日本経済新聞社

記事利用について
印刷 印刷

100周年企業 今年はなぜ多い?

2012/6/10 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 「最近、創業100周年記念とうたった看板やチラシが目につくようになったわ。どうしてかしら」とご近所の主婦が調査を依頼してきた。探偵、松田章司は「100年も続く会社がそんなにあるのかな?」と、早速事務所を飛び出した。

■大正元年、好況で起業活発

JTBグループは本社内で創業から100年間の年表を展示する(東京都品川区)

JTBグループは本社内で創業から100年間の年表を展示する(東京都品川区)

 自宅に戻って新聞の折り込みチラシを調べ直すと、「おかげさまで創業100周年 大創業祭」という文字が目に飛び込んできた。チラシの主は家具の大正堂。そこで、同社の本社を訪ねると営業企画課の塚根裕司さん(54)は「国産を中心に高品質で長持ちする家具を提供するのが当社の目標。100年の歴史をアピールするとお客様の安心感にもつながります」とキャンペーンの狙いを説明してくれた。

 JTBもツアーのパンフレットなどに100周年のマークを刷り込んでいる。この春のゴールデンウイークには通常より割安な上海ツアーを特別に企画した。100周年事業推進委員会事務局の佐藤年秋さん(62)は社史を編さん中で、今秋には国立国会図書館などに配布する予定だ。

 章司は「今年は何社あるのだろう」と民間調査会社、帝国データバンクに問い合わせると、情報部の内藤修さん(34)が同社データベースで調べてくれた。該当企業数(個人経営を含む)は1854社と昨年の2.7倍。過去5年と比べても突出して多い。「100年前は大正元年(1912年)。明治末期から大正初期は好景気でした。大正デモクラシーの原動力となった自由な気風も相まって、改元が起業ブームを生んだのでしょう」と内藤さん。

 章司は当時の内外の事情をもっと知りたくなった。日本経済史を研究する東大教授の武田晴人さん(63)を訪ねて、詳しく説明してもらった。1911年に日本は輸入品への関税を自由に決められる関税自主権を回復。自国産業を保護できるようになり、ビジネスチャンスが広がった。第1次世界大戦が始まると外国製品の輸入が減り、幅広い業種で内需と輸出が拡大した。「企業にとって創業から10年くらいは苦しい時期。好景気で弾みがつき、足腰が強くなった企業が多かったのです」

 スタートダッシュがうまくいった企業でも、その後、100年生き延びるのは難しい。帝国データバンクの調査では、10年前に創業90周年を迎えた企業は2573社。100周年を迎える前に実に3割弱もの企業が消滅している。

 章司は長寿の秘訣を聞こうと、まず産業用ボイラーのトップメーカー、ヒラカワを訪問した。社長の平川晋一さん(57)は創業家出身の4代目。3代目社長の父が体調を崩し、15年前に急きょ社長に就任した。

 「老舗企業であるというメンツを重んじ、手厚い福利厚生など大企業のまねごとをしていました。利益は増減を繰り返し、資金繰りも厳しかったのです」と当時を振り返る平川さん。直ちに無駄を削り、事業の見直しにも着手した。たどり着いた結論は創業以来の主力商品、ボイラーの用途拡大。顧客のニーズを丁寧に聞き取り、アフターサービスを充実させると、業績が回復した。

■本業重視派や革新継続派も

 次に訪ねたのは大正製薬。「医薬品や健康関連商品などの本業に徹し、バブル期にも財テクには走りませんでした」と語るのは広報室主任の田原陽子さん(38)。今年は主力のドリンク剤「リポビタンD」の発売50周年でもある。100周年は「商売は戦い勝つことのみが善である。紳士の商人たれ。正直、勤勉、熱心」という創業の精神を、社員が再確認するきっかけになっているという。

 「本業を守ってきた会社が生き残っています」と報告すると、所長は「そんな会社ばかりではないだろう」と追加の調査を命じた。

 企業経営に詳しい一橋大学教授の安田隆二さん(66)が「世の中の変化に応じて大胆に事業転換した企業」の典型としたのはシャープ。ベルトのバックル(留め金)、シャープペンシル、鉱石ラジオ、ブラウン管テレビ、電子システム手帳、壁掛けテレビなど次々と新製品を送り出してきた。最近は「液晶テレビへの巨額投資が裏目に出て苦戦」しているが、台湾大手の鴻海(ホンハイ)精密工業との資本・業務提携で危機を乗り越えようとしている。

 ベンチャービジネスを研究する富士通総研主任研究員の湯川抗さん(46)は「伝統を守るタイプ、革新を続けるタイプのどちらにせよ、企業の優勝劣敗はこれからますます激しくなるでしょう」と予想する。

 「100年企業も油断はできないということか」と納得した章司。湯川さんは「日本経済にとって長寿企業は大切ですが、新興企業の動向にも注目してください」と声をかけてきた。

 調べると、総務省の調査結果などから算出した、1年間に開業した企業の数が全企業に占める割合(開業率)は2006~09年の平均で2.0%と低迷。一方、廃業した企業の割合(廃業率)は6.2%で、長期的に増加傾向にある。最低資本金の制度が撤廃され、株式会社を設立しやすくなったにもかかわらず、起業は活発になっていない。

 日本の開業率が低いのは経済学者ケインズが「アニマルスピリット」と名付けた精神が乏しくなったからだと嘆く人も多い。再び武田さんに聞いてみた。「大正時代は財閥系企業などベンチャーに出資する側が投資回収を急がず、時間をかけて育てようとしました。対照的に現在は新興・ベンチャー企業に早急に結果を求める風潮が強すぎます。大企業がもっと余裕を持ってベンチャー投資をすれば、日本人の起業家精神を呼び覚ませるでしょう」

 調査結果を説明後、「所長も私の成長を長い目で見守ってください」と章司。「わかった。報告書の提出を今回は明日まで待とう」

〈世界の長寿企業は? 日本が突出、独英なども多く〉

 世界各国の老舗企業を調べているのは日本経済大学教授の後藤俊夫さん(69)。各国企業のホームページや現地調査などを積み上げ、国際比較をしている。創業200年以上の企業(個人経営を含む)を「長寿企業」と定義。今年1月末時点では日本が3937社とトップで、ドイツが2位。英国をはじめとする3位グループがこれに続く。

 日本に長寿企業が多いのはなぜか。後藤さんは江戸時代の商人たちが近代的な経営手法を確立し、後世に残したのが大きいと分析する。「厳しい家訓、優秀な後継者を選抜する人事・教育制度、顧客の家族構成などを記した台帳などが江戸時代に生まれ、日本企業の土台になった」とみる。加えて、日本には家業の継続を重んじる風土があった。フランスのワイナリーなども歴史は古いが、オーナーが入れ替わり、組織が継続していない場合も多いという。

 日本でも最近は後継者難に悩む老舗企業が多い。相続税の高さなど制度上の問題も大きいが、「子どもには自分のような苦労をさせたくないと家業の継続を断念する経営者も多い」と後藤さん。長寿企業大国の地位は安泰とは言えない。

(編集委員 前田裕之)

 〈お断り〉次回の「エコノ探偵団」は19日に更新します(以後、原則火曜日に公開します)。


本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。