日本経済新聞社

記事利用について
印刷 印刷

株価上昇効果あります「企業統治の強化」
日本経済研究センター主任研究員 前田昌孝

2012/4/2付
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

オリンパスの損失隠し事件で疑惑を指摘し、解任された英国人のマイケル・ウッドフォード元社長が、上場制度の変更を計画している東京証券取引所のパブリックコメント募集に対して、意見を寄せた。独立社外取締役がきちんと役割を果たすためには、まずは社内取締役の教育訓練が不可欠だという。「企業統治を強化しても、株式投資のリターンには無関係」との声もあるが、筆者の分析では日本の家計がゆっくり豊かになるためには、無視して通れないテーマだと思われる。

コーポレート・ガバナンス(企業統治)というだけで、総論賛成各論反対の禅問答のような議論を思い浮かべる人は多い。しかも、「それで株価が上がるのか」と問われると、真っ先に企業統治改革に取り組んだソニーが、かつては比較対象でもあった米アップルに大差を付けられたことや、委員会設置会社でもある大手証券の株価下落を前に「株価は生き物だから何とも言えない」としか答えようがない重い現実が横たわってしまう。

しかし、ウッドフォード氏の視点は明確だ。「独立社外取締役が少数いたところで、大勢の社内取締役が取締役としての法的義務や忠実義務を真に理解していない現状では、十分な役割を果たせない」。従って社内取締役を教育・訓練することが最も重要であり、「東証は上場企業に対し、取締役の就任前及び就任後の教育訓練の諸方針、並びに教育訓練を受けた人の取締役の氏名、内容、時間の公表を求めるべきだ」と訴えている。

実際、オリンパスにも東京電力にも社外取締役はいたわけだし、大王製紙には社外取締役はいなかったが、社外監査役はいた。しかし、株主価値、あるいは企業価値を守るために何か積極的な活動をしたという情報はない。社外取締役の機能についての理解が共有されないままに、さらに社外取締役の設置義務付けなどが決まっても、第一線から退いた人の老後の小遣い稼ぎの場が増える程度のことに終わる恐れもある。ウッドフォード氏の指摘は経営現場の声として重みがある。

ただ、それでも投資家は「企業統治の実効性を高めれば、株価は本当に上がるのか」という疑問を発し続けるかもしれない。そこで、プロのアナリストや運用者の国際団体であるCFA協会の「世界における株主権の現状・投資家のための手引き」をもとに、各国・地域の上場企業の取締役会における独立取締役の平均割合と、株価指数の上昇度合いとの関係を調べ、グラフ化してみた。

先進国とそれ以外の国・地域とに分けて描いたグラフを見ると、両グループとも株価指数の状況を示す2つの折れ線グラフのかたちが左から右に向かって、徐々に広がっていることがわかる。上側の折れ線は過去7年間の株価指数の騰落率が年によってどれくらいばらつくかを標準偏差で示している。下側の折れ線は過去7年間の株価指数の年平均騰落率だ。

もちろん経済は生き物だから多少の例外はあるのだが、標準偏差は右肩上がり、平均騰落率は右肩下がりだから2つの折れ線が右向きのワニの口のように広がっているわけだ。グループごとに独立取締役の割合が高い順に国・地域を並べているから、要するに独立取締役割合が高い国・地域では株価指数の年ごとの騰落率の差が小さく、平均リターンが高いことがわかる。逆に、日本のように独立取締役の割合が低い国・地域では株価指数が上下しやすいうえに、平均リターンが低い。

ちなみに日本の過去7年間の株価指数の平均騰落率はマイナス4.29%、標準偏差は26.6%だった。ドイツは標準偏差が25.6%と日本に近いが、株価指数の平均騰落率は4.77%のプラスだった。独立取締役の割合が先進国で最も高い米国は株価指数の平均騰落率が1.80%のプラスにとどまるが、標準偏差も17.7%と小さく、株価指数の振れ幅が小さかったことを示している。この傾向は先進国以外の国・地域でも同様に見ることができる。

日々取引をするような投機家にとっては、年間のリターンの大小よりも株価が大きく振れたほうが利益を得るチャンスに恵まれ、面白いのかもしれない。しかし、退職後の生活資金、教育資金、結婚資金などをしっかり準備しようと思えば、ローラーコースターのような相場ではなく、そこそこのリターンが長期にわたって安定的に得られる相場のほうが望ましい。

一般の人々はデイトレーダーのようには動けない。多くの人々の金融資産がゆっくり着実に増えるような条件を整えることは、政府の重要な役割だ。コーポレート・ガバナンスがきちんと機能していれば、企業が「このままではダメになる」と感じてから抜本的な対策を講じるまでの期間が3年は短くなるとの指摘もある。経済の活力が復活し、税収も上がり、国債暴落懸念も遠のく。企業統治改革に反対する人々の声は聞かないほうがいい。


本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。