日本経済新聞社

記事利用について
印刷 印刷

高金利通貨はずっと上昇する? 外貨投資の誤解(1)
編集委員 田村正之

2010/5/24 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 「日本円のように金利の低い通貨で運用していても資産は増えません。金利の高い外貨建て資産に投資しておくことが大事です。高金利通貨は人気が集まって通貨価値が上昇しがちなので、金利差だけでなく為替差益も期待できるかもしれません」

 金融機関や投資セミナーなどでは、こうした趣旨の説明を受けることが多い。「なるほどな」とつい思ってしまう。しかし実は、長期で見れば過去、必ずしもそうなってはいないことも知っておきたい。外貨の方が金利が高くても、いずれ投資先通貨の為替が下落して(円高になって)しまい、金利差が吹き飛んでしまうことがおうおうにして起きている。

 まず、投資助言会社のイボットソン・アソシエイツ・ジャパンの山口勝業社長が作成したグラフA~Dを見てみよう。1985年から2009年の長期間、米国やオーストラリアの長期金利はほぼ一貫して日本よりはるかに高い状況が続いてきた(グラフA)。最近は米国は低金利政策を取っていて短期金利は日本と変わらないが、長期金利は引き続き日本より高い。その結果、グラフBでは、米国、豪州の国債に投資した場合の現地通貨ベースでの累積リターンが、日本の国債に投資するのに比べてはるかに上回っているのが分かる。


 こうしたグラフを見ると「やはり金利の高い外貨で運用しなくては」と思いたくなる。国内最大の投資信託「グローバル・ソブリン・オープン」をはじめ、多くの外債投信が人気なのはこうした金利差の魅力だろう。

 しかし、重要なのは為替レートだ。現地通貨ベースで、例えば当初の1万ドルが2万ドルに増えても、当初1ドル=200円だったのが1ドル=100円に円高になってしまえば、円に戻した価値は当初の1万ドル×200円の200万円から、2万ドル×100円の200万円となり、結局変わらない。

→次ページでは為替レートを考慮したリターンを検証

 実際はどうだったか。グラフCを見ると、米ドル、豪ドルともに長期的には円に対して下落している(つまり円高になっている)。その結果、グラフDで円ベースで資産が増えたかどうかを見ると、米国債は国内債に劣っている。豪ドル債も09年末までで見ると国内債を上回るが、03年くらいまででは五分五分だった。


 つまり「長期的には高金利の通貨で運用しても結果的に為替でやられることもあり、円ベースでみたリターンが高くなる保証はない」(イボットソンの山口社長)ことが分かる。

 こうした例は特定国に限らず広く見られる。グラフE(日本経済新聞社作成)で、海外債券指数として使ったのはシティグループ世界国債インデックス(除く日本)。これは日本を除く世界の主要国の国債の総合収益を示す指数(円ベース)だ。1980年以降で国内債券と外国債券の総合リターン(価格上昇分と利息収入の合計で計算)は、時期にもよるが、約30年間の期間全体ではほぼトントンになっている。

 こうした背景から「年金のような長期の機関投資家の場合、外国債券に投資しても金利差は為替下落で消えるという前提にたつ。このため、日本債券と外国債券の長期的な期待リターンは同じと考えることが基本」(格付投資情報センターの川村孝之投資評価本部フェロー)という。つまり「高金利だから外国債券は長期的にもうかる」という個人に多い考え方は、長期投資のプロである年金の場合、取っていないことが多いということだ。

 どちらが正しいのか簡単ではないが、同じ長期投資が想定されることが多い年金と個人との間に、かなり認識のギャップがあるという事実は知っておきたい。

→次ページは、「なぜ年金などは、高金利国の通貨が長期的に下落しやすいという前提に立つのか?」を解説

 それではどうして、年金などは高金利国の通貨は長期的に下落しやすいという前提に立つのだろう。

 それは「高金利の国はインフレ率が高いことが多い。インフレ率が高いということは、そのお金で買えるものが少なくなるということであり、通貨の価値が下がりがち」(国際通貨研究所の経済調査部長を経て、現在は龍谷大学教授の竹中正治氏)だったからだ。

 実際、1980年以降約30年間で計算してみると、日本と米国の長期金利差は平均で3%強あった。インフレ率の差の平均は3%弱だったので、金利差の多くはインフレ率の差で説明がつく。そしてこの30年間でドルが円に対して年率平均(複利計算)で3%強ずつ下落し、金利差は為替下落で失われてしまった。

