日本経済新聞社

記事利用について
印刷 印刷

「満月」で金運アップやワインの会… 人を結びつける月の光

2012/12/28 6:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

今、なぜか「満月」がブームだという。月に1度の天体現象に合わせて金運上昇を祈ったり、自然派ワインを楽しんだり。様々なイベントを開く動きが目立っている。人々は満月にどんな思いを寄せているのか。きょう2012年12月28日はまさに満月の夜。その輝きを見つめながら、考えてみよう。

■満月に向かって財布をフリフリ

満月に向かって財布を振りかざす「フリフリーゼの会」(11月28日、東京都渋谷区の「THE THEATRE TABLE」)

満月に向かって財布を振りかざす「フリフリーゼの会」(11月28日、東京都渋谷区の「THE THEATRE TABLE」)

「満月ーーっ、ありがとう! 満月ーーっ、ありがとう! 満月ーーっ、ありがとう!」

11月28日の夜、東京都渋谷区の高層ビル11階にあるレストランのテラス。雲間から現れた満月に向かい、男女12人のグループが大声で叫んだ。それぞれの手には財布が握られ、月の光のパワーを取り込まんとするがごとく、天空に突き出す。

このグループは「満月お財布フリフリーゼ」の会。毎月満月の夜に集まり、月に向かって財布を振り、金運アップを願うという人たちだ。

タロット教室の講師などをしているみさきのゑさん(42)が会を始めたのは2009年2月。きっかけは、知り合いの通販会社の女性社長から、通販商品として作った金色の財布の販促アイデアを尋ねられたこと。何かの雑誌で、満月の日に財布を振ると金運が上がると書いてあった。

交流サイト(SNS)に、財布を振ったらどんな金運が舞い込んだか報告する「満月の力で臨時収入を得る会」というコミュニティーがあることも知っていた。当時2万人が登録していた。

■40人が集まり絶叫したことも

それなら、と友人ら5人で女性社長の家に集まり、軽いノリで財布を振ってみた。「シロガネーゼ」をもじって「フリフリーゼ」と命名。ブログも作り、4月に女性約20人が集まるパーティーを開催。翌月には神奈川・鎌倉の銭洗弁天で、ブログを見てやってきた人も含めてお財布を振った。だんだん人が増え、同年夏に六本木ヒルズで開催したときには約40人が月に向かって絶叫した。

「フリフリ」の作法はこうだ。財布から領収書やクレジットカード、キャッシュカードなど、「消費」をイメージさせるものはすべて取り出す。現金は入れたままにして、満月に向かって財布を振りながら、感謝の言葉を3回叫ぶ。

ジュエリーアーティストのうららはるかさんは、2年前から顔を出す。会社勤めだったが、自分のデザインするパワーストーンの人気が出て独立できたり、あこがれだった銀座での展示会が開けたりと、金運が上がってきたことを実感している。

ただし、それが満月のおかげというわけではないという。「この会には前向きな人が多く、そうした人と交流することで仕事に積極的になり、願いごとがかなっているのだと思う」と分析する。みさきさんによれば、当初、会に参加するだけで金運が上がると思い込んでいる人たちが来た。が、そういう人は次第に足が向かなくなる。

■酒や食事楽しむ満月イベント各地に

「満月ウイスキーBAR」は、多くの人で賑わう(東京都港区のオービカ・モッツァレラバー)

「満月ウイスキーBAR」は、多くの人で賑わう(東京都港区のオービカ・モッツァレラバー)

満月の夜のイベントは全国各地に広がっている。最も多いのは、お酒や食事、そして集まる人との交流を楽しむ会合だ。

フリフリーゼの会と同じ時刻、東京・港区の六本木ヒルズのレストランは親子や夫婦、カップルなど様々な世代の男女でにぎわっていた。東京メトロで配られるフリーペーパー「メトロミニッツ」が企画した「満月酒場」だ。

