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デジタル教科書は是か非か? 議論白熱のシンポジウムを開催

2012/7/23付
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

文字・活字文化推進機構は2012年7月19日、「文字・活字文化の将来とデジタル教科書を考える」と題したシンポジウムを開催した。パネリストとして、東北大学加齢医学研究所教授の川島隆太氏、明治大学教授の齋藤孝氏、作家の林真理子氏、東京学芸大学客員教授の藤原和博氏の4人が登壇。デジタル教科書の功罪について、熱い議論を交わした。

文字・活字文化推進機構は、2009年に総務省が発表した「2015年までに小中学校の全生徒にデジタル教科書を配備する」との方針に反対してきた。パネルディスカッションのコーディネーターを務めた同機構理事長の肥田美代子氏は、冒頭で「デジタル教科書の配備は教育の根幹に関わる問題なのに、国会で議論された形跡がない。今日を国民的な議論の皮切りにしたい」と述べ、幅広い議論の必要性を訴えた。

楽で便利、では脳は働かない

パネルディスカッションの様子。右から、パネリストとして登壇した齋藤氏、林氏、川島氏、藤原氏、コーディネーターを務めた肥田氏

パネルディスカッションの様子。右から、パネリストとして登壇した齋藤氏、林氏、川島氏、藤原氏、コーディネーターを務めた肥田氏

4人のパネリストのうち、川島氏、齋藤氏、林氏は、デジタル教科書に対して慎重な立場を取る。「脳を鍛える大人のDSトレーニング」の監修など脳機能開発で知られる川島氏は、電子媒体と脳の働きの関係について発言した。「紙に印刷された活字と電子書籍の文字を同じ頻度、同じスピードで読むときの脳の働きは変わらないだろう。だが、画像や動画などを入れた途端に、脳は働かなくなる」(川島氏)。文字としての言葉を処理するときは脳の左右の奥の領域を必要とするが、画像や動画といった非言語のコンテンツの場合は脳の働きが限られるという。「非言語のコンテンツは楽で便利。見ているだけで何となく分かった気になる。これが便利の正体であり、それでは脳が働かないというのは厳然たる科学的事実」と指摘した。

「声に出して読みたい日本語」などのベストセラーを持つ齋藤氏は、"身体化"というキーワードを用いて紙の利点を説明した。言語力を強化するための手近な材料は新聞だが、今の学生は紙の新聞をほとんど読まない。そこで、毎日、新聞記事を切り取ってノートに貼り、横にコメントを書くという訓練をさせたところ、「社会に対する関心が高まる」など学生自身が効果を強く実感したという。「なぜ効果があるかというと、自分で切って貼っているから。紙を切り取るというのは身体的な行為。電子の記事は自分の外側に流れ続けているが、紙を切って貼ることで自分のものになる」(齋藤氏)。重要なのは身体化することであり、だからこそ紙であることが大切なのだ、と話した。

会場となった衆議院第一議員会館の多目的ホールには、大勢の参加者が詰めかけた

会場となった衆議院第一議員会館の多目的ホールには、大勢の参加者が詰めかけた

林氏は「本の売り上げの減少は劇的で、空恐ろしいくらいだ」と、最近の紙媒体の衰退ぶりを嘆く。だがその原因は電子書籍にあるのでなく、タブレットなどで見られるネット上の動画や音楽によるものだとする。自身の収入減以上に気がかりなのが、子どもへの影響。幼い頃から本に囲まれて育った林氏の中学生の娘ですらデジタルコンテンツに熱中しており、"本を読むのは面倒くさい"と言うほどという。言語力を高めるには何より読書が重要と考える林氏は、デジタル教材の広まりにより、子どもたちの読書離れに拍車がかかることを懸念した。

以上のような慎重派の意見に対して、デジタル教科書の利点を説いたのが藤原氏だ。デジタル教科書の普及を目指すデジタル教科書教材協議会の副会長も務める同氏は、「電子メディアを全否定するのはナンセンス。これまでも、新しいメディアが出てきても古いメディアは消えることなくすみ分けている。それぞれのメディアに得意なものがあり、それらをうまく組み合わせるべきだ」と主張。義務教育初の民間出身校長として赴任した東京都杉並区立和田中学校での経験を基に、電子媒体が有効な分野を複数挙げた。

