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選手数、日本の2割で金4個 北朝鮮の「なぜ」

2012/8/9 16:11 (2012/8/10 4:05更新)
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日本経済新聞 電子版

終盤に入ったロンドン五輪。8日のレスリング女子で日本は2階級を制し、13日目までの金メダル数は4個になった。すでに前半戦で日本と同数の金メダルを獲得し、国別で同じ13位に並んだのが北朝鮮だ。五輪参加は11競技に限られ、選手団の人数も56人と日本の2割にも満たない。ゴールド・ラッシュの背後には、スポーツの舞台でも独自の道を歩む北朝鮮の流儀が幾重にも潜んでいる。

ロンドン五輪の開会式で入場行進する北朝鮮選手団(7月27日)=共同

ロンドン五輪の開会式で入場行進する北朝鮮選手団(7月27日)=共同

■メダリストには車、高級アパート…

北朝鮮は、柔道、レスリング、ボクシング、重量挙げなどが伝統的に強い「お家芸」といえる。ロンドン五輪でも柔道女子52キロ級のほか、重量挙げ男子56キロ級、同62キロ級、女子69キロ級で優勝した。北朝鮮関係者は「体重別がある」と「カネがかからない」の2つをキーワードに挙げる。北朝鮮選手が活躍するのは、個人競技が目立つ。他国選手に比べ体格で劣る面があり、金メダル獲得は個人種目の「軽量級」に多いのが特徴だ。

運動選手は優遇される。メダルを獲得すれば、報奨は破格だ。メダリストには成績に応じて賞金、自動車、高級アパート、家電製品などが国から贈られる。称号も与えられ、特権階級の労働党員の身分にもなれるという。引退後は指導者となり後進の育成にあたる道が約束される。まさに至れり尽くせりだ。「金メダリストは国家の英雄になり、社会的指導者になる」(北朝鮮関係者)。

育成システムにも秘訣がうかがえる。運動能力が秀でていると見込まれた子供は小さいころから英才教育を受ける。選抜されると首都・平壌に集められ、選手の発掘や育成を担う国家機関のもと合宿生活を送る。そこでは徹底指導と思想教育を受けながら国家代表選手をめざすという。軍隊や大学、企業などにはそれぞれ体育団がある。五輪選手を数多く出した強豪チームが、軍所属の「4.25体育団」だ。

ベールに包まれた北朝鮮選手。国際舞台にほとんど姿を現さないため、日本人選手のように五輪での本番を前に手の内を明かしたり、他国から研究し尽くされたりするということがない。五輪柔道での世界ランキング制採用も追い風になった。北朝鮮流の「情報統制」と「奇襲攻撃」が、4年に1度の大舞台での一発勝負で有利に働いたとの解説だ。

北朝鮮はもともと、1950年代の朝鮮戦争休戦後に国づくりの一環としてスポーツ振興を展開した。運動選手の活躍が国威を発揚し、独裁体制の安定につながるとみたためだ。北朝鮮専門インターネット新聞「デイリーNK」によると、ロンドン五輪前に北朝鮮は「思想戦、闘志戦、速度戦、技術戦を徹底的に発揮できたなら大きな成果を発揮できる」と主張した。

■想像超える選手のプレッシャー

敗者には支配層の厳しい視線が向かう。対戦相手が敵対国ならなおさらだ。約20年前に韓国に亡命した元北朝鮮柔道代表のリ・チャンス氏は、90年のアジア大会で韓国選手に敗れた後に炭鉱送りとなり、過酷な労働を強いられたと欧州メディアに語った。北朝鮮は2000年の南北共同宣言以降、韓国選手への敵対心はかつてほどではないというが、核問題や拉致などの人権問題で対立する米国や日本には特別の感情を抱く。

日朝関係筋は「今は炭鉱送りなどはない」と語るが、北朝鮮選手の受けるプレッシャーは想像をはるかに超える。

一部の特権階級と、経済困窮に苦しむ圧倒的多数の一般住民。この著しい格差が「並外れたハングリー精神」を生む。指導部はそれを体制への忠誠心のテコに利用する構図だ。日本の金メダルが有力視された柔道女子52キロ級を制した北朝鮮のアン・グムエ選手は、優勝後の報道陣へのインタビューで、自身も金メダリストだったコーチから「精神的、思想的にまず国を考えて競技しなさい」と教えられたと明かしたという。

「将軍様を思いながら走った」「金正恩(キム・ジョンウン)元帥に喜びと楽しみを与えることになり幸せだ」。北朝鮮の歴代メダリストのコメントからは、最高指導者への謝意と敬意が必ずと言っていいほど聞かれる。新指導者の金正恩第1書記は若く、スイス留学時代にバスケットに興じるなどスポーツに関心を持っているとされる。

アン選手は「金正恩同志を金メダルで喜ばせたかを考えると、これ以上のうれしさはない」と、若き最高指導者の名前を挙げながら涙した。今年が故金日成主席生誕100年という特別な事情も五輪に臨む北朝鮮選手の双肩に重くのしかかっている。

(政治部次長〈元ソウル支局〉 峯岸博)


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