016/4/9 6:30)

日台コミュニケで「自由諸国の団結」を確認  岸訪米(7) [有料会員限定]

 1957年6月4日、日本政府と国府は岸信介首相の台北訪問に基づく共同コミュニケを発表した。これにより岸は東南アジア訪問を締めくくり、次なる外交日程である訪米に備えることになった。…続き (2016/3/26 6:30)

岸首相、台北へ  岸訪米(6) [有料会員限定]

蒋介石総統=共同

共同

 インドの次はパキスタン。1957年5月27日に発表された岸信介首相とスラワディ首相との共同声明でも「核兵器の実験を含め、軍備管理制の樹立を」と銘記した。…続き (2016/3/12 6:30)

非同盟の雄に対米・対中関係を語る  岸訪米(5) [有料会員限定]

 岸信介首相を乗せた日航特別機は1957年5月23日、ビルマ空軍のジェット機2機が護衛をかねて見送るなかをラングーンのミンガラドン空港を飛び立った。ビルマ首脳の応対は、岸の予想を上回って…続き (2016/2/27 6:30)

核管理に注目したビルマとの共同声明  岸訪米(4) [有料会員限定]

 1957年5月23日、岸信介首相兼外相は3日間にわたるビルマ(現ミャンマー)首脳との会談を終え、共同声明を発表した。ウ・ヌー首相との会談を振り返る内容だった。大日向一郎特派員は「核兵器の管理を促進」…続き (2016/2/13 6:30)

日米連携の東南アジア援助、輪郭みえたか  岸訪米(3) [有料会員限定]

 東南アジアとはいえ、しかも特別機とはいえ、1957年当時の空の旅は楽ではなかった。5月20日深夜に羽田を立ち、ビルマ(現ミャンマー)に向かった岸信介首相兼外相だが、最初に土を踏んだのは、ビルマの首都…続き (2016/2/6 6:30)

岸首相、東南アジア6カ国歴訪に出発  岸訪米(2) [有料会員限定]

 岸信介首相兼外相は1957年5月20日午後11時46分、羽田発の日航特別機で東南アジア6カ国歴訪に向け出発した。15日間にわたる旅となり、ビルマ(現ミャンマー)、インド、パキスタン、セイロン(現スリ…続き (2016/1/30 6:30)

岸首相外遊の所信表明 アジアを固めて米国へ  岸訪米(1) [有料会員限定]

 1957年の年頭から書き始めた第6部は石橋、岸両内閣を扱うことになり、予想外に長くなった。岸訪米を控えた岸・マッカーサー基本合意に触れたところで第6部を終え、今回から「岸訪米」を軸にする第7部に入る…続き (2016/1/23 6:30)

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