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済美・安楽の772球 米国人から見た高校野球(上)
スポーツライター 丹羽政善

2013/8/2 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 先日発売された米スポーツ総合誌「ESPN」で愛媛・済美高校の2年生投手、安楽智大が紹介された。また7月28日にはスポーツ専門局ESPNの「OUTSIDE THE LINES」という番組でも、彼を通して見る日本の野球文化とは何か、というテーマで特集された。安楽が今春の甲子園で772球を投げたことを知った彼らは、興味を持った。彼の体は大丈夫なのか。連投の背景は何か。

肩は消耗品が米国内での認識

 その答えを求め、記者やプロデューサー、番組司会者の3人が来日したのは5月終わりのこと。彼らは安楽が甲子園で投げた球数をどう捉えたのか。舞台となった甲子園という大会をどう理解したのか。彼らは現地取材を通して何を得たのか。ここでは、そのときの取材の舞台裏を紹介したい。

 今春のセンバツで安楽が決勝まで3日連投を含む5試合に登板し、772球を投げたことが海を渡って伝わると、米スポーツメディアは即座に反応した。

 「無茶だ」「酷使だ」。彼らは一様に否定的な厳しい言葉を並べ立てている。

 そのことは理解できないでもない。米国では肩は消耗品と考えられている。投げれば投げるほど、肩は傷つく。よって、日本では肩を作る、あるいはフォーム固めをする時期と位置づけられるキャンプでさえ、投手に自由に投げさせることはない。日本からメジャーに挑戦する投手も、まずそこに戸惑う。

リトルリーグの段階から球数制限

 そもそも米国では、リトルリーグの段階から、大きな大会ともなれば球数制限があり、連投も禁止する。彼らの野球文化を軸に考えれば、772球は想定外だ。

 「ESPN」のクリス・ジョーンズ氏というコラムニストから連絡があったのは、批判の嵐も収まりかけた5月2日のことだった。

 「安楽投手を通して、日本とアメリカの投球数に対する考え方、また野球文化の違いについて取材をしたい。日本へ行って安楽投手にも話を聞きたいので、通訳とコーディネーターをやってもらえないか」

 遅かれ早かれ、日本で取材をしたいという米メディアが出るのではないかと予想していたが、どんな姿勢で取材をしようというのか、どんな答えを求めているのか、その意図を測りかねた。

日本の考え方伝える好機

 それまで、米メディアの報じ方というのは、一様に攻撃的。それをなぞろうというのなら、誰も取材を受けてくれないだろう。受けてくれたとしても、構えてしまうに違いない。

 その旨を伝えると「いや、攻撃するつもりはない。日米の野球文化の違い、その背景を知りたいんだ」という返事。ならば、と引き受けたが、本当は裏テーマがあったようだ。

 それは後で触れるが、いずれにしても日本へ行って、背景を知りたい、安楽をマウンドに送り出した上甲正典監督の考えを聞きたい、安楽本人の思いを知りたいというのだから、別の見方をすればいい機会ではなかったか。

 それまでは一方通行だった。日本の意見、考え方を伝える手段が限られた。

日本には日本の野球文化

 日本には日本の野球文化がある。甲子園での連投は紛れもなくその一つ。そのことは日本でも賛否両論あるが、そうした背景に触れた上で米メディアがどう判断するか。材料をすべて与えた上で、どう安楽の投球数を考えるか。それはむしろ、こちらも興味あることだった。

 多くの人にそう説明した上で取材の依頼をすると、そろって協力的で、野球解説者の与田剛氏は「これで、より理解が深まり、多くの人が考えるきっかけになれば」と積極的に取材に応じてくれている。

 米国を出発したのは5月27日の月曜日だ。その前週の調整の段階で上甲監督、安楽が取材を受けてくれることになった。

 当初、雑誌記者と2人だけで日本に向かう予定だったが、インタビューできることをESPNの「OUTSIDE THE LINES」という番組のプロデューサーが聞きつけると、「一緒にやらせてほしい」と加わり、直前になって雑誌、テレビの合同取材へと発展している。

雑誌の取材にテレビも加わる

 そもそも、ジョーンズ記者は編集長から「日本に行くなら、安楽投手と上甲監督が取材に応じてくれることが条件だ」といわれていたという。その許可が済美高から下りると、テレビも加わった。彼らにとって2人に話を聞けることの意味は、それほどまでに大きかったのだ。

 番組の司会を務めるT・J・クィン氏という元新聞記者は6月2日の夜に来て、5日の便で一緒に米国に戻ったが、彼は3日に行われた上甲監督と安楽のインタビューのためだけに、ニューヨークから飛んできたといってもよかった。

 その安楽らへの取材は、済美高が1日と2日に関西へ遠征して練習試合をするというので、その2試合を見た後、松山に移動して行うことになった。

 その前に東京では、かつて巨人でチーフスカウトを務めた中村和久氏、「菊とバット」などで知られるロバート・ホワイティング氏から、日本の野球文化についてジョーンズ記者はレクチャーを受け、名古屋に移動してからは、与田氏と中日の投手コーチを昨年務めた権藤博氏に話を聞いている。

インタビュー終盤に意外な展開

 細かい話の内容に関しては、雑誌やテレビで紹介されているので、ここではあまり触れないが、意外な展開を見せたのは、権藤氏とのインタビューが終盤にさしかかったときだった。

 権藤氏は一貫して、「高校生に(投げないという)判断ができるだろうか。ならば、監督が勇気を持って『今日は投げるな』というべきだ」という立場だった。

 過去、登板過多が原因とみられる肩の故障でキャリアを縮めてしまった経験から、権藤氏は高校生の投手を守るべきだと訴えたのだ。それはプロで投手コーチを長く務めてきた経験からの意見でもあった。

 ところが、ジョーンズ記者が「それでは、日本野球の美しさを失うことになりませんか」と聞くと、権藤氏が考え込んでしまった。

「甲子園の決勝で投げるな」と言えるか

 そして、ゆっくりと言った。「そうかもしれないね。しかも、甲子園の決勝で投げるななんて、自分は言えるだろうか」

 高校時代、権藤氏自身も甲子園を目指したが行けず、卒業文集に「甲子園に行きたかった」と書いたそうである。

 「自分の考えに自信がなくなってきた」。そう口にした後、権藤氏はおもむろに立ち上がり、鞄から携帯電話を取り出すと、ある人に電話をかけ始めた。

 「ちょっと、斎藤佑樹に電話してみる。アイツ、あのとき、どう思ったんだろう」

 あのときとはもちろん、2006年の夏の甲子園のことである。現在、日本ハムの2軍で調整している斎藤はあの大会で東京・早稲田実業高校のエースとして948球を投げ抜いた。その逸話はジョーンズ記者にも話してある。

 彼に権藤氏が誰に電話しようとしているか伝えると、目を丸くした。

 確かに、斎藤がなんと言うか興味深いところではあった。一瞬の間があった後、権藤氏の声がホテルの室内に響いた。「権藤です。元気か?」

斎藤は「本望だったと言った」

 斎藤が電話に出た。間髪入れず、権藤氏が聞く。「あの時、どう思った? マウンドでつぶれるなら本望だと思ったか」

 斎藤がどう答えたかは分からないが、やがて権藤氏がうなずきながら言っている。「そうか……」

 権藤氏は最後に「おい、絶対戻ってこいよ」と言って電話を切ると、我々の方を振り返って静かに話した。「本望だったって」

 高校球児にとって甲子園とは何か。ジョーンズ記者はそのとき、何か確信を得たようだった。

(下は3日に掲載します)


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