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車、人、モノ… 万物は渋滞する
写真は語る

2013/8/19 3:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 車、人、モノ。「流れ」あるものはすべて渋滞する。国の推計で年間約12兆円の経済損失を生む交通渋滞。解消のための研究成果が様々な場面で力を発揮している。スムーズな流れを作るヒントは、意外なところにあった。

「アリのところへ行って知恵を得よ」と旧約聖書にあるように、人々は昔から身近な生き物から知恵を授かってきた。アリの生態から渋滞の研究者は多くのことを学んだ

「アリのところへ行って知恵を得よ」と旧約聖書にあるように、人々は昔から身近な生き物から知恵を授かってきた。アリの生態から渋滞の研究者は多くのことを学んだ

 アリが整然と木の枝の上を歩く。一列になって移動しているのに不思議と渋滞が起こらない。前と適度な距離を保ち、それぞれが発するフェロモンのにおいでできた道を一定速度で移動するためだ。

 「アリの集団行動から交通渋滞の研究者は多くのことを学びました」。車の渋滞や人の混雑のメカニズムを研究する東京大学の西成活裕教授は「ある一定の間隔を空けて移動できれば、あらゆる分野で渋滞がなくなる」と話す。同教授は大量のデータを集めて分析し、渋滞解消の研究を行う一方で、研究成果を実社会でどう活用できるかの提案も行う。生産ラインでの無駄の改善に利用できると製造業をはじめ様々な業種の企業関係者が研究室を訪れている。

注文数に波があっても、商品の入った箱は一定量を保ちながら流れていく(千葉県市川市の楽天物流)

注文数に波があっても、商品の入った箱は一定量を保ちながら流れていく(千葉県市川市の楽天物流)

「10秒間に何歩」と指示し、歩く速さを統一する。倉庫内の通路には約80センチの間隔で目盛りが刻まれている(千葉県市川市の楽天物流)

「10秒間に何歩」と指示し、歩く速さを統一する。倉庫内の通路には約80センチの間隔で目盛りが刻まれている(千葉県市川市の楽天物流)

 オンライン書店「楽天ブックス」などの物流を手掛ける楽天物流。100万点以上の商品を抱える千葉県市川市の倉庫から全国へ向けて商品が発送されてゆく。物流センター内の随所に渋滞研究の知見が生かされている。ベルトコンベヤーを移動する商品のスピードや間隔。書籍のピッキングスペースの床に設置された歩幅を一定にするための約80センチ幅の目盛り。「10秒間に何歩」と歩く速度までもそろえることで、従業員の配置の精度が高まり、曜日や時間帯で変化する注文状況に柔軟に対応できるようになった。千葉県柏市に今までのノウハウを生かした新物流センターを来月、開設する予定だ。

入国者の待ち時間などを入力すると、必要なブースの数を割り出すことができるシステム(成田空港第1ターミナルの入国審査場)

入国者の待ち時間などを入力すると、必要なブースの数を割り出すことができるシステム(成田空港第1ターミナルの入国審査場)

成田空港の入国審査場の様子を動画で撮影し、一人ひとりの動きをシミュレーションした(東京大学の西成研究室)

成田空港の入国審査場の様子を動画で撮影し、一人ひとりの動きをシミュレーションした(東京大学の西成研究室)

 成田空港の入国審査場。1日の入国者数は夏休みなどのピーク時で約4万人、タイミングが悪ければ15分程度待たされることも珍しくない。同空港は2年前から旅客混雑緩和のためのシステムづくりを西成教授と行っている。到着機の旅客の移動距離や時間、各便の乗客数などを正確にデータ化し、時間帯ごとに必要なブースの数を自動的に算出する。東京入国管理局の及川史郎渉外調整官は「今までは経験と勘が頼りだったが、最適な人員配置が簡単にわかるようになった」と感心しきりだ。

トンネルは渋滞が発生しやすいため、入り口付近では電光掲示板で警告が表示される(横浜市)

トンネルは渋滞が発生しやすいため、入り口付近では電光掲示板で警告が表示される(横浜市)

夏休みの週末ともなると各地で渋滞が発生する。神奈川県の保土ケ谷バイパスでは上下線とも車が連なっていた

夏休みの週末ともなると各地で渋滞が発生する。神奈川県の保土ケ谷バイパスでは上下線とも車が連なっていた


 車の渋滞原因を研究する名古屋大学の杉山雄規教授は「全員が同じ車間距離と速度を保って走ろうとしても、必ず速度に『ゆらぎ』が起きる。その結果、車の固まりができて、道路上の車の密度が一定値を超えて渋滞が発生する。車の多い都市部は渋滞が避けられないため、どうすれば減らせるかを考える必要がある」と話す。

 渋滞原因の一つである速度の「ゆらぎ」を食い止めるための研究も進んでいる。高速道路の中には車の速度を一定に保つために道路の側壁にペースメーカーとなるライトを設置する路線が増えてきた。

東京湾アクアラインのトンネル内には青いLEDライトが流れ、運転手に速度維持を意識させる(露光間ズームで撮影)

東京湾アクアラインのトンネル内には青いLEDライトが流れ、運転手に速度維持を意識させる(露光間ズームで撮影)

名古屋大学の杉山雄規教授は、渋滞を数学と物理学を使って表現する。車を使った実証実験も行い、車間距離によって渋滞が生まれる仕組みを解明した

名古屋大学の杉山雄規教授は、渋滞を数学と物理学を使って表現する。車を使った実証実験も行い、車間距離によって渋滞が生まれる仕組みを解明した

「花火はカメラではなく、みなさんの目に焼き付けて下さい」。隅田川花火大会で立ち止まりがちな見物客を、警視庁の機動隊員が気のきいた言葉で誘導する(東京都台東区)

「花火はカメラではなく、みなさんの目に焼き付けて下さい」。隅田川花火大会で立ち止まりがちな見物客を、警視庁の機動隊員が気のきいた言葉で誘導する(東京都台東区)

 人の固まりが発生しやすいイベント会場などでも研究成果が応用されている。先月、約78万人が訪れた東京・隅田川の花火大会。歩行をやめて立ち止まりがちな群衆に向けて心理学などの訓練も積んだ警視庁の機動隊員がソフトな口調で前へ進むよう促す。突然の雷雨の中でも巧みな話術で、けが人なく誘導した。

 渋滞や混雑は事故を誘発し、経済的な損失も大きい。アリの生態からヒントを得て、最新のデータ解析やシミュレーションを取り入れて進化した渋滞研究が、社会を快適にするために役立てられている。

人気ドーナツ店「クリスピー・クリーム・ドーナツ」では店内の生産ラインから出てくるドーナツの行列が、列をなす人の目を楽しませる。並ぶ子供も「おいしそう」と待っている間じっと見つめていた(東京都渋谷区)

人気ドーナツ店「クリスピー・クリーム・ドーナツ」では店内の生産ラインから出てくるドーナツの行列が、列をなす人の目を楽しませる。並ぶ子供も「おいしそう」と待っている間じっと見つめていた(東京都渋谷区)

信号機のいらないロータリー式の交差点「ラウンドアバウト」。環道を走行する側に優先権があり、一方通行。災害時に強く、事故の減少にも効果が期待されている(長野県飯田市)

信号機のいらないロータリー式の交差点「ラウンドアバウト」。環道を走行する側に優先権があり、一方通行。災害時に強く、事故の減少にも効果が期待されている(長野県飯田市)

(写真部 瀬口蔵弘、寺沢将幸)


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