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とがって当たった日本人デザイナー NYファッション前線(後編)

2013/3/11 6:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 ファッション界の"アジア旋風"に日本勢は乗り遅れている。業界人に名前が挙げられるのはいまだに「カワクボ(コム・デ・ギャルソンの川久保玲)、ヨージ(ヨウジヤマモトの山本耀司)、ケンゾー(高田賢三)、イッセー(三宅一生)」…。この停滞感を破り、熱烈なファンを獲得した日本人デザイナーがニューヨークにいる。

世界からデザイナーの卵が集うニューヨーク。ここでデザインを勉強し、服作りを目指す日本人は少なくない。なのに一線に出てくるのはアレキサンダー・ワンやジェイソン・ウーら中国、韓国系が中心で、日本人は押されがち。なぜなのだろう。

■3人の日本人が武者修行

武者修行でニューヨークに乗り込んだ渡部なつきさんは自分のショーが終了し、ほっと一息。「ニューヨークはおしゃれな人が多いですね」

武者修行でニューヨークに乗り込んだ渡部なつきさんは自分のショーが終了し、ほっと一息。「ニューヨークはおしゃれな人が多いですね」

ニューヨーク市で2月7~14日まで開催された「メルセデツ・ベンツ・ファッション・ウイーク」期間中、日本のファッション専門学校バンタンデザイン研究所が、より抜きの在校生徒3人を連れて"参戦"、ファッションショーを開催した。

水彩画のようなプリントシャツとニットの組み合わせを見せた渡部なつきさん(21)はバックステージで緊張した面持ち。「デザイナーとしてニューヨークは試してみたいところ。でもなかなか前に出ていくことができなくて。自信がない」とはにかむ。

一方、カラフルなストリートファッションを提案した津野地圭氏(23)は、「ニューヨークは現実的でビジネスがすぐそばにある感覚が気持ちいい。自分も日本でラベルを立ち上げて、乗り込んでみたい」と意欲を示す。

「米国で個人デザイナーとしてビジネスを成功させたかったら、いい"レップ"を見つけることだ」と、ロサンゼルスを本拠とする人気ブランド「TADASHI SHOJI」のデザイナー庄司正氏は指摘する。

アカデミー賞出席者にドレスを提供するなどハリウッドに顧客を持ち、北京、上海に店舗を出すほど成功した庄司氏だが、出発点はニューヨークだった。

■デザイナーの出世左右する仕掛け人

「僕の成功はいいレップがついたから。初コレクション直後にレップが高級衣料専門店バーグドルフ・グッドマンにドレスを売り込み、そこで売れ筋となったドレスが今度は百貨店サックスに入り一挙に浸透した」という。

アレキサンダー・ワンらを発掘したステラ・石井さん(中央)。商品を見に来たセレクトショップのバイヤーに、デザイナーにかわって商品説明をする。モデルに商品を着せ、コーディネートも行う

アレキサンダー・ワンらを発掘したステラ・石井さん(中央)。商品を見に来たセレクトショップのバイヤーに、デザイナーにかわって商品説明をする。モデルに商品を着せ、コーディネートも行う

レップ=セールス・レプレゼンタティブとは、日本でいえば小売店への取り次ぎも行うショールームとメディア向けのパブリシティの機能を持つ、デザイナーと販路の仲介的な役割だ。有力レップはデザイナーの持ち味をバイヤーにマッチメーキングすることができる。そのレップの心を揺さぶる日本人がいないらしい。

「あまりニューヨークで活動する若手日本人デザイナーの情報を聞かない」――。ニューヨークで新人デザイナーの発掘とショールームをビジネス展開する「The News」のステラ・石井さんは首をかしげる。無名時代のアレキサンダー・ワン、フィリップ・リムを育てた"レップ"だ。

石井さんのような目利きからみると、日本人はどうも押しが弱い。「有力ブランドに勤める腕のいいパタンナー(デザイン画を元に実際の商品を作るのに必要な型紙を作る職務)の名前にあがるのは日本人。謙譲の美徳、というのかトップを押しのけられない国民性かしら」

