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新国立競技場、「ザハ」なぜ選ばれた 審査激論の中身

2014/7/1 7:00
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日本経済新聞 電子版
日経アーキテクチュア
2012年秋に実施された、新国立競技場の基本計画に関する国際デザイン・コンクールの詳細な選考過程がようやく明らかになった。事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)が2014年5月30日、報告書をウェブサイト上で公表した。国際デザイン・コンクールには46点(国内12点、海外34点)の応募があった。最優秀賞に選ばれたのは英国の設計事務所、ザハ・ハディド・アーキテクツ。なぜザハ案が選ばれたのか、最終審査での"激論"が明らかになった。

応募作品の提出を締め切ったのは2012年9月25日。JSCは10月16日に一次審査を実施。最優秀賞を決める二次審査に進む作品として、国内4点、海外7点の計11点に絞り込んだ。11月7日に二次審査を行い、11月15日に最優秀賞を公表した。

2012年11月の国際デザイン・コンクールで最優秀賞に選ばれた時点でのザハ・ハディド・アーキテクツの案。北西側から見る(資料:日本スポーツ振興センター)

2012年11月の国際デザイン・コンクールで最優秀賞に選ばれた時点でのザハ・ハディド・アーキテクツの案。北西側から見る(資料:日本スポーツ振興センター)

基本設計で固まった新国立競技場の完成予想図。南西側から見る。日建設計・梓設計・日本設計・アラップJVが基本設計を手掛けた(資料:日本スポーツ振興センター)

基本設計で固まった新国立競技場の完成予想図。南西側から見る。日建設計・梓設計・日本設計・アラップJVが基本設計を手掛けた(資料:日本スポーツ振興センター)


審査委員長を務めた建築家の安藤忠雄氏が、審査結果と講評を発表した。報道陣を前に、「満場一致で最優秀案とした」と強調したが、一連の詳細な経緯はこれまで明らかにされていなかった。

■一次審査前に技術調査

報告書によれば、選考過程は次のようなものだった。一次審査に先立つ9月26日から10月8日にかけて、技術調査が行われた。応募作品について、作品の実現性、募集要項に規定した予条件や法令などへの充足状況などを確認した。技術調査での主な確認事項は、(1)可動席、(2)スタジアムへのアクセスや入退場の動線計画、(3)音響環境、(4)省エネ技術、(5)屋根の開閉機構、(6)工期――だった。

これらの事項について、建築の各分野の専門性を有する技術調査員らが確認し、「○(実現可能)」、「△(設計段階で重大な調整が必要)」、「×(明らかに実現不可能)」の3段階で評価した。10月8日に技術調査会議が開かれ、技術調査員による評価を確認した。

一方、9月26日から10月12日にかけて、日本人の審査委員による予備審査が行われた。応募作品の審査をスムーズに行うのが目的だ。応募者の匿名性を確保したうえで、「仮推薦作品」を選定した。この際、作品数は限定しなかったという。

■一次審査では6点が過半数の票獲得

2012年10月16日に開かれた一次審査の審査会場(写真:日本スポーツ振興センター)

2012年10月16日に開かれた一次審査の審査会場(写真:日本スポーツ振興センター)

10月16日に開いた一次審査では、各審査委員による仮推薦作品と、技術調査会議の結果に基づいて、二次審査に進む作品を選定した。予備審査で推薦が1票以下だった作品については審議対象から外した。得票が過半数を集めた作品については、技術調査の結果で明らかに実現不可能と評価された項目がないことを確認して、二次審査の対象作品として選定した。

この段階で選ばれたのは6点。コックス・アーキテクチャー、ユーエヌスタジオ/ヤマシタセッケイ、ザハ・ハディド・アーキテクツ、タバンルオールー・アーキッテクトス・コンサルタンシー、SANAA+日建設計、環境デザイン研究所だった。

過半数に満たなかったが2票から4票の複数票を獲得した作品は15点あった。これらは技術調査の結果を踏まえたうえで、審査が行われた。安藤委員長からは「デザイン競技の趣旨から、この段階では実現性に多少の難しさがあってもユニークな挑戦的な作品を残しても良いのではないか」といった意見があり、特徴のあるシンボリックな作品を選定することにした。ここでは、利活用の観点も踏まえて選んだという。

こうして残る5点が選定された。ポピュラス、ドレルゴットメ・タネ/アーシテクト&アー+アーシテクチゥール、梓設計、伊東豊雄建築設計事務所、ゲーエムペー・インターナツィオナル・ゲーエムベーハーだ。

計11点が二次審査に進んだ。一次審査の最後に、敷地条件など課題がある部分の取り扱いについては、事務局から応募者に確認することで了承された。

■二次審査は再投票に

2012年11月7日に開かれた二次審査の審査会場(写真:日本スポーツ振興センター)