昨年9月に始まり、14回目となる今回は「満月ウイスキーBAR」と銘打ち、著名バイオリニストの生演奏、ウイスキーとイタリア直送のチーズなどを用意。約180人の参加者が料理やお酒を片手にバイオリンの調べに酔いしれた。

毎回応募者が多く、抽選になる。横浜市の会社員、小杉文夫さん(51)は夫婦そろって今回が初参加。「満月は特別な夜を感じさせてくれる。また参加したい」と笑顔を見せる。

娘と2人でやってきた三鷹市の主婦、苗村江利子さん(55)は「前から気になっていたイベント。私の誕生日祝いを兼ねて娘が連れてきてくれた」という。「娘と外食する機会は多いが、満月をテーマにした食事は初めて。想像以上によかった」

■深夜0時過ぎの催しに1000人が参加

「満月ウイスキーBAR」では、バイオリンの生演奏も(東京都港区のオービカ・モッツァレラバー)

「満月ウイスキーBAR」では、バイオリンの生演奏も(東京都港区のオービカ・モッツァレラバー)

メトロミニッツ編集長の渡辺弘貴さん(41)が「満月酒場」を考えた理由は東日本大震災。自粛ムードの中、多くの飲食店がつぶれ、街から人々が消えた。「でも、みんな人との出会いを求めていた。そういう人たちの社交場をつくりたい」

そう考えたとき、引き出しの奥から18年ほど前の企画書が出てきた。「満月にスマイルマークを投影できたら世界は変わる」というもの。どこからでも見られる月が笑顔になれば、世の中の争いごとがなくなるのではないか。

若いころの突拍子もないアイデアが震災後の世相と結びつき、「満月酒場」となる。口コミで人気が広がり、今年8月、渋谷「ヒカリエ」7階の飲食店街を借り切って開いた時には、午前0~4時の開催にもかかわらず、1000人が詰めかけた。

参加者は20~30代が多い。「誰かとつながりたいと考えている人が来ているのでしょう。つながれるリアルなものを求めていて、それが満月。月に1度の満月って、いいタイミングなんです」と渡辺さん。

メトロミニッツは満月の日の心得も提案する。(1)大切な人たちと余暇時間を心豊かに過ごす(2)怒らず、争わず、許し合う(3)万物の営みに感謝する――の3つだ。「全国で同時多発的にやってくれれば、世界が平和になるかもしれない」(渡辺さん)

■鎌倉の「満月ワインバー」がきっかけ

満月の夜に開く酒場は、公園に屋台が出る岡山市の「満月BAR」、大阪市西区のイベント「満月の日の一丁目BARフェスタ」など、各地に生まれている。ただ多くの関係者が嚆矢(こうし)として一目置くのが、鎌倉の小さな総菜屋が始めた「満月ワインバー」。満月の夜に自然派ワインと総菜を出す店だ。

満月の夜に開かれる「満月ワインバー」でワインを楽しむ人々(12月27日、神奈川県鎌倉市のbinot)

満月の夜に開かれる「満月ワインバー」でワインを楽しむ人々(12月27日、神奈川県鎌倉市のbinot)

同店のシェフ、阿部剛さん(40)がテークアウト専門の「鎌倉惣菜」(当時、現在はレストランbinot)を開店したのが09年3月。5坪ほどの店はもともと、鎌倉の文士が集う文壇バー「龍膽(りんどう)」だった。川端康成や大仏次郎が座ったカウンターがそのまま残り、懐かしさに年配のお客さんがのぞきに来ることもしばしば。

そんな客の一人で80代の書家が「昔みたいにカウンターで飲めたらいいのに。毎日じゃなくてもいいんだ。例えば満月のときとか」とポツリ。阿部さんは、友人でソムリエの石井英史さん(40)から耳にした、自然派ワインの製法を思い出した。