■日本人が直面する厚い壁

ファッションの世界の壁を打ち破り、ニューヨークで異彩を放つ鈴木大器氏。オフィスを構えるビルの階上の製造工場で全商品を生産する。「ぼくの衣料品はメード・イン・ニューヨーク」。ちなみに工場のオーナーは中国人で、高級デザイナーの作品製造に特化、サンプル品や高級衣料品の少量生産も手がける。「うちの他には

ファッションの世界の壁を打ち破り、ニューヨークで異彩を放つ鈴木大器氏。オフィスを構えるビルの階上の製造工場で全商品を生産する。「ぼくの衣料品はメード・イン・ニューヨーク」。ちなみに工場のオーナーは中国人で、高級デザイナーの作品製造に特化、サンプル品や高級衣料品の少量生産も手がける。「うちの他には"ラグ&ボーン"をやってますね」

現在20超のブランドを手掛ける石井さんだが、そのなかで日本人ブランドは2つのみ。阿部千登勢氏の「sacai(サカイ)」、山形莉慧氏の「RHIE(リエ)」(正式にはEの上にアクセント)だけだ。

「デザイナーには人脈が必要。成功者の多くは子供のころから衣料品製造に携わる親の背中を見て育っている」とニュー・スクール・パーソンズ校でデザイン史やファッション・ビジネス文化を教えるクリスティーナ・ムーン助教授は言う。

中国系や韓国系移民のように、家族全体が米国に根を下ろし、一丸となってビジネス支援に動くことが少ない日本人には壁の厚さがあることを指摘する。

■国を挙げての日本の営業も実らず

海を越えて日本の若い感性を現地に紹介しようとした試みはこれまでもあった。

2000年代初頭、アニメ、食文化など日本の「ソフトパワー」を国際的に売り込もうという小泉政権の戦略で、経済産業省、日本貿易振興機構(JETRO)などが、日本人デザイナーのランウエーショーや商品展示をニューヨークのファッションウイーク期間にぶつけたことがある。東京コレクション出場者や実力派デザイナーも引っ張り出した。それでも話題を作ることはできなかった。

オフィスビルの1階には自分の作ったセレクトショップも運営する。外に看板は出していない。「誰でもが入ってくるのでなくて知っている人に買いに来てもらいたい。僕はお店がやりたくて米国に来たんですよ」

オフィスビルの1階には自分の作ったセレクトショップも運営する。外に看板は出していない。「誰でもが入ってくるのでなくて知っている人に買いに来てもらいたい。僕はお店がやりたくて米国に来たんですよ」

今年も日本の皮革製品メーカーが集い「レザー・ジャパン」として経済産業省の助成金で展示を行った。昨年に続く開催だったが、地元での受注の見通しはまだ立っていない。

「一過性の内輪イベントで終わっている」と業界関係者の視線は厳しい。「ショールームとの契約、バイヤーとの商談、物流システム作りなどすべての段階を提示できないとビジネスとしては取り合ってもらえない」と高級スポーティーウエアVPLの花沢菊香氏は断言する。

ブログ、ツイッター、フェイスブックなどが、ショーの映像からモデルの表情まで瞬時に最新情報を伝えられるネット時代の便利さも、日本人の"内向き志向"に拍車をかけているようだ。

「子供のころ、ファッション雑誌か、CNNのファッションニュースだけが情報源だった。いまはネットで全部瞬時に手に入る」とムーン助教授。こうしたバーチャル環境が「外国までわざわざ行かなくても東京にいて事が足りるという誤解を生んでいる」と言うファッション・ジャーナリストもいる。

こうした「日本人の壁」を突き破る感性が登場してきた。アウトドア、スポーティーウエア「エンジニアード・ガーメンツ」の鈴木大器氏だ。

日本人が大切にする職人気質を極めた服作りと「ブランド大手にトータルで勝てるとは思わないが、1点、そこだけは負けないというものを持ちたい」という鈴木氏がてがけるデザイン、品質にカルト的なファンがついている。