2012年11月7日に開かれた二次審査の審査会場(写真:日本スポーツ振興センター)

二次審査では、各審査委員が1位から3位まで順位付けをし、各作品についてコメントした。外国人審査委員2人(リチャード・ロジャース氏、ノーマン・フォスター氏)については、事務局が設計事務所に11作品のパネルを持参し、1位から3位までの順位付けとコメントをもらったという。

二次審査の観点は以下の5点。(1)未来を示すデザイン、(2)スポーツ・イベントの際の実現性、(3)技術的チャレンジ、(4)実現性、(5)その他、評価すべきポイント――だった。

二次審査では、事務局が敷地の使い方などについて応募者に確認が取れた旨が報告された。続けて、各審査委員がそれぞれ順位付けと意見を発表した。各審査委員による評価で1位評価の多かった上位3点を入賞作品とすることが決まった。コックス・アーキテクチャー、ザハ・ハディド・アーキテクツ、SANAA+日建設計である。

3案のうち突出した評価を得た作品はなく、順位付けはそれぞれの作品について意見交換したうえで再投票することにした。再投票の結果に際しても外国人審査委員の結果を考慮することにした。

審議では、敷地の使い方や構造、音響、可動席、芝生の育成、デザインの普遍性や実現性などが幅広く議論された。安藤委員長は次のように語ったという。「技術的な問題と機能的な問題に加えて、高さの問題、景観の問題もしっかりと考えなければならない。どの案としても、提案者と相当の議論が必要である」

議論を受けて再投票を実施。各審査委員が3作品について順位付けと意見を発表した。3作品全体に対する意見では、「明治神宮の歴史を見ると、内苑は伝統様式でつくる。一方、外苑はヨーロッパ的な、外から来たものを積極的に取り入れている。ある種の異物、近未来的なものがあってもおかしくないという観点で評価した」、「一番重要なのは、競技者の気持ちが集中できるか、観客が集中して見られるかが重要である」といった声が上がった。

■ザハ案に対する評価

3案を審査委員はどう評価したのか。報告書では、発言者名を伏せた形で各案へのコメントが記されている。

ザハ・ハディド・アーキテクツの提案内容(資料:日本スポーツ振興センター)

ザハ・ハディド・アーキテクツの提案内容(資料:日本スポーツ振興センター)

ザハ案には次のような意見が寄せられた。

・デザインの斬新さ、未来志向、世界に対する情報発信、日本の実力を見せる技術的部分から見ても抜きん出ている。

・強烈でユニークなデザインであり、オリンピックスタジアムにふさわしい。プロムナードが祝祭の雰囲気をもたらす。

・技術的に解決あるいは調整しなければならない箇所はあるが、チャレンジするに値する造形で、オリンピックに必要なインパクトがある。

・メッセージ性と日本の技術、チャレンジ精神を世界に発信できる。芝生の問題、高さの問題もある。

・日本の現状から見て、少しチャレンジブルなものがあってもおかしくない。技術的には可能だろうが、コストがかかることが懸念される。

・エレベーテッドパス(2・3階)に上がるエントランスの修正が条件となる。加えて、施設面の提案も不十分で補強が必要である。

・ダイナミックで面白いが、内部空間の性格と外形がつながらない。天井面が強烈で、競技者にとってどうか懸念される。

・線路を越える部分を変更すると、デザインイメージが大きく替わってしまうことが懸念される。下部構造について提案がなく、今後検討すべきことが多い。

■コックス案に対する評価

国際デザイン・コンクールで優秀賞となったコックス・アーキテクチャーの外観パース(資料:日本スポーツ振興センター)

国際デザイン・コンクールで優秀賞となったコックス・アーキテクチャーの外観パース(資料:日本スポーツ振興センター)

コックス案には次のような意見があった。

・最も完成度が高く、変更が生じてもコンセプトが大きく崩れない提案である。オリジナリティという面については、もう少し工夫が必要である。

・ナショナルスタジアムとしての品格と、イベントを行うフレキシビリティがある。完成度が高く、技術的にもギャランティーできる。

・スケルトンな雰囲気で、ランドマーク的建物になる。フィールドが昇降型になっているなど、使い勝手やデザインを含めて臨場感あるスタジアムが実現できる。

・ジオデシックな構造イメージで、美しい形である。

・オリジナリティにはかけるが、シンプルで建設しやすい。周辺環境を含めた提案にはなっていない。構造は合理的でないように見えるが、実現可能性は高い。

・まとまっているが、神宮外苑にこの形が置かれるのがよいか疑問が残る。

・モニュメント性に欠ける。

コックス・アーキテクチャーの提案内容(資料:日本スポーツ振興センター)

コックス・アーキテクチャーの提案内容(資料:日本スポーツ振興センター)

■SANAA+日建設計案に対する評価

国際デザイン・コンクールで入選したSANAA+日建設計の外観パース(資料:日本スポーツ振興センター)

