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企画力次第で、お金には違う価値(家計と資産セミナー)
放送作家 小山薫堂氏

2012/12/30 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

日本経済新聞社は放送作家の小山薫堂さんを講師に招き、「ニッポン金融力会議 家計と資産セミナー」を開いた。多くのヒット作を生んだ才人に、人生を豊かにする「幸せのお金術」について語ってもらった。

発想の根底には「もったいない」というキーワードがあると話す

発想の根底には「もったいない」というキーワードがあると話す

──小山さんの金銭感覚はどのように磨かれたんですか。

「僕の父は金融業を営んでましてね。子供の頃から、お金のことについては厳しくしつけられました。お金は使わなければ、ただの紙切れ。『使って初めて価値を生むんだ』ということを父は教えてくれました」

──小さい頃からお金の大切さを教えられたんですね。

「お小遣いは小学4、5年生の時から、キャッシュカードを渡され、銀行振込でもらってました。毎月600円。現金支払機(CD)は1000円からしか引き出せないので、2カ月に1度、CDの前に大人に交じって並ぶんです。金利が高いから貯金はここにしなさい、なんてことも教えてくれた」

「小学校高学年だったか、中学生の頃、父が3000万円の札束を目の前に積んで、離れた町の会社まで1人で運びなさい、と言われたこともあった。周りがみんな泥棒に見えて、必死に運びました」

──そういう金銭感覚が、今の仕事にも生かされていますか。

「貧乏性のせいもあるんですが、僕がお金の使い方やアイデアを考える時に、発想の根底にあるのは『もったいない』というキーワードです。例えば、僕が自分の会社をつくった時に思ったのは、『受付がもったいないなあ』でした」

──受付が?

「そうです。20人足らずの会社で、来客も少ないし、受付嬢を雇ってお金を払うのはもったいない。でも、受付に内線電話を置いとくだけじゃ味気ない。訪問してきたお客さんがワクワクしないでしょ。それはそれでもったいない。そこで僕の会社の受付は、パン屋にしたんです」

パン屋のカウンター左下の入り口がオフィスへの「秘密の扉」

パン屋のカウンター左下の入り口がオフィスへの「秘密の扉」

──えっ、パン屋?

「オフィスの周辺を調べたら、飲食店が少なく、ランチ難民が多いんですよ。ウチの会社が普通にビルに入っても、周りのOLは喜ばないけれど、新しいパン屋さんができたら、みんな喜んでくれます」

「映画『007』シリーズとかで、バーの本棚の裏側が秘密基地になっていたりするでしょ。あれ、いいなあと思って。僕の会社に仕事を頼みに来た人はパン屋の店長に告げると、カウンターを開けてくれて、扉の奥にあるオフィスに入れます。周りの人はなんであの人は奥に入れるんだろうと不思議に思うから、優越感も味わえます。パン屋の売り上げで、受付として採用したパン屋の店長さんのお給料も賄える」

■客が従業員の名刺を欲しがるホテル

──まさに一石三鳥。

「僕はもったいないものを見ると、勝手にテコ入れしたくなる癖があります。11年前、日光金谷ホテル(栃木県日光市)に泊まった時、ダメなところがたくさん目についたので、ホテルの社長に、せっかく良いホテルだからこの空間はこんなふうにしたらいいですよと提案した。すると社長から、顧問になってくれと電話がかかってきた」

「でも、ホテルの宣伝広告費は年間たったの300万円しかありません。さあ困ったとなって、全従業員の名刺を作ることから始めました」

──名刺を作り替えた?

