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開発が加速、「ラベリング制度」が契機に エコタイヤはなぜよく転がるのか(1)

2012/2/8 7:00
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日本経済新聞 電子版

 鉄道の車輪の転がり抵抗は、自動車タイヤの10分の1以下と小さい。一度転がり出したらなかなか止まらない。転がり抵抗だけを考えれば、車輪の究極は鉄輪である。だが、自動車用では“転がる”だけでなく、状況が大きく変化する路面をしっかりとらえて(グリップ)、“止まる”“踏ん張る”といった性能も発揮しなければならない。本連載では2回にわけて、転がり抵抗の低さと、グリップを両立する低燃費タイヤの最新技術を探る。なお、本連載は日経Automotive Technology2012年1月号の記事を基に再構成したものだが、記事執筆後の2011年12月に開催された「東京モーターショー2011」でも次々とエコタイヤが発表され、一層の盛り上がりを見せている[注1]

 タイヤの転がり抵抗と、ウェット路面でのグリップ性能を等級化して表示するラベリング制度が2010年1月に始まって以来、市販用タイヤの低燃費化が加速している。それまでも新車装着の純正タイヤは転がり抵抗を下げてきたが、市販用タイヤでは「低価格」や「高グリップ」「静粛性」といった性能への要求が高く、転がり抵抗はそれほど重視されていなかった。

 しかし、環境車(エコカー)の普及に伴って、市販用タイヤでも低燃費化への関心が高まり、純正タイヤに使われた技術が応用されるようになった。この結果、各社が燃費向上に貢献するタイヤを市販用でも多くそろえ始めた。

■欧州でも2012年に導入

図1 低燃費タイヤのラベル  左側が低燃費タイヤであることを示す。右側上段は転がり抵抗、下段はウェットグリップの性能を示している。

図1 低燃費タイヤのラベル  左側が低燃費タイヤであることを示す。右側上段は転がり抵抗、下段はウェットグリップの性能を示している。

 ラベリング制度では、転がり抵抗を「AAA」「AA」「A」「B」「C」という5段階に分け、「A」以上を“低燃費タイヤ”とみなす。正確にはウェット時の制動力も加味して、制動力が「a」~「d」という4段階以内に入っていることが条件となる(図1)。

 この制度は、欧州で2012年11月から導入される制度を先取りして始まった。欧州では、転がり抵抗とウェットグリップに加えてタイヤ騒音も表示することが決まっている。また、米国でも2013年に同様の制度が始まる予定である。

 タイヤメーカーによれば、一般的に転がり抵抗が減った分に対して、その7分の1から8分の1の割合に相当する燃費改善効果が得られるという。「B」の転がり抵抗の下限値と、「A」の転がり抵抗の上限値を比較した場合、後者は前者に対して26%下がるので、燃費は3%程度改善できることになる。

 3%の燃費改善は、個々の自動車に注目すればわずかに思えるかもしれない。しかし、ハイブリッドシステムやアイドリングストップ機構といった低燃費対策と大きく異なるのは、既に走行している車すべてに適用可能なことである。

[注1] 例えば横浜ゴムがラベリング制度で「A」の「BluEarth-A」や、BluEarthの技術を生かした転がり抵抗の小さいスポーツ・ユーティリティー・ビークル(SUV)用タイヤ「GEOLANDAR SUV」を発表。住友ゴム工業は、ダンロップブランド「エナセーブ」のフラッグシップモデルとして「AAA」を実現した「エナセーブ PREMIUM」を発表している。東洋ゴム工業も「AAA」の「NANOENERGY(ナノエナジー)」を発表。同製品は「AAA」対応でありながらウェットグリップ性能で「b」(他社は「c」)を実現した。

 燃費を大きく改善したエコカーは徐々に増えているものの、自動車の買い替えが急速に進まないと、日本全体の二酸化炭素の排出量の削減は進まない。これに対してエコタイヤなら、コストのかかる装置なしに、定期的に行われるタイヤ交換だけで全車両の燃費をことごとく改善できるのである。こう考えると、インパクトの大きさがわかるだろう。さらに電気自動車にとっても、転がり抵抗の低さは歓迎すべきもの。走行抵抗が減ることで航続距離を延ばせる。