国際デザイン・コンクールで入選したSANAA+日建設計の外観パース(資料:日本スポーツ振興センター)

SANAA+日建設計案に対する意見は次のようなものだった。

・競技やイベントに対する求心性が確保されており、外観も存在感がある。音響処理上も優れている。

・よく調査されており、周辺環境とも調和している。開口部や芝生などイベントとスポーツの両立を最もよく工夫している。

・都市との一体感が感じられる。

・自然との親和性に近いイメージで、成熟国家の競技場として共感できる。細かい部分が不明で、もう少し具体の提案が欲しかった。本当に実現可能か懸念が残る。

・うねるようなカーブでまとめていて、現代的な表現である。ひだとひだの間の処理ができるかどうか懸念される。

・アイディアは良いが、3次曲面の処理の仕方が不明で、メンテナンス等の課題をクリアできるか懸念される。

・波型の屋根のコントロールや管理が難しいことが懸念される。

SANAA+日建設計の提案内容(資料:日本スポーツ振興センター)

SANAA+日建設計の提案内容(資料:日本スポーツ振興センター)

■最後の決め手は「世界に発信する力」

結局、再投票でも評価は分かれた。そこで、「日本が世界に発信する力」という観点から再び議論。その結果、実現性を含め、強いメッセージ性と日本の技術を世界に示すことのできる最も優れた作品として、最優秀賞にザハ・ハディド・アーキテクツを選定。委員会の総意として、優秀賞にコックス・アーキテクチャー、入選作品にSANAA+日建設計を決定した。外国人審査委員2人には、安藤委員長から国際電話で選定過程と結果を報告し、了承を得た。

2012年11月、審査結果を講評する安藤忠雄氏。国際デザイン・コンクールで審査委員長を務めた(写真:日経アーキテクチュア)

2012年11月、審査結果を講評する安藤忠雄氏。国際デザイン・コンクールで審査委員長を務めた(写真:日経アーキテクチュア)

安藤委員長は、ザハ案について課題があることを認めつつ、次のように期待感を示した。

「日本の閉塞的な状況を打ち破る意味でも、(ラグビーの)ワールドカップやオリンピック、そして壮大なスケールのエンターテイメントができることを期待している」、「最優秀案は相当な技術力が必要である。これが日本でできるとなれば、世界へのインパクトがある。材料、工法、構造技術、設備技術について、日本の優秀さを世界にアピールできて、世界中の人たちから注目を集めることができたら素晴らしい」

■国立競技場でファイナルイベント

2014年7月に迫った現国立競技場の解体を前に、JSCは5月28日に開いた有識者会議の会合で基本設計案を公表した。5月31日には現国立競技場でファイナルイベントを開催した。

JSC広報室は日経アーキテクチュアの取材に対し、報告書をこのタイミングで公表したことについて、「鋭意作成していたが、このたび完成したので改めて報告させていただいた」と説明した。JSCは今後、基本設計を説明する場を設ける方針だが、「現時点では内容や時期、対象者は未定」(同広報室)だ。

新国立競技場の建設計画をめぐっては、建築界や市民団体から批判が相次いでいる。5月12日には、建築家の伊東豊雄氏が建て替え計画に異を唱え、現国立競技場の改修案を発表。日本建築家協会(JIA)は5月23日、情報公開が不十分だとして、現国立競技場の解体工事の延期を求める要望書をJSCなどに提出している。

5月28日の有識者会議では、複数の委員が情報公開の問題を指摘した。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員長を務める森喜朗元首相は「お金の問題もあるし、設計の関係者からは周辺環境とデザインの調和に違和感があるとの声も聞かれる。早急に説明しないといけない」と語った。

国際デザイン・コンクールの審査委員長を務めた安藤氏は、基本設計案について「高さを70mに抑えた点については、バランスがいい」と評価する一方、建築界から上がる異論について触れ「問題を受け止めた側として、もっとしっかり発言していく必要がある」と、JSCに説明責任を果たすよう求めた。

新国立競技場の実現に向けては課題が山積している。基本設計は当初、2014年3月までに終える予定だったが、結果の公表が2カ月遅れた。工事費はいまなお不透明だ。国際デザイン・コンクール時に懸念されていた課題も解決できたとは言いがたく、今後も曲折が予想される。

安藤氏は会合で「スケジュールが厳しいなかで、現実につくり上げていくのは難しい。世界最高水準の日本の技術力があれば何とかなるという気がするが、もう少しスケジュールを管理した方がよい」と語った。プロジェクトに対する様々な懸念を払拭しつつ、いかに遅れを取り戻していくか。難作業が今後、待ち受けている。

(日経アーキテクチュア 佐々木大輔)

[ケンプラッツ2014年6月4日付の記事を基に再構成]


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