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無関心ではいられない スコットランド独立投票
エピキュール代表 青木健太郎

2014/6/14 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

スコットランドが9月18日、英国からの独立の是非に関する住民投票を実施する。日本での注目度は低いが、この住民投票の結果は英国はもちろん、欧州全域や世界に大きなインパクトを与える可能性がある。

日本にとって昔からなじみ深い英国だが、国のかたちは分かりにくい。外務省のホームページを見ても「英国」と記載されており、「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」と注釈が付いている。日本語では「連合王国」、英語では「United Kingdom」とするのが一般的だ。

連合王国とはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つの国の連合体だ。企業でいえば連合体という「持ち株会社」の下にイングランドをはじめとする4つの子会社がぶら下がっているようなものだ。

こう書いてしまうと4つの国はどれも同じようなもので、平等であるかのような印象を与えそうだ。しかし歴史を振り返れば人口や経済力、武力で勝るイングランドが周辺の3国を徐々に合併・吸収し、「イングランドが支配する連合王国という箱」に詰め込んだというのが実情だろう。

イングランドは以下の3つのステップで連合王国をつくりあげた。

(1)1289年、ウェールズ地方に州制度を敷き、1536年に正式統合
(2)1603年、スコットランドとの間に同君同盟を形成。1707年スコットランド合併法により、グレートブリテン王国に
(3)1801年、アイルランド合併法により現在の「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」が成立

イングランドは得意技の外交戦略を駆使して国土を拡大したともいえるが、冷静沈着でフェアな話し合いで解決したわけではない。時には武力を行使し、力ずくで支配下においた面は否めない。このような歴史をイングランドに併合された3つの国は忘れていない。

例えばアイルランド。現在のアイルランド共和国にあたるアイルランド自由国は1922年に独立した。その際アイルランド北部6州(北アイルランド)は連合王国にとどまったものの、ひと昔前まで武装集団アイルランド共和軍(IRA)による爆弾テロがロンドンで頻発していたことは記憶に新しい。

そして今、スコットランドが立ち上がり始めた。グレートブリテン島の北部3分の1を占める連合王国の大国スコットランドは、決して侮れない強力な国家だ。歴史や文化、経済の厚みもイングランドと遜色なく、多くの著名人も輩出している。例えば経済学者アダム・スミスや「シャーロック・ホームズ」の生みの親コナン・ドイル。俳優のショーン・コネリー、英元首相のトニー・ブレアもスコットランドがルーツだ。

第2次大戦後、英国が世界の覇権国家の座から滑り落ち衰退の道をたどり始めてからスコットランドの独立機運は高まった。世界を制覇する大英帝国の枠組みの中で繁栄するうまみが薄れたともいえ、下品な言い方をすれば「カネの切れ目が縁の切れ目」にもなった。

連合王国に併合されて以来、スコットランドは「民族自決」を目指して水面下で黙々と準備を重ねてきた。イングランドもスコットランドのガス抜きのため段階的に譲歩し、権限委譲してきた。スコットランドは100年を超える激しい駆け引き交渉を経て、1997年のブレア政権で自治議会設置を要求。1999年にスコットランド議会が復活した。議会の多数派を占める政権与党はスコットランド民族党であり、保守党や労働党を圧倒している。

スコットランドにとって議会復活は大きな転機だった。私は当時ロンドンにいたが、ブレア政権は「連合王国のフレームを堅持するうえで、スコットランドの自治願望を満たすことが目的だ」と説明。私の周囲のイングランド人もほとんど関心を示さなかった。だが議会の再生と運営を通じ、相当数のスコットランド人は自らのプライドを取り戻し、独立への自信を得たように感じる。

経済的な背景としては、1960年代に北海油田が発見されたことも大きかった。欧州随一の埋蔵量とされる石油・ガス資源を開発するため、スコットランドは先端的な技術も備えてきた。

私は以前、知り合いのスコットランド人に「独立しても人口500万人レベルの小国になりはてる。経済的合理性に欠けるのでは」と聞いてみたことがある。すると返ってきた答えはこうだった。「ノルウェーも小国だが、北海油田を持ったことで経済運営にも成功し、豊かでユニークな国家になった。ノルウェー人にできることが我々にできないはずがない」。連合王国が北海油田の権益をそう簡単にスコットランドに譲り渡すはずはないが、一理ある意見だと感じた。

イングランドでは住民投票の行方をどうみているのか。最近ロンドンで会った識者たちに「どうせ独立反対派が圧勝するだろう」と水を向けてみると、予想に反して眉間にしわを寄せ、強い危惧を示す反応が目立ったのが印象的だった。

ある著名エコノミストは「おそらく反対派が勝つと思うが、確信が持てない」と話す。中高年が保守的で若者が革新的なのが世の常だが、今のスコットランドでは中高年層が分離独立を熱心にうたい、若者が反対しているという。「反対派が勝ったとしても、僅差の勝利なら連合王国はスコットランドへの大幅な権限委譲を迫られるだろう」

さらに「まさか、まさかの話だが、分離独立派が過半数の票を集めれば、短期的ながら連合王国はパニックに陥る」と指摘。英政府は独立派勝利を前提とした準備をほとんどしていないからだ。「スコットランドの独立は経済的大混乱や通貨問題に発展し、ひいては外交政策、軍事問題にも及ぶ」とため息をついていた。

ある地政学者は「スコットランド分離独立が可決されれば、北アイルランドとウェールズにも飛び火するだろう」と話す。それどころか、例えばスペインのバスク地方など連合王国以外の地域が立ち上がる可能性もあるとみる。「欧州の歴史は古いが、現在の国境線が確定されたのは最近の話。民族国家間の国境構造はいまだ脆弱だ」との分析だ。

第2次大戦後、欧州は統合へと着々と歩を進めてきた。最近は求心力より遠心力の方が強くなっているのが心配だ。スコットランドの分離独立が欧州の軸を随所で壊してしまう可能性も否定できない。日本にとっても、欧州のこれ以上の混乱は大きな打撃になるだろう。こうした危機意識を持って投票結果を注視すべきだろう。

青木健太郎(あおき・けんたろう) 1980年一橋大学商学部卒。新日本製鉄、山一証券英現地法人投資銀行部門長、JT英ロンドン社長などを経て、2005年に投資・M&Aファンドのエピキュール・グループ設立。代表に就任。ロンドン在住歴18年。山梨県出身。

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