 転がり抵抗のレベルが「A」以上のタイヤは大手タイヤメーカー各社から発売されている(表1)。2011年11月18日時点では、ブリヂストン、横浜ゴム、東洋ゴム工業が最高ランクの「AAA」に対応したタイヤをそろえ、住友ゴム工業は「AA」まで、フランスMichelin社は「A」に対応したタイヤを製品化している。

表1 主なタイヤメーカーの低燃費タイヤ

表1 主なタイヤメーカーの低燃費タイヤ

 各社の対応は大きく二つに分かれる。ブリヂストンをはじめとする「AAA」に対応するメーカーは、どちらかというと、低燃費タイヤの頂点から攻める戦略。2010年6月、7月にブリヂストン、東洋ゴムがそれぞれ「AAA」に対応した「ECOPIA EP100S」「SUPER ECO WALKER」を発売したのに続き、2011年3月に横浜ゴムも「BluEarth-1 AAA spec」を製品化した。

 一方、その他の2社は転がり抵抗のレベルを「AA」「A」程度にとどめ、性能と価格のバランスを重視したタイヤとし、多くのサイズをそろえることで、通常のタイヤを置き換えることを狙っている。

■転がり抵抗係数とは

 転がり抵抗は、そのほとんどがタイヤに使われるゴムの変形によって生じる。タイヤが路面に接地する際に弾性体のゴムが変形するが、その際に、ゴム同士や、ゴムと内部に入れた補強材の間で微少なすべりが生じる。このすべりにより発生した熱エネルギーが抵抗となるのだ。このほか、タイヤと路面における摩擦損失、タイヤ自体の空気抵抗もあるが、変形による損失が全体の9割を占める。

 ラベリング制度では転がり抵抗を「RRC(転がり抵抗係数)」として表す(表2)。RRCは、あるタイヤの転がり抵抗を、タイヤに加えた荷重で割ったもの。転がり抵抗はタイヤサイズに応じて変わるため、タイヤにかける荷重で割ることで、サイズに依存しない係数としている。

表2 転がり抵抗係数とウェットグリップ性能の等級

表2 転がり抵抗係数とウェットグリップ性能の等級

図2 ブリヂストンの低燃費タイヤの特性イメージ  RRCが「AAA」の「ECOPIA EP100S」は「AA」および「A」の「同 EX10」に対してウェットグリップで劣る。

図2 ブリヂストンの低燃費タイヤの特性イメージ  RRCが「AAA」の「ECOPIA EP100S」は「AA」および「A」の「同 EX10」に対してウェットグリップで劣る。

 ラベリング制度が始まる前の市販タイヤでは、一般的に転がり抵抗は「B」程度、ウェットグリップは「c」程度で、この場合RRCは9.1から10.5の範囲になる。一方、現在新車に装着されている純正タイヤは「A」程度が多い。これに対し、「AAA」はRRCが6.5以下と大幅に低い。

 難しいのは、転がり抵抗を下げていくと、ウェットグリップをはじめ他の性能が落ちていくことだ。図2はブリヂストン製品同士の比較であるが、量販グレードの「ECOPIA EX10」はRRCが「AA」および「A」、ウェットグリップで「b」なのに対し、RRCが「AAA」の同EP100Sは、ウェットグリップが「c」となる。

■最近の主流はシリカ配合のゴム

 転がり抵抗を減らすため、各社はタイヤの材料、構造を改善し続けている。主に三つの技術があり、それらは寄与度の大きいものから「ゴムの配合」「タイヤの構造」、そして「タイヤのパターン」である。

 タイヤは、図3のような構造をとるが、路面に接地するときの変形のうち、50%程度をトレッド部が占める。従って、トレッド部の変形を抑える材料設計が必要になる。トレッドゴムの配合例としては、「SBR(スチレンゴム)が50%、補強剤となるシリカ(SiO2)およびカーボンブラックが20%程度、硬さを調整するプロセスオイルが10%程度、残りが老化防止剤や加硫剤など」(東洋ゴム工業のタイヤ技術本部タイヤ材料部小型タイヤグループ担当リーダーの平松孝治氏)である。

