日本経済新聞社

記事利用について
印刷 印刷

「京女」は働く女性のルーツ 都で経済活動の担い手

2013/12/8 6:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 京都の女性を指して「京女」という言葉をよく耳にする。憧れや親しみを込めて使われるようだが、一方で「京男」はあまり聞かない。京女とは具体的にどんな女性のことを指すのだろうか。調べてみると、その成り立ちには都だった歴史が影響していた。

京都の花街では、季節ごとのあいさつは欠かせない

京都の花街では、季節ごとのあいさつは欠かせない

 まず「東男(あずまおとこ)に京女」ということわざを調べる。広辞苑には「男は、気っぷのよい江戸の男がよく、女は優雅で美しい京都の女がよい」とある。俗に「3代続くのが江戸っ子」ともいわれるが、同様の条件が京女にもあるのだろうか。

 京都市観光大使で放送作家の丘真奈美さんに聞くと「京都生まれか、何代住むかは関係ありません」とのことだった。条件は(1)京都を愛して住んでいる(2)本物の京文化を知っている(3)京都のために情報発信している――を挙げた。

 一般市民では情報発信が難しそうだが「朝、町家の玄関を掃除することも、生活文化を発信していることになります」。一部の女性に限った概念ではなさそうだ。

 丘さんによると、現代に通じる京女像が成立したのは室町時代という。夫の浮気を見破り逆に一計を図ってやり込める「わわしい女」。狂言で描かれる賢くて行動力のある女性が原型のようだ。

■キャリアウーマンのルーツ

 室町時代は日本史上、初めて貴族や武士ではなく民衆が文化の担い手となった。国内最大の商工業都市だった京都で女性たちは家に居るだけではなかった。職人として布製品などを生産、行商に出て経済活動を支えた。「京女がキャリアウーマンのルーツ。今も和装産業の中心地である西陣などでは働く女性が多い」と指摘する。

 京都の花街に詳しい京都女子大学の西尾久美子教授にも聞いた。「京都で生きていくと自ら決めた女性で、その特徴は芸舞妓(げいまいこ)の内面に見付けることができます」。花街には今も約240人の芸舞妓がいる。京都以外の出身者も多いが、舞踊や芸、独特の京言葉で京都文化を発信している。

 親元を離れ、花街に住み込み、舞踊や京言葉、しきたりを1年ほど学んでデビューする。慣れない環境や厳しい練習に耐え切れず辞める例もあるが、伝統文化を担う1人のプロとして生きる。おのずと精神的な自立が求められ、「若い頃から人付き合いを通じて心に芯がつくられます」。

 京都市の門川大作市長に意見を求めると「賢くて芯が強いだけでなく、何より思いやりがある」。例えば商家では客用に玄関を掃除するだけでなく、出入りする職人や商人、家族のため勝手口をきれいにする配慮も欠かさない。働いていても、男性を立てる気配りに優れる。

■最古の文献は室町時代

 日本文学に詳しい甲南大学の田中貴子教授によると、京女が登場する最古の文献は室町時代に書かれた中国の詩人、杜甫の作品に付いた注釈書。奈良の男性と一緒にいる京都の女性を「働き者で商売上手」と表現していた。

 なぜ、憧れの対象になったのか。田中さんは「いわゆる京女像は江戸期以降に成立した概念です」と指摘。江戸時代になると、お伊勢参りなど旅が盛んになり、「東海道の終着点だった京都で男性が教養ある優雅な花街の女性からもてなしを受け、イメージが形成されたのでは」と話す。 田中さんは京都の歴史に触れ、「いつの時代も外部から多くの人が流れ込んできました。その中で『流されまい』として自分たちの価値観を守り抜くため、強い芯ができたのではないでしょうか」と解説する。現代の京女も自らの価値観に忠実で一度決めたらなかなか変えない「がんこ」な面があるらしい。

 女性の能力を十分に生かすのは今の日本の大きな課題。京都ではそのお手本が代々受け継がれてきた。現代こそ、京女の芯の強さが求められる時代なのかもしれない。

(京都支社 古川慶一)

[日本経済新聞大阪夕刊関西View2013年12月3日付]


本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。