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ワープ!「時をかける少女」 代替現実にクラクラ

2014/5/18 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

「たまには現実を忘れよう」とデスクから温かいことば。頑張りへの息抜きのお達しに「休めってことですね」とニンマリすると、「最先端装置を使って仮想世界(バーチャルリアリティー)の異空間にどっぷり入って」とやぶから棒に指示。3D(3次元)映画に毛が生えたぐらいかと思っていたら、それどころでは……。

ヘッドマウントディスプレーという水中メガネをいかつくしたような装置を付けて仮想現実(VR)を体験する記者(東京都渋谷区)

ヘッドマウントディスプレーという水中メガネをいかつくしたような装置を付けて仮想現実(VR)を体験する記者(東京都渋谷区)

■装置着用に違和感なし

現実世界から引き離してくれる秘密道具が、ベンチャー企業の米オキュラスVR(カリフォルニア州)が開発した「オキュラス・リフト」。現在は開発キットの販売にとどまり、市販品の発売は未定。それでも米フェイスブックが3月に約20億ドルで買収した。技術は折り紙つき。

意中の装置があるデザイン会社のコンセント(東京・渋谷)を訪ねた。オキュラス・リフトはヘッドマウントディスプレーと呼ばれ、海女さんが使う水中メガネをいかつくした感じ。今年1月に入手した渡辺徹さんに手ほどきを受け「とにかく着けてみてください」とすんなり初体験。

装置そのものは、パソコンと電源をつなぐコードがあって、ゴムバンドを調整してかぶる。重さは380グラムで、まったく違和感がない。目の前に2つのレンズが並ぶ。加速度センサー、ジャイロセンサーを組み合わせて「6軸センサー」を内蔵しており、顔の動きを追跡することで周囲を見渡せる。つまり視点と映像が同期している。

さっそく用意してもらったジェットコースターを試す。オキュラス・リフトを装着すると、もうレールの上。顔を伏せる姿勢をとっても、地面までぽっかりスペースがある。つり橋に置き去りにされた不安に襲われる。

「カタカタ」。リアルすぎ。重力に任せて、奈落の底に……。

そそのかされて立って挑戦したのが間違いだった。振り返るとたどったレールが高速に流れていく。しまいに空に放り出される。絶叫マシンに、ついに膝が力を失った。2分ほどだが汗ばむ。五感で仮想空間に踏み込んだ気になる。危険すぎる没入感。

魔女になって飛んだり、初音ミクに会えたりする"安全"な軽いコンテンツももちろんある。異空間にさくさくと入れることで、エンターテインメントの世界が大きく変わるのは間違いない。

仮想空間に入り込んだかのような体験が可能

仮想空間に入り込んだかのような体験が可能


別世界に足を踏み入れた興奮をデスクにひとまず報告。いまひとつのみ込めずポカンとした様子だ。「さよなら現実世界ですよ」。いかにも現実と仮想空間の区別がつかなくなった危なっかしい発言。まずかったかな。「時間の境目もなくせるらしいよ。次はそれ」。まずい流れになったな。

現実と虚構の区別がつかないような体験ができるSRシステム(埼玉県和光市の理化学研究所)

現実と虚構の区別がつかないような体験ができるSRシステム(埼玉県和光市の理化学研究所)

■過去を取り戻せる?

「仮想現実(VR)」に没入した後には、時間をワープできるらしいという「代替現実(SR、サブスティテューショナルリアリティー)」に体当たり。仕事に追われて余裕を忘れてしまった今。あの日の希望にあふれた瞳を取り戻そう。

代替現実(SR)を体験できるのは、理化学研究所(埼玉県和光市)の脳科学総合研究センター。藤井直敬チームリーダーが率いる適応知性研究チームが代替現実(SR)に導いてくれる。

「社会脳」と呼ばれる分野を専門にする藤井さん。代替現実(SR)システムは「人工的にデジャブをつくる目的」(藤井さん)で、2012年に実験装置を開発した。

システムは研究棟の一画にあり、収録スタジオのようなたたずまい。モニターなど機材が並ぶスペースがあって、その奥に壁、床、天井とも一面が白い部屋がある。そして赤い椅子が1脚。「精神と時の部屋」とでも呼んでおこう。

腰を下ろし、いよいよ代替現実(SR)を生体験。「エイリアンヘッド」と呼ぶヘッドマウントディスプレーをかぶる。映画に登場する異星生物のあれだ。

■カメラ装着がミソ

内側に左右の目で見るそれぞれのディスプレーがあるのは前回体験した仮想現実(VR)に入り込む「オキュラス・リフト」と同じ。違うのは、外側に前方を映すカメラがある点。ここがミソだ。カメラが現実映像を見て、ディスプレーで録画を見る。それを巧妙に入れ替えるから「代替現実」。理論的には分かるんだけど。

準備のせいか慌ただしそう。この研究室はみんな個性的。藤井さんはピンク色のセンスがいいシャツを着てるし、研究員の脇坂崇平さんはワイルドなスキンヘッド。でも脇坂さんは「頭はきつくないですか。気持ち悪かったら言ってくださいね」と実は優しい。

結論から言うと、この準備段階から代替世界に入っている。自分はとうの前から「精神と時の部屋」で独りぼっち。藤井さんがぐるぐる歩いていたのも、脇坂さんが説明してくれたのも過去の映像。現実映像から切り替えられた瞬間がいつなのか分からない。スムーズな切り替えだ。

後で説明を受けたが録画は2~3年ほど前の2人らしい。服装も見かけもまったく同じ。キャラの立つ格好だったのはそのためか。

現在のライブ映像に戻って種明かし。「今までのが過去の映像だと分かりましたか」。驚きもあったが、予習のおかげで何となく想像できたので「えー、そうなんですか」とちょっぴり余裕。

藤井さんがフッといなくなる。うん?

再登場。「さっきのも過去の映像だと気づきました?」。現在と過去の区別がつかなくなりクラクラする。じゃあ、今は? おうちに帰りたい。

いきなり出てきたゾンビが迫る。ひえー、もういいよ、助けて。

ようやく「これで終わりです」と脇坂さんの温かい声。「エイリアンヘッド」を外してくれる。目の前にはクールな藤井さん。現実世界に戻ったのに、まだだまされているような錯覚が残る。

■企業との連携探る

最後のおまけに、渋谷のスクランブル交差点に立つ。歩行者とぶつかるし、顔をあげると「109」と青空が広がる。「オキュラス・リフト」で体験したのはCGで作られた仮想現実(VR)だったけど、こちらは実際に渋谷に来た感じ。

もし子供のころにこの技術があって、過去をパノラマ映像で撮り続けていれば、今の私は「あの日」に帰れる。代替現実(SR)は時間や空間の境目がなくタイムトリップそのもの。当初の野望だって果たせる。

代替現実(SR)の技術は、認知心理実験、心的外傷後ストレス障害といった心的疾患への療法など幅広い可能性がある。映画、ゲーム、音楽など娯楽業界への転用も期待される。藤井さんもこの4月、理研にいながら起業し、様々な企業との連携に向けアンテナを張り巡らす。

「『時をかける少女』ですよ」とデスクが理解できるよう説明。「時間の境目がなくなるというのはともかく、少女というのは疑問が残る」。確かにそうだけど…。「ありのままの自分になるの♪」。我に返って、さっぱりした。

[日経産業新聞 2014年5月14日・15日付]


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