日本経済新聞社

記事利用について
印刷 印刷

インクジェット、広がる用途 衣類や食品、医療にも

2014/6/9 7:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

 液体をノズルから飛ばすインクジェット技術。これまでは紙に文字などを印刷する場合に使われることが多かったが、アパレルや食品の製造現場を変えようとしている。ノズルを搭載する先端部品(ヘッド)やインクの改良により、衣服に使う生地に直接柄や模様を描いたり、食品にカラーのイラストや写真を描いたりすることができるようになってきたからだ。医療分野での応用も進み始めた。

■製造工程、2カ月から3日に

捺染プリンターで印刷した布(セイコーエプソンの豊科事業所)

捺染プリンターで印刷した布(セイコーエプソンの豊科事業所)

 繊維製品を染色する捺染(なっせん)加工を営む工場が集積するイタリア北部のコモ地区。工場の中では、大型のインクジェットプリンターが24時間稼働し、高級シャツやネクタイを量産している。コモ地区では工場の2割程度が、染料と溶剤をまぜた糊(のり)や原版を使う伝統的な捺染から、インクジェットプリンターによる量産に移行しているとされる。

 長野県諏訪市に本社を置くセイコーエプソンがインクジェット技術をコモのメーカーに提供、同社が印刷機を製造した。従来の捺染方式と違い、版を製造したり、洗浄したりする必要がなく、直接模様などを描くことができるため、1.5~2カ月かかっていた製造工程を、3日~2週間程度まで短縮できる。ぎりぎりまでデザインをいじれるため、「工場の方にデザイナーが(インクジェット方式の導入を)要求することが多い」(インダストリアルソリューションズ事業部の有賀義晴課長)という。

最終調整中の捺染プリンター(セイコーエプソンの豊科事業所)

最終調整中の捺染プリンター(セイコーエプソンの豊科事業所)

 エプソンの装置が捺染に使えるのは、同社のインクジェット技術が多様なインクに対応できるからだ。インクジェットには加熱で作った気泡で液体を吐出する「サーマル方式」と、電圧をかけると変形するピエゾ素子にスポイトのような働きをさせて液体を吐出する「ピエゾ方式」があり、エプソンは後者を採用している。印刷画質での違いはないとされるが、ピエゾ方式は液体に熱を加えないためインクの自由度が高いのが特徴だ。

 そのため、技術供与した製品やエプソンが2013年に自社製造・販売を始めた捺染プリンター「シュアプレスFP―30160」は、絹や羊毛に向く酸性インクや、麻や綿に向く反応インクなど粘度が異なる様々な液体を飛ばすことができる。

 07年には半導体の微細加工技術を取り込んで開発した新型ヘッドを発表。インクを出すノズルの設置密度が従来機種の2倍で、小型になったうえ印刷の速度や精度も上がっている。同ヘッドを搭載したシュアプレスFP―30160は従来機種に比べて製品自体の体積が半分程度、大きさも3分の1程度だ。

■食べられる印刷

マスターマインドのフードプリンターで印刷したマシュマロ

マスターマインドのフードプリンターで印刷したマシュマロ

 エプソン以外にも長野県の中信地域にはインクジェット装置を独自で開発するメーカーが多い。特殊プリンターを製造・販売するマスターマインド(塩尻市、小沢啓祐社長)は食品に絵や写真を印刷できる「フードプリンター」を扱う食品業界で有名なメーカーだ。創業者である小沢千寿夫氏が地元の農家に「りんごに印刷できる?」と話を持ちかけられたのが開発のきっかけだ。そこで特殊な液で下塗りをして印刷をしたリンゴを持っていったところ「これ食べられないの?」と聞かれたので、「食べられる印刷」ができる装置の開発に乗り出したという。

 食品に色をつける「色粉」を液体に混ぜるだけだと、プリンターのヘッドに詰まりやすい。同社はインクメーカーと協力し、食物油の量や種類を工夫し、詰まりにくいインクを開発した。

 食品に模様を付けるには、焼きゴテを使って食品の表面を焦がしたり、可食インクを判子を押すように食品に載せる手法などを使うのが一般的。だが、専用の焼きゴテを作るのに3万~4万円かかったり、圧力で食品が割れてしまったりするのが難点だった。デジタルデータをもとに印刷するインクジェット方式なら、少量多品種にも対応できるほか、食品を変形させる心配もない。

 核となるプリントヘッドの部分は、大手のプリンターメーカーの製品を使っているが、食品をヘッドの下で搬送するベルトコンベヤーの制御技術は独自のものだ。

印刷速度を2倍程度に引き上げたフードプリンターの新製品

印刷速度を2倍程度に引き上げたフードプリンターの新製品

 同社は6月10日に始まる国際食品工業展「FOOMA JAPAN2014」でフードプリンターの新製品を発表する予定だ。食品を搬送するベルトコンベヤーの幅を2倍の60センチメートルにすることで、製造速度を2倍近くに高めた。大手菓子メーカーの工場にも営業をかける。ご当地ゆるキャラの流行でキャラクターをデザインしたお菓子の需要は増している。また「2020年には東京五輪の開催もある。需要は間違いなく伸びる」(営業部の芦田賀浩課長)という。

 研究所向けのインクジェット装置を開発・販売するマイクロジェット(塩尻市、山口修一社長)はこのほど、液体の吐出の仕方を自動調節できる新製品を開発した。

 装置に新材料を入れると電圧のかけ方や電流波形