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長寿日本一・長野県のマカ不思議な仙人食

2014/1/13 6:30
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日本経済新聞 電子版

厚生労働省の2010年の調査で男女とも長寿日本一となった長野県。信州の食生活が、そのカギの一つであることは確かだろう。ただ、その食べ物で知られているのは「そば」「おやき」「野沢菜」くらいではないか。信州の食を探ると、地元の伝統的な食材をうまく活用して、あの手この手の工夫で食べようとしている姿に行き着く。そんな食べ物の数々を紹介しよう。

塩を使わない漬物

皆ですんきを食べ比べる(木曽町のすんきコンクール、13年12月)

皆ですんきを食べ比べる(木曽町のすんきコンクール、13年12月)

「乳酸菌たちの気まぐれオーケストラ」。渋い演技で知られる俳優の田中要次さんがそう形容する食べ物がある。木曽地方に伝わる「すんき漬け」だ。

田中さんは木曽町出身で、全国のバラエティー番組などに出演するごとに自称大使としてこの食べ物の魅力を訴えてきており、2009年に晴れて正式に「木曽町すんき大使」となった。

「すんき漬け」とは赤かぶの葉を乳酸菌で発酵させた漬物だ。その歴史は古く、元禄年間、芭蕉一門の連句の会で「木曽の酢茎(すぐき)に春も暮れつつ」(凡兆)との句が詠まれたほど。

最大の特徴は一切、塩を使わないことだ。すでにできあがった「すんき漬け」を種として、カブの葉と一緒に漬けてつくる。酸っぱくてそのままでは少々味が足りない印象を受けるが、みそ汁などに入れたり、そばと一緒に食べたりすると非常によく合う。地元のそば店では「すんきそば」としてメニューに載っているところもある。

一軒一軒で味が異なるのが、田中さんが「気まぐれオーケストラ」と呼ぶ由来だ。木曽町では各家庭で漬けるのが一般的。「すんきコンクール」が毎年開催され、最も優れた人は「すんき名人」と呼ばれる。13年には20回を迎えた。

最近注目されだしたのは無塩という特徴が大きい。厚生労働省の2010年国民健康・栄養調査の都道府県別データをみると、野菜摂取量と塩分摂取量の間には明らかな相関関係が見られる。これは全国的に野菜を漬物などとして食べることが多く、野菜を多く取ると、結果的に塩分を多く摂取してしまうからだ。

「すんき漬け」はできあがったすんき漬けとカブの葉を漬けてつくる

「すんき漬け」はできあがったすんき漬けとカブの葉を漬けてつくる

長野県は昔から野菜摂取量が多いが、同時に塩分の取りすぎにも悩んできた。今回の長野県の長寿日本一は、減塩運動により脳卒中の発症などを減らしたことが大きいとされる。「すんき漬け」はこの問題をクリアできる数少ない漬物なのだ。

長野県外ではイベントなどを除けば、ほとんど売っておらず、ネット通販などを活用する方法が一般的。ただ知名度が上がってきたため、木曽地方に来る観光客の購入は増えている。木曽町がまとめた町内の主要加工施設への聞き取り調査によると、2010年度に13.4トンだった生産量は12年度には17.2トンまで増えた。

残念ながら今シーズンは、カブの収穫時期と発酵に適した時期が合わず、品不足気味という。自然の微妙なバランスのうえに成り立っている伝統食なのだ。

減塩にも一役、エノキの調味料

えのき氷はJA中野市で生まれた

えのき氷はJA中野市で生まれた

数年前、全国のテレビ番組で紹介され、話題となった長野県発祥の調味料「えのき氷」をご存じだろうか。売り上げは「安定的に1~2割のペースで伸び続けている」(JA中野市)といい、長野県の新たなヒット商品に育ちつつある。

長野はエノキタケの生産量が2011年で8万9500トンと全国の6割のシェアを占める「きのこ王国」。その中でもJA中野市はエノキタケの出荷量が全国の農協でトップを誇る。

「えのき氷」はこのエノキタケをミキサーにかけ、煮込んでペースト状にし、凍らせたもの。発案したのはJA中野市の組合長で、みずからもエノキタケを生産してきた阿藤博文さんだ。07年ごろにエノキタケを煎じて飲むことを思いつき、「えのき氷」にたどり着いたという。JA中野市は09年に「えのき氷」を商標登録。レシピ本まで出ている。

エノキタケは、食物繊維に脂肪吸収を抑制する作用があるなど、ダイエットにも役立つ食材とされる。えのき氷は、ミキサーでの粉砕時に食物繊維の中にある細胞壁が破壊され、煮込むことによって細胞の中にある栄養分が溶け出すため、エノキを直接食べるよりも栄養分を吸収しやすくなるという。

減塩に役立つのも特徴だ。えのき氷をカレーやシチュー、みそ汁などに加えることで、味自体もコクが出るため、塩分を控えやすくなる。家庭でも作れるが、60分ほど煮詰めなくてはいけないのがネック。

冷凍食品メーカーの平林産業(長野市)が生産しており、長野県内ではすでに定着、セブンイレブンなどにも置かれている。首都圏ではスーパー「北野エース」などで扱っており、通販でも購入できる。

「寒天トマト」でサンドイッチ

長野県の諏訪地方は全国で唯一の「角寒天」の生産地だ。冬に生寒天を水田の干し場に並べる風景は同地域で冬の風物詩となっている。

13年12月、この角寒天を使った新製品「寒天トマト」のお披露目会が長野県茅野市で開かれた。寒天の製造業者が集まる長野県寒天水産加工業協同組合、諏訪東京理科大学、茅野市などが協力した産学官連携プロジェクトだ。

寒天を干す風景は諏訪地方の冬の風物詩

寒天を干す風景は諏訪地方の冬の風物詩

角寒天は寒天を棒状に固めたもので、テングサなどを使ってつくる。海もない諏訪地方で特産品になったのは、平均気温が低いのに雪が少ないので、寒天を凍結させやすいといった好条件が重なったためだ。

近年はオゴノリなどを使って工業的製法でつくる安価な粉末状の寒天が増えてきたため生産は減少傾向だが、「両者は似て非なるもの。工業的な寒天では、コレステロール低下効果が期待できるアガロペクチンなどが流出してしまう」と寒天水産加工業組合の小池隆夫組合長は特産品ならではの良さを強調する。

トマトそっくりに仕上げた「寒天トマト」

トマトそっくりに仕上げた「寒天トマト」

新商品「寒天トマト」はこの角寒天と濃縮トマトジュースなどを使って、本物のトマトのように球状に固めたもの。血糖値、コレステロールなどで改善効果が期待できる寒天を継続的に摂取しやすく工夫しており、本物のトマトのようにサラダ、サンドイッチなど幅広く使える。

「サンドイッチに使っても本物のトマトのように水分が流れ出すことがない」と同組合は使い勝手の良さを訴える。まず老人介護施設や給食などの消費を見込むほか、1個200円で通信販売も受け付けるという。

カブ、エノキタケ、寒天……。「海なし県」のせいか、食材に派手さはないが、時代とともに食生活が変わる中で、様々な知恵を絞って伝統食を維持しようとしている県民の姿が浮かび上がってきた。長野県の長寿はこうした工夫に支えられているようだ。

(松本支局長 長沼俊洋)


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