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政客列伝 西尾末広(1891~1981)

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西尾末広(1891~1981) 一覧

社会・民社党の創設者 西尾末広(9) 総選挙惨敗、苦難の道 [有料会員限定]

岸信介首相(左)と会談する西尾末広=毎日新聞社提供

毎日新聞社提供

 民主社会党の滑り出しは上々であった。社会党の容共左派路線に批判的な人々は民社党に強い期待を寄せ、新聞論調も朝日新聞を含めておおむね好意的であった。
 反総評系の労働組合を結集した全労会議(後の同盟)は…続き (2010/12/5 12:53)

社会・民社党の創設者 西尾末広(8) 左派と激突、民社党を結成 [有料会員限定]

右派社会党大会で委員長に選出された河上丈太郎(右)と復党を承認された西尾末広=朝日新聞社提供

朝日新聞社提供

 1951年(昭和26年)10月、社会党は左右両派に分裂した。右派社会党は衆議院29人、参議院31人。委員長空席、書記長浅沼稲次郎。西尾派(旧社民系)と河上派(旧日労系)が中心である。左派社会党は衆議…続き (2010/11/28 12:00)

社会・民社党の創設者 西尾末広(7)副総理に、昭電疑獄で失脚 [有料会員限定]

西尾末広(中央)、片山哲(左)と握手する芦田均=毎日新聞社提供

毎日新聞社提供

 1948年(昭和23年)3月10日に芦田内閣が民主・社会・国民協同の3党連立で成立した。閣僚は民主党6、社会党8、国協2。社会党左派から加藤勘十労相と野溝勝国務相の2人が入閣した。西尾末広は無役に退…続き (2010/11/21 12:00)

社会・民社党の創設者 西尾末広(6)片山内閣の官房長官に [有料会員限定]

昭和22年の総選挙での躍進を受けて社会党書記長の西尾末広(右)と話す片山哲委員長=毎日新聞社提供

毎日新聞社提供

 1947年(昭和22年)4月25日の総選挙で社会党は143議席を獲得して第1党に躍り出た。吉田自由党は131議席、自由党から芦田均を迎え入れて進歩党から衣替えした民主党が124議席、国民協同党が31…続き (2010/11/14 12:00)

社会・民社党の創設者 西尾末広(5) 社会党結成に奔走、書記長に [有料会員限定]

昭和20年の社会党結党大会=朝日新聞社提供

朝日新聞社提供

 1945年(昭和20年)8月15日、西尾末広は終戦の玉音放送を大阪の住友銀行住吉支店で聞いた。2000円の預金を引き出すため、たまたまいたのである。西尾は玉音放送を聞いて「これからの祖国再建を担うの…続き (2010/11/7 12:00)

社会・民社党の創設者 西尾末広(4) 「スターリンの如く」で衆院除名 [有料会員限定]

西尾除名問題の対応を協議する社会大衆党の幹部。左端が安部磯雄、その右が西尾=朝日新聞社提供

朝日新聞社提供

 近衛内閣の下で1938年(昭和13年)1月、第73通常議会が再開された。この議会は戦時体制を整備するため電力国家管理法案、国民健康保険法案、農地調整法案、職業紹介所国営法案、国家総動員法案など官僚統…続き (2010/10/31 12:03)

社会・民社党の創設者 西尾末広(3) 無産党が合同し社会大衆党に [有料会員限定]

即位の大礼に参列するため京都の宿舎で支度する西尾末広(中央)。左は安部磯雄、右は鈴木文治=西尾末広「大衆と共に 私の半生の記録」より

西尾末広「大衆と共に 私の半生の記録」より

 西尾末広は1928年(昭和3年)4月の第55特別議会で無産政党代議士として初めての代表質問に立った。相手は田中義一政友会内閣である。当初は鈴木文治が質問する予定だったが、直前に辞退したため、西尾は大…続き (2010/10/24 12:00)

社会・民社党の創設者 西尾末広(2) 初の無産政党代議士に [有料会員限定]

労農党結党大会。中央2列目、左から2人目が西尾末広=朝日新聞社提供

朝日新聞社

 西尾末広は1924年(大正13年)、ジュネーブで開いた国際労働機関(ILO)総会に労働代表鈴木文治の随員として初めての外遊に赴いた。インド洋回りでスエズを経てマルセイユに着き、列車でジュネーブに到着…続き (2010/10/17 12:00)

社会・民社党の創設者 西尾末広(1) 旋盤工から労働運動指導者に [有料会員限定]

西尾末広(1971年)=毎日新聞社提供

毎日新聞社提供

 西尾末広はたたき上げの旋盤工から戦前の労働運動、無産政党の有力な指導者となり、戦後は日本社会党の事実上の創設者となった。社会党書記長、片山内閣官房長官、芦田内閣副総理を歴任し、昭電疑獄(後に無罪確定…続き (2010/10/10 12:00)

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