 このように、長期的にはインフレ率の違いに基づいて為替が変動するという考え方を、「購買力平価説」という。ちょっと分かりづらいので、例をあげて考えてみよう。

 要するにこれは、為替相場は2つの国の通貨の購買力(モノを買える価値)が同じになるように決まるという考え方。例えば、同じ自動車が米国では1万ドル、日本では100万円で売られていたとすると「為替は1ドル=100円になるはずだ」と考える。

 仮に米国でインフレが続き、10年後にその自動車が2万ドルになったのに日本では100万円のままだったとする。2つの通貨のモノを買える価値が同じであるためには、為替は2万ドルと100万円が一致する水準、つまり1ドル=50円と円高になるはずだ。これが「インフレ率の高い国は通貨の価値が下がるので為替相場が下落しがち」という考え方だ。

 物価にも様々な指標がある。グラフFでは、ドル・円相場が、国際間での価格調整が起きやすい「輸出物価ベース」の購買力平価を円高の上限に、企業同士の取引価格で示す「企業物価ベース」の購買力平価を円安の下限に、長期的にジリジリと円高に向かっていることが分かる。

 円高と言われる現在も、この2つの間の真ん中ごろに入っているので、購買力平価のトレンドでみる限り、それほどおかしな水準ではないと考えることもできる。

 購買力平価を自分で計算するのは大変だが、グラフFは国際通貨研究所のサイト(http://www.iima.or.jp/research_gaibu.html)で誰でもすぐ見られるので便利だ。

→次ページでは長期間での為替相場と購買力平価について検証

 

購買力平価がさらに長期でも効いていたことを示す非常に興味深い資料を、国際的なアナリスト資格の認定団体である日本CFA協会名誉会長兼理事でもある岡本和久I・Oウエルス・アドバイザーズ代表が作成している(グラフG)。1913年の為替レートを基準にして日本の企業物価指数と米国の生産者物価指数を用いて作成したものだ。

 これを見ると非常に長期でも、実際の為替相場と購買力平価がおおむね一致し続けていたことに驚く。「戦後の円の1ドル=360円への切り下げも、おそらく両国間の物価変動なども考慮して決められたのはではないかと推察される」(岡本さん)。

 これまで購買力平価の考え方の大切さを紹介してきたが、もちろん金利差は金利差で非常に重要だ。

 短期的には、為替は金利差や経常収支などを背景に、どちらの資産で運用した方が有利かという予想に基づいて変動しがちで、これを“アセット・アプローチ説”という(ちなみに為替の世界で「短期」と言うのはかなり長く、数年規模までがイメージされる)。

 竹中教授も「目先、ドルの利上げなどが見えてきて日米金利差が拡大したりすると、一時的にはドル高が進むだろう」とみている。

 しかし「長期的にはインフレ率格差、つまり購買力平価で説明がつくことが多い。それなのに今は、長期の投資を考える場合でも『金利差に注目』などと解説される。短期と長期の話がごちゃごちゃに語られていることが問題」(竹中教授)なのかもしれない。

 例えば数カ月から数年くらいの投資を考えている人には、金利差の変化はとても大切。しかし老後資金などを目的に長期で外貨投資をする際には、購買力平価説を背景に、金利差は為替下落で消えてしまう可能性を頭に入れておくことが大切ということだ。

 では外貨投資は長期的に無意味なのだろうか。もちろんそんなことはなく、例えば「長期分散投資」のシリーズの5回目で紹介したように、日本株と値動きの異なる外貨資産を組み入れることは資産全体のブレ(リスク)を小さくする効果がある。

 投資する時点での為替水準次第では為替差益を狙えることもあるし、特に株式投資では、国内にない成長業種や銘柄を海外で幅広く探せることも大きな利点だ。こうした様々なメリットについてはこのシリーズでいずれ詳しく見ていく。

 さらに外貨投資の長期的な意味合いとして「日本が将来高齢化などで競争力が落ちていくと、日本の通貨に対する需要が減って為替が円安方向に動いていくリスクもあり得る」(東京大学の伊藤元重教授)。円安が進むと、それが輸入品の価格を押し上げてインフレ率を高め、通貨価値の下落でさらに円安に動くという現在(デフレに伴う円高)と逆の現象になるかも知れない。

 ただ必ずそうなるかどうかは分からない。決め打ちして、外貨資産の比率を非常に多くしておくのもそれはそれで危なそうだ。「どうなるか事前には分からないというのが分散投資の基本。外貨資産は自分のとれるリスクに応じてポートフォリオに一定の割合で入れておくというのが適切」(I・Oウエルスの岡本さん)なのかもしれない。


本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。