■自然派ワインと太陰暦の関係

欧米のワインには、月の満ち欠けに合わせて剪定(せんてい)などの作業を進めるものがある。それで「おいしい」「まずい」が決まるわけではないが、いい部分も悪い部分も味に強く出る自然派ワインができるという。

日本の農家でも月の暦である太陰暦に従って段取りを決めるところは多い。農業に興味があった阿部さんの頭の中で「点と点がつながり」、「満月ワインバー」が09年6月から始まった。満月の日と前日の2日間の開催。人気が伝わり、昨年8月はお盆と重なったこともあって路地にあふれるほど客が訪れ、150本のワインが空になった。

石井さんたちにとってうれしいことに、東日本大震災を機に同じような志の「満月ワインバー」が各地に広がっている。最初は仙台。被災地支援を考えていたとき、ワインの輸入業者から仙台の若いバー経営者を紹介され、意気投合。11年5月にスタートした。その後、盛岡、山形、博多、松本と増え、この10月からは甲府、名古屋、熊本にもできた。

「自然派ワインの良さを伝える情熱のある人たちとつながれて良かった」(阿部さん)。11月からは、満月の夜10時に全国の満月ワインバーで一斉に乾杯をすることにした。「被災地・仙台とつながったことを思い出すために」(石井さん)。その仙台の仲間がデザインした前掛けには「Natural Wines Help Japan(自然派ワインが日本を救う)」とある。

■かまぼこに「満月の力」取り入れるメーカーも

欧米の醸造家と同様に、日本にも満月の力を大まじめに製造方法に取り入れている食品メーカーがあった。1865年創業の老舗かまぼこメーカー、小田原鈴廣(神奈川県小田原市)。月1回、満月の翌日に販売するかまぼこ「まんげつ」だ。

満月の力を取り入れた鈴廣のかまぼこ「まんげつ」

満月の力を取り入れた鈴廣のかまぼこ「まんげつ」

発売は1996年5月。鈴木博晶社長(58)の思い入れから生まれた製品だ。同社は水にこだわり、箱根・富士・丹沢山系の地下水を使っている。満月の光を浴びた水で緑茶やコーヒーを作ってみたら、味がとてもまろやかになったという。

かまぼこは「濃い、しっかりした味わい。魚臭くなく、やさしみのある味」(広報担当の小川典江課長)に。「自然のリズムに従って暮らすのがいい」というメッセージを伝えたいと考える鈴木社長の判断で、月一回の限定商品として販売することになった。

満月の夜、午後10時から真夜中まで、90リットル入りの水のタンク3つを工場の外に出して、月の光を浴びさせる。翌朝6時から、その水を使って職人が一個一個手作りで仕立て、午後3時から限定60本で売る。知る人ぞ知る商品で、即日完売になるという。

■「満月は誰にでも見られる最高のアイコン」

パッケージにも満月が描かれている

パッケージにも満月が描かれている

なぜ「満月」がにわかに人気になっているのか。フリフリーゼの会のみさきさんは「人間の生活はもともと太陰暦の流れにのって回っていたから、それを知りたいと人々が思っているのかもしれない」とみる。「稲刈りは満月の日がいい」「新月に切った杉は腐らない」という言い伝えがあるなど、古来の人の営みは月の周期に根ざしていた。

メトロミニッツの渡辺さんは「満月は最高のアイコン(物事を簡単な絵柄で記号化したもの)で、誰でも見られるから」と説明する。震災後の節電で暗くなった街で、月の光の明るさを初めて知り、興味を持った人が増えたのかもしれない。

欧米で満月は「人の心を乱す」不吉なものととらえられがちだ。満月の夜に変身するオオカミ男の伝承も、ここから来ている。現代ニッポンでは、満月をきっかけに人々が集い、つながり、その力を信じる。そんな人々のことを知ってか知らずか、月の光はきょうもすべての人に降り注ぐ。(生活情報部 摂待卓、高田倫志)


本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。