「ええ。僕はまず従業員がホテルを愛し、誇ることが必要だと思ったんです。従業員にホテルで一番好きな場所を教えてください、と聞きました。ホテルへの愛情を再確認してもらったんです。フロントの人は回転ドア、厨房の人は料理長が代々受け継いできたボロボロのフライパン。部署によってホテルに対する思いはいろいろです」

「それをカメラで撮り、図柄を30種類に絞りました。従業員に好きな写真を選んでもらい、その写真入りの名刺を作り、厨房の若い人たちなど、今まで名刺を持っていなかった人にも配りました。そしてホテルにこんなメッセージを掲げました。スタッフはそれぞれ違う写真の入った名刺を持っています。全部で30種類。すべて集めると小さな写真集ができますから、どうぞスタッフに声をかけてください、と」

「すると宿泊客の方から従業員に声をかけてくれるようになった。特に子供はアニメのカードを集める感覚です。将来のお客さんを確保しながら、メディアの取材も入りました。名刺を作り替えるのとほぼ同じ費用でお客さんとのコミュニケーション手段を作り、PR効果まで生み出したんです」

──上手なお金の使い方とは、まさに発想が大事なんですね。

「どうせ使うなら、『生きたお金』を使いたいと思います。同じお金を使うにしても、そこに企画を入れることで、全く違う価値が生まれてきます」

■人生最高のチップ5ドルの効用

──企画を乗せたことで「生きた金」になった例は他にもありますか。

「熊本県のPRキャラクター『くまモン』をご存じですか。熊本県から九州新幹線の鹿児島ルート全線開業を盛り上げてほしいと依頼され、『くまもとサプライズ』というキャンペーンを考えました。そのオマケとして提案したのが、くまモンです」

「ゆるく始めた」くまモンが大きな売り上げを生んだ

「ゆるく始めた」くまモンが大きな売り上げを生んだ

「くまモンを使ってキャンペーンを全国展開することになり、県が許可すれば、自由にくまモンを使って良い、と告知しました。熊本県のためになることならOK。熊本の会社が自社製品を売ったり、東京の会社が熊本の農産物を目立たせたりするためなら、使用を許可することにしました」

「すると、あらゆるくまモングッズが出てきた。今でも毎日50件ずつ申請がくるそうです。ちなみに第1号は『くまモン仏壇』です。著作権フリーの告知をして、朝一番に並んだのが、たまたま仏壇屋さんだったんですね」

「県庁の職員はブランド使用を許可しましたが、僕はブランド育成の観点から絶対にあり得ないと怒りました。ところが、です。緩く始めたことが結果的にうまくいったんですね」

「くまモンの関連商品売り上げは2011年が25億5千万円、12年は6月までで118億円になりました。最大の驚きでした。完全なものを作り、それに人が群がるのがブランドだったはず。でも今は、ソーシャルメディアで情報が広がる時代です。不完全なものを提示し、消費者の力で完全にしていくやり方もある。くまモンをきっかけに、僕はブランド作りを考え直しました」

──オープン・イノベーションの考え方ですね。ところで小山さんは「無駄遣い」の効用も説いてますね。

「作家の池波正太郎さんはタクシーに乗るたび、必ず100円のチップを払ったそうです。愛想の悪い運転手さんでも、チップをもらえばうれしい。運転手は笑顔で次のお客さんを乗せます。お客もちょっと気分が良くなる。タクシーを降りた後、そのお客に接した人も気分が良くなるかもしれません」

「自分が投じた100円のおかげで小さな幸せが連鎖する。だから自分はチップを払う。それがダンディズムだ、と池波さんは書いています。僕も現金で払う時は極力チップを払うようにしています」

──人生最高のチップを米国で払ったそうですね。

「米カリフォルニア州のナパバレーで映画『おくりびと』の原稿を書き終え、うどんを食べようと、車でサンフランシスコに行った時のことです。20ドルだけもって店に入り、おつりを5ドルもらって車に戻ろうとしたら、レッカー移動されていて車がない。どこに運ばれたかさえ分からず、困り果てていると、1人の路上生活者がやって来て3ドル50セントを無心されました」

「周りを見渡すとハンバーガーショップがあり『チーズバーガーセット3ドル50セント』と書いてある。そうか、これが食べたいのかと。最初は断ったけど、考え直して頼みの綱の5ドルをあげました。その彼に、車を探すにはどこに行けばいいか尋ねました。すると10分後、1枚の紙切れを手に彼は戻ってきた。紙切れに記された場所に行くと、レッカー移動された車の集積場がありました。ああ、人生最高の5ドルのチップを払ったなと思いました。その時の紙切れは今も大切に持っています」