図3 タイヤの構造  トレッドにおける発熱が転がり抵抗の5割と大きい。

図3 タイヤの構造  トレッドにおける発熱が転がり抵抗の5割と大きい。

図4 転がり抵抗の変化を急峻にする  ゴムの配合、補強材を工夫し、通常走行で発熱せず、タイヤにコーナリングフォースや制動力が加わる際に発熱する特性を実現。横浜ゴムの資料を基に日経Automotive Technology誌が作成。

図4 転がり抵抗の変化を急峻にする  ゴムの配合、補強材を工夫し、通常走行で発熱せず、タイヤにコーナリングフォースや制動力が加わる際に発熱する特性を実現。横浜ゴムの資料を基に日経Automotive Technology誌が作成。

 実際には、ゴムの分子量の分布、補強材の配合比率などを調整する。ゴムの特性はTg(ガラス転移温度)によって変わる。Tgが高いゴムは、発熱によるロスが大きく、グリップが良いものの転がり抵抗で劣る。一方、Tgの低いゴムは転がり抵抗は少ないが、タイヤがスリップを始めるような高い周波数の振動が加わる領域ではグリップに劣る(図4)。

 理想的なのは、通常走行で転がり抵抗が低く、制動時にはグリップが高まるタイヤである。そこで、図4の特性が急激に立ち上がるように、材料の配合、補強材とゴムの結合方法を変える。詳細なノウハウは各社とも明かさないものの、基本的な考え方は、グリップに優れるTgの高いゴムを使いながら、通常走行では発熱が起きにくいように、内部のゴム、補強材の動きを抑制することだ。

 低燃費タイヤのトレッドではシリカを補強材に使うことが多く、この場合ゴムの巨大な分子構造の中にシリカが浮いたように分散している。ゴム間、ゴムと補強材、補強材同士の3カ所で変形が起き、それがすべりなしに元に戻らないとエネルギーが熱になってしまう〔図5(a)〕。そこで、ゴムのポリマの末端を変性させて、その部分をシリカと結合することで、シリカを固定し、動きにくくする。

図5 発熱のメカニズムとシリカを動きにくくする構造  (a)ゴムの変形に伴う発熱は、ゴム同士の間、ゴムと補強材の間、補強材同士の間の3カ所で起こる。(b)末端を変性したポリマがシリカと結合し、シリカを分散させるとともに動きにくくする。(図:東洋ゴム工業)

図5 発熱のメカニズムとシリカを動きにくくする構造  (a)ゴムの変形に伴う発熱は、ゴム同士の間、ゴムと補強材の間、補強材同士の間の3カ所で起こる。(b)末端を変性したポリマがシリカと結合し、シリカを分散させるとともに動きにくくする。(図:東洋ゴム工業)

 シリカはブドウの房のように連なった粒子状にゴムの中に存在する〔図5(b)〕。シリカには凝集しやすい性質があり、シリカ同士が集まってしまうと、発熱が大きくなる。これを防ぐため、変性したポリマにシリカを結合させて、シリカを動きにくくし、均等に分散させるのである。ゴムのポリマも末端がシリカに固定されるので、動きにくくなる。

 基本的にゴムは親油性、シリカは親水性であることから結合は難しい。このため、ゴムを配合するプロセスの最後に、ポリマの末端が親水性となるような添加剤を加える。これによって、変性したポリマがシリカと結合しやすくなる。

 技術の呼び方は異なるものの、ゴムのポリマの末端にシリカを結合して発熱を抑える考え方は各社とも同じである。図4で示した特性をいかに急峻にできるかを、各社はゴムや補強材とともに、添加剤の種類を工夫しながら開発している。なお、「AAA」のタイヤでは転がり抵抗を重視して、補強材をやや少なくしていると見られ、それがウェットグリップの若干の低下を招いているようだ。 (次回は2月15日掲載)

(日経Automotive Technology 林達彦)

[日経Automotive Technology2012年1月号の記事を基に再構成]


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