■巨大ブランドに1点勝負

「検品も全部自分たちでやります。このジャケットは600着分あったな」

「検品も全部自分たちでやります。このジャケットは600着分あったな」

 26歳だった89年、ユニークな商品を探し日本に輸出するバイヤーとして渡米した。

日本にアイビールックを広めたヴァンヂャケット、映画「アメリカン・グラフィティ」、スティーブ・マックイーン、「メード・イン・USAカタログ」…。小さい時から米国の伝統的なアイビールック、トラッド、スポーティーカジュアルの洗礼を受け、このジャンルの商品を専門的に取り扱った。

「例えばヘインズのTシャツ。一度洗濯すれば首まわりがよれよれになる。日本だったら不良品。これをダンガリーシャツの下に着るとなぜかぴったり決まる。着崩しの格好良さを教えてくれたのがアメリカ」

「トータルでみたらエルメスやマーク・ジェイコブスに勝てるとは思わない。でも、どこか1点でいいんだ。やつらが逆立ちしても勝てないところで勝負します」

「トータルでみたらエルメスやマーク・ジェイコブスに勝てるとは思わない。でも、どこか1点でいいんだ。やつらが逆立ちしても勝てないところで勝負します」

99年に作り手側に転身。完璧な高級ブランド衣料にはない人間味のある衣料品作りをめざし、ビンテージを徹底研究した。

例えば昔の生地の折幅はシャツの袖を丸ごと1本とることができないほど狭かった。型紙をタテにして腕1本とるより2枚はぎにしていたことを踏襲し、鈴木氏の作るシャツの袖はみごろが2枚はぎになっている。ステッチも1針1針縫い上げるような細心さだ。

「でも洗濯機で洗っていい。服をあがめ奉ってほしくない」。着ていて気持ちがいい、自分でこだわりが持てる服。「ファッションでなく、スタイル」という。

鈴木氏のデザイン画をみて、米国人女性パタンナーが「これはスポーティーウエアじゃなく"エンジニアード(精密工業的な)服(ガーメンツ)"よ」とつぶやいた。

「意味もぴったりくるし、英語の響きが気に入ったのでブランド名にした」と鈴木氏は笑う。

■「米国人以上に米国の服を理解」

作り手になる前はアメリカ製衣料品・雑貨のバイヤーだった。そのなごりか、商品にもUSアーミーをイメージするような色、素材が出てくる

作り手になる前はアメリカ製衣料品・雑貨のバイヤーだった。そのなごりか、商品にもUSアーミーをイメージするような色、素材が出てくる

製品の裏側にある心意気に共感し、業界関係者は「米国人より米国の服を理解しているデザイナー」と高い評価をおくる。

米国の毛織り生地の老舗ウールリッチ・ウーレン・ミルズが鈴木氏を特別指名してコレクションを作ったほか、08年には米ファッションデザイナー協議会(CFDA)と男性誌GQから男性衣料部門で最優秀デザイナーに選ばれた。

「ここまでやれたのはアメリカントラッドの再ブームの波がきたから」と謙遜するが、デザイン、製造まですべてをニューヨーク市内でおこない「うちの衣料は"メード・イン・ニューヨーク"」と胸をはるほど地元に溶け込んでいる。

先駆者デザイナーが活躍した80年代からすでに30年。物作りの確かさと若いエネルギーでニューヨークを騒がす風雲児が出てきてもいいころだ。

(ニューヨーク=河内真帆)

細部にまで作り手の思いが込められた商品

細部にまで作り手の思いが込められた商品

「エンジニアード・ガーメンツ」は精密工業的な服、の意

「エンジニアード・ガーメンツ」は精密工業的な服、の意


発想が生まれる

発想が生まれる"現場"

懐かしい雰囲気が漂うシャツ類

懐かしい雰囲気が漂うシャツ類



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