「絶対に自分は買わないな」というものにお金を使うと、人生が動き始めるきっかけになると説く

「絶対に自分は買わないな」というものにお金を使うと、人生が動き始めるきっかけになると説く

■あえて無駄遣い、物語を生み出そう

──まさに「無用の用」。たった5ドルのチップでも思わぬ効用があるものですね。

「使いたい物、必要な物にだけお金を払っても『物語』は生まれないような気がするんです。無駄遣いというか、絶対に自分は買わないな、というものにお金を使ってみる。すると人生の中に摩擦みたいなものが生じて、なにか違う方向に人生が動き始めるんじゃないかな、と思っています」

「今から4年ほど前に『トシガイ』というテレビの深夜番組を企画しました。ゲストに年齢×1万円で、年の数だけ、人生の分岐点となるような無駄遣いをしてもらったら、面白いのではないかと考えたわけです。最終回のゲストとして、僕自身が出演しました。当時44歳だったので使ったのは44万円です」

──何に使ったのですか。

「高校時代からの親友で、ミュージシャンの平田輝(あきら)君にサプライズを用意しました。僕の人生最大の分岐点は大学受験です。ある大学の受験に失敗して落ちこんでいた時に、輝はこう言った。俺は映画監督になりたいから、日本大学芸術学部の映画学科を受ける。他の学科の願書なら余っているからあげるよ、と。僕は日大に芸術学部があることすら知りませんでした。放送学科が楽しそうだなと思って受験したら僕は合格して、彼は映画学科を落ちてしまった」

「30歳になる目前に、久しぶりに彼から電話があって、映画監督は諦めたけど、歌手デビューするから手伝ってくれないかと頼まれました。十数年ぶりの再会でした。大手レコード会社からアルバムを1枚出したんですが、結局売れなくて、契約は切れてしまいました」

「彼はプロではなく、サラリーマンをしながら、アマチュアとして夢を追いかけています。40歳をすぎた今も。歌は良いのですが、アレンジがイマイチだったので、44万円を使って彼の曲をもっとすてきにしてあげようと思いました。有名レコーディングスタジオを用意し、ピアノに武部聡志さん、ギターに鳥山雄司さん、アレンジに作曲家の千住明さんと超一流のスタッフをそろえたんです。とても喜んでくれました。マイクの前に立った瞬間、輝が水を得た魚のように生き生きとした表情に変わる。本当に良いお金を使ったなぁと、しみじみ思いました」

──お金のことを考える時、私たちはついどうやって増やすかばかりに目を奪われがちです。でも同じお金を使うのでも、そこに企画を組み合わせたり、時にはあえて無駄遣いをして普段の人生にはない物語を生み出したり。お金の使い方1つで、人生は本当に豊かで楽しくなるものなんですね。

「実は輝と約束していることがあります。彼を史上最年長で、大みそかのNHK紅白歌合戦に初出場させるんです。僕が歌詞や曲を書いて、紅白の舞台で2人で抱き合おうなと話しています。今年の紅白には、史上最年長の77歳で美輪明宏さんが出場されます。輝にはあと30年くらい、ぼちぼちやってもらいたいですね」

(聞き手は日経ヴェリタス編集長 越中秀史)

 こやま・くんどう 1964年、熊本県天草市生まれ。日本大学芸術学部卒。放送作家。深夜番組「カノッサの屈辱」や「料理の鉄人」「世界遺産」など数々のヒット作を生む。「おくりびと」で初めて映画の脚本を手掛け、第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞、第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。雑誌のコラムや小説の執筆のほか、ラジオのパーソナリティーなど幅広い分野で活躍中。東北芸術工科大学(山形市)の企画構想学科教授として、学生に「企画力」を教えている。48歳。


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