反復学習には効果が大きい

中でも「早く電子メディアを入れるべき」とするのが、算数の計算や漢字の読み書き、英単語の習得といった反復学習。和田中学では、数学の不得意な子の半分は、小学校で学ぶ算数がマスターできていなかったという。そこで「ニンテンドーDS」を用いた反復練習をさせたところ、半年で大きな成果が出た。「コンピューターのいいところは、親と違って何度間違っても怒らないところ」(藤原氏)で、子どももじっくり学習できるとする。

生徒同士が意見を出し合って学び合う、いわゆるアクティブラーニングのような授業にも電子メディアが向くという。例えば生徒が地元の商店街で調査をし、現地から携帯電話で成果を送信する。それをサーバーで集約し、皆で共有しながら授業ができる。生徒が手元の端末に書き込んだ意見をリアルタイムにディスプレイに映し出し、議論することも可能になると話す。

こうした藤原氏の意見には、他のパネリストも一部で同意した。例えば川島氏は「オーディオビジュアル(AV)の資料が入ると、学習コンテンツに対する子どもたちの興味関心が引き出される。興味関心があることについては、記憶の脳が自動的に働くことが分かっている」と、その利点を認める。

齋藤氏も「副教材として、膨大な情報にアクセスできることは賛成」としたほか、藤原氏が挙げた反復練習などの分野でも積極的に活用すればよいと発言。併せて、藤原氏のように現場の教師が効果を実感し、導入を希望する形でデジタル化が進むのならば良いが、「何年に導入、という形で先に結論が決まっているのはおかしい」と指摘した。「まず授業で限定的に活用して、どれほどの効果があるのか、使いこなせるのかを確かめる。こうした実績を積み上げて、現場にどんどん使ってみたいと思わせることが大切だ」(齋藤氏)。

■リテラシーをいかに育てるか

 ディスカッションの後半では、機器を使用する上でのリテラシーの問題が一つのテーマになった。まず、林氏が親の立場から「一人1台の端末配布には絶対反対」と発言。「パソコンやスマートフォン、iPadなどの使用を管理するのは、親にはとても難しい。リビングで使わせ、自分の部屋には持って行かせないようにしているが、実際にはいろいろなことが起こる。バトルを繰り返している」と、親としての苦悩を告白した。

シンポジウムを共催した、活字文化議員連盟の会長である山岡賢次衆議院議員が冒頭に挨拶。デジタル教科書導入への危機感を訴え、幅広い議論が必要だと話した

シンポジウムを共催した、活字文化議員連盟の会長である山岡賢次衆議院議員が冒頭に挨拶。デジタル教科書導入への危機感を訴え、幅広い議論が必要だと話した

そのように苦心しながら使用を制限している端末を学校で配られたら「免罪符になってしまう。学校でもらったものを自宅で自由に使えないなんて、と思うだろう」(林氏)。必要な授業の中でだけ使わせるなどの方法を取る必要があるのではないかと指摘した。

齋藤氏も「YouTubeのようなメディアは面白すぎる。実際、電車の中で本を読む人が減り、皆が携帯をいじっている。子どもたち全員が端末を与えられたら、生活が変わり、日常が変わってしまう」と発言。川島氏も、食事中でもメールを確認せずにはいられないなど大人でも中毒症状に陥っていると指摘し、こうした機器と「どう付き合うかというリテラシーについて、社会全体で取り組まなければならない」と話した。

藤原氏は、「危険だから導入すべきでない」といった意見とは距離を置く。逆に、現行の教科書の問題点を「国定教科書は全体一様。一様の内容を、平等の名の下に教えていることが、一部の子にとって暴力になっている」(藤原氏)と指摘した。特に習熟度に差が出やすい算数/数学と外国語については、教科書検定の対象外として多様な電子媒体の参入を許し、基礎的な内容から学び直したり、逆に高度な内容を進んで習得したりできるようにすべきではないかと提言した。

(日経パソコン 八木玲子)

[PC Online 2012年7月20日掲載]


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