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ネットテレビは「放送」か 米国の新サービスを阻む壁
ITジャーナリスト 小池 良次

2010/12/2 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

FilmOn.comのウェブサイト

FilmOn.comのウェブサイト

米国で地上テレビ放送をインターネット経由で再送信していたフィルムオン社(FilmOn.com)に対し、ニューヨーク南部地区連邦裁判所は2010年11月22日、再送信を差し止める命令を出した。米国では、テレビ放送のオンライン配信が人気を集めているが、番組を制作する大手テレビ局とネットテレビ事業者の間で対立が深まっている。

フィルムオンはブロードバンド回線を使った有料放送サービスを提供する事業者で、月額9ドル95セントでニュースやドラマなどをHD(高精細)品質で送信している。ユーザーはフィルムオンが提供する専用ソフトウエアをパソコンにダウンロードして番組を視聴する。

フィルムオンは専門チャンネルのほか、米4大ネットワークであるABC、CBS、NBC、Foxの地上テレビ放送を無断でストリーミング形式に変換し配信していた。これに対し4大ネットワークがフィルムオンに配信停止を求める訴えを起こし、裁判所がこれを認めて配信停止の仮命令を出したというわけだ。

Google TVへの番組提供も拒否

今年10月に米国で発売になった「Google TV(グーグルTV)」も4大ネットワークと対立している。Google TVは、テレビとセット・トップ・ボックス(STB)の間に専用の端末を置いて、有料放送とブロードバンド放送を視聴できるようにする。米グーグルが専用の検索サービスを用意し、衛星放送のテレビ番組と動画サイト「YouTube」のビデオを横断的に検索できるようにした。

ソニーが端末機能を一体化したテレビと端末を発売したほか、ロジテックも端末を販売しているが、4大ネットワークはGoogle TVへの番組提供を拒否している。Google TVはグーグルの広告を掲載することで無料サービスとしているが、このモデルが4大ネットワークの広告ビジネスと競合するからだ。グーグルは4大ネットワークと番組調達交渉を続けているが、現在のところ合意には至っていない。

ブロードバンドを使った映像配信は高度な設備がなくても提供可能で、ベンチャーでも簡単に始められる。こうしたインターネットを使った放送を「OTT-V(over the top video)」と呼ぶ。フィルムオンのように専用ソフトとウェブサイトを使うタイプやGoogle TVのように専用端末を使う方式など、スタイルは多様だ。米アマゾン・ドット・コムの「Amazon Video On Demand」や米ネットフリックスの「Netflix online」など、OTT-V向けにコンテンツを提供するサービスも増えている。

OTT-Vがビジネスを成功させるには、4大ネットワークが提供している連続テレビドラマやスポーツ中継といった優良コンテンツの調達が欠かせない。しかし、4大ネットワークはOTT-V事業者のコンテンツ無断利用に対し、厳しい姿勢を示している。

番組調達の保証がないOTT-V

無料で視聴できる地上テレビ放送とはいえ、無断でそれを再送信したオンフィルムは非常識なケースといえる。その一方で米アップルの「Apple TV」はOTT-Vの成功例といわれている。Apple TVは、オンラインストアの「iTunes Store」から映画やテレビ番組を販売し、端末にダウンロードしてから閲覧させる。有料でコンテンツを調達し販売するDVD販売などと同じ事業形態であり、放送事業の延長にあるOTT-Vとはやや違うモデルである。

米国でブロードバンド放送事業を目指すOTT-Vベンチャーにとって最大の問題は、費用を払えば確実に番組を調達できるという保証がないことだ。

米国の通信法では、CATVや衛星テレビ放送、通信回線を使って放送を配信するIPTVの事業者に対して、競争相手の制作した番組でも、誠意を持って番組提供交渉に応じるよう義務づけている。これは放送サービス市場で公平な競争を促進させるための措置だ。そのため、衛星テレビ放送やIPTVなどの新規参入事業者も、競争相手であるCATV会社の番組を調達できる。

ただしこの番組提供義務の対象は、CATVや衛星テレビ放送など独自の映像配信設備を持つ事業者に限られる。OTT-V事業者は通信会社やCATV会社が所有するブロードバンド回線を利用する立場のため、通信法における放送事業者には分類されない。

FCCは救済処置をとらず

Sky Angelのウェブサイト

Sky Angelのウェブサイト

例えばOTT-V事業者のスカイ・エンジェル(Sky Angel)は、10年初めに大手番組制作会社のディスカバリー・コミュニケーションズから番組提供の打ち切りを通知された。スカイ・エンジェルは、番組提供義務を根拠に米連邦通信委員会(FCC)に救済を求めた。FCCは最終的に結論を下さなかったものの、スカイ・エンジェルへの救済処置を取らなかった。これはOTT-V事業者であるスカイ・エンジェルが放送事業者に分類されないからだ。

米国では大手テレビ局が自社サイトや動画配信サイト「Hulu」などを使って提供する無料ブロードバンド番組が大きな人気を呼んでいる。一方、CATV会社やIPTV会社は、自宅以外でも契約したテレビ番組を楽しめるようにブロードバンド回線によるオンデマンドサービスを開始している。こうした大手テレビ局や有料放送事業者のネット配信進出は、OTT-V事業者の脅威となっている。

かつてFCCは、CATV会社による市場の独占を緩和するため、衛星テレビ放送やIPTVの育成と公平な競争環境確保に努めてきた。そうしたなか、次第に人気が高まるOTT-Vを放送行政の中でどのように取り扱うかについて、FCCは苦慮しているようだ。

新しい放送サービスのあり方を問いかけ

FCCのジュリアス・ゲナコウスキー委員長は、CATVや衛星テレビ放送、IPTV業界に対する端末機器の開放政策として、インターネット放送にも対応する汎用的なSTBの採用を促す「AllVid政策」を進めている。これが実現すれば、消費者が量販店でSTBを購入し、CATVやIPTVのネットワークに自由に接続できるだけでなく、インターネット放送も楽しめるようになる。こうした製品は、「ユニバーサルSTB」あるいは「ユニバーサル・リテール・ボックス」などと呼ばれる。Google TVも、将来はこうした位置付けの製品を目指している。

ただ、OTT-V事業は、法律的な位置づけが曖昧だ。そのため、AllVid政策を本格的に実施しようとすれば、何らかの法律的な改訂が必要だろう。しかし、CATVなどの有料放送業界は、理想を追うAllVid政策に「技術的課題が多すぎる」と難色を示している。

OTT-Vは、新しい放送サービスのあり方を消費者や政府に問いかけている。これを大手テレビ局や有料放送業界は、どう受け止めるのか。ブロードバンド放送の先進市場である米国だが、OTT-V事業者の試練は当分続くことになりそうだ。

小池良次(Koike Ryoji)
 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリストおよびリサーチャー。88年に渡米、93年からフリーランスジャーナリストとして活動している。サンフランシスコ郊外在住。主な著書に「クラウド」(インプレスR&D)など。

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