日本経済新聞社

記事利用について
印刷 印刷

[FT]ヘリコプターマネー擁護論 日本でも有効

2013/2/14 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

(2013年2月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 「困難に陥るのは、何かを知らないからじゃない。知らないことを知っていると思い込んでいるからだ」。マーク・トウェインのこの言葉は、金融政策や銀行政策にぴたりと当てはまる。苦境にある欧米の国々は過剰なマネーに苦しんでいると確信する人たちがいる。一方でオーソドックスな政策立案者は、民間部門の支出をとにかく回復させることが経済を復活させる正しい方法だと思っている。政府の支出を紙幣の印刷で賄う財政ファイナンスは命取りだとほとんどの人が認める。これらの見方はすべて間違いだ。

■銀行の貸し付けが不足

日本は財政ファイナンスをすべきなのか(日銀本店)=ロイター

日本は財政ファイナンスをすべきなのか(日銀本店)=ロイター

 金融政策は既に緩和されすぎだと主張する人は、金利水準の異常な低さや肥大化した中央銀行のバランスシートを引き合いに出す。しかし、第2次世界大戦後の金融経済学の大御所ミルトン・フリードマン氏によれば、重要なのはマネーの量だけだ。

 中央銀行のバランスシートの急拡大や超低金利にもかかわらず、広義のマネーの量は金融危機が始まって以来伸び悩んでいる。ニューヨークの調査会社、金融安定センター(CFS)の試算によると、ディビジア・マネー(広義のマネーの集計に使う、よく知られた手法)で見た広義のマネー「M4」は、2012年12月時点で1967~2008年のトレンドを17%も下回った。米国はマネーの過剰でなく不足に苦しんでいるのだ。

 国際決済銀行(BIS)のクラウディオ・ボリオ氏が先日発表した論文「金融サイクルとマクロ経済学:我々は何を学んだのか」で指摘するように「預金はローンの組成に先立つ資金ではない。ローンが預金を生み出すのだ」。したがって、銀行が貸し付けをやめれば預金は伸び悩む。英国では、12年末の「M4貸付」が09年3月の水準を17%下回った。

■銀行の準備預金を増やす方法は非効率

 ハイパーインフレがすぐそこに迫っていると信じる人たちは、銀行は中央銀行にある準備預金の水準に直接反応して企業などへの貸し付けを増やすと考えている。金本位制の場合には準備預金に限界があり、銀行はその水準に注意しなければならない。

 しかし政府が作ったマネー(フィアット・マネー)の場合は、準備預金を無限に供給できる。もちろん中央銀行は、準備預金は有限という「ふり」ができる。だが実際は、支払い能力のある銀行に(周知のように、支払い能力のない銀行にも)無制限に準備預金を貸し付けることができる。

 中央銀行は準備預金を思いのままに供給できるので、銀行による貸し付けを阻む要因は借り手の支払い能力と貸し付けの収益性となる。つまり銀行に対する準備預金の供給増は、民間銀行の貸し付けを増やす方法として非効率であって、危険なわけではない。

■民間支出の刺激に躍起

 平時であれば銀行による企業などへの貸し付けは、中央銀行が設定する金利水準の変化に反応する。しかし、英金融サービス機構(FSA)のアデア・ターナー長官が先週の重要な講演で指摘したように、このレバーは壊れている。

 この状況を受け政策当局者は、これまで以上に民間部門に貸し付けと支出を強要しようとしている。実際、中央銀行は債券や株式、外貨などの資産の価格を大幅に引き上げて民間の支出を刺激できる。しかしターナー長官も論じるように、このやり方には大きなコストが伴いうる。「過去の過剰で作られたデレバレッジ(負債圧縮)の罠から抜け出そうとして、将来の脆弱性を高める恐れがある」のだ。BISのチーフエコノミストだったウィリアム・ホワイト氏も「超金融緩和策と意図せざる結果の法則」と題した昨年の論文で同様な懸念を表明した。

■大恐慌時のシカゴ・プランに一理

 別の選択肢はある。ターナー長官も指摘するように、1930年代の大恐慌の際にシカゴ大学の経済学者は、民間部門への信用供給と、マネーの創造を切り離せばよいと提案した。中心にいたのはヘンリー・サイモンズ氏だったが、エール大学のアービング・フィッシャー氏も支持し、フリードマン氏も1948年に著した論文「経済安定のための金融および財政の枠組み」で支持を表明した。

 提案の柱は、預金を公的債務で100%裏付けることだった。この構想では、民間の信用や債務の不安定性は取り除かれ、公的債務は劇的に減り、現状の民間債務の仕組みにある欠陥の多くもなくなるとの主張だった。国際通貨基金(IMF)が先日公表したワーキングペーパー「シカゴ・プラン再考」は、この構想は実際にこれらの利益をもたらすと結論付けた。

■量的緩和より財政ファイナンス

 そこまで話を進めるのは、やめておこう。それでも、この計画から2つの重要な点が浮き彫りになる。

 まず、政府が作ったマネーはもっぱら民間の借り入れと貸し付けの仕組みを通じて影響を及ぼすべきとする見方は正当とは言えない。銀行が無責任な貸し付けの副産物として生むマネーの裏付けに、なぜ政府が作った通貨を使わねばならないのか? 民間不動産のレバレッジの支援はいいのに、どうして公共インフラの場合はまずいのか? 筆者は、政府が作ったマネーは公共ではなく民間の支出のみを促すべきという考えに、道義的な意味を見いだせない。

 次に、民間の信用や支出の拡大が危険でないにせよ非常に難しい現在の例外的な状況では、信用とマネーを創造する政府の力を使って公共支出を支援すべきという主張は擁護できる。そのために必要な中央銀行の資金は、現在の何でもありの量的緩和に使う量より間違いなく少ないはずだ。商業銀行の自己資本増強やインフラ建設、あるいは減税に財政ファイナンスを利用してはどうか? 公的債務を過度に拡大させずに、財政赤字に民間のデレバレッジを促進させるのもいいだろう。

 この政策が極めて強力なのは、財政支出と金融拡張の組み合わせだからだ。ケインズ派は前者、マネタリストは後者を享受できる。中央銀行が財政ファイナンスの規模の決定権を握り、経済に与える影響を検証するなら、必ずしもハイパーインフレや高いインフレ率は生じないだろう。独立した中央銀行と財務省の間で議論が必要なのは仕方がない。極端な窮状にある時には避けられないことだ。

■「失われた20年」も避けられたか

 がん患者は時として危険な治療を受けて回復する。ターナー長官はこう指摘する。「過去20年間、日本はある程度あからさまに財政ファイナンスをすべきだった。そうしていたら今の日本の名目国内総生産(GDP)はもっと大きかっただろうし、より高い物価水準や実質GDP、対GDPでもっと低い債務比率も、程度の差はあれ実現しただろう」

 伝統的な政策は結局、危険だった。現在問題を抱える国にもそう言えるかどうかは議論の余地がある。だが、意識的に拡大させた財政赤字を財政ファイナンスで埋める方法――手短に言えばヘリコプターマネー――で金融危機に対処するのは、どんな場合も正しくないという見方は間違いだ。それは政策の手段として、用意しておくべき一手なのだ。

By Martin Wolf

(翻訳協力 JBpress)

(c) The Financial Times Limited 2013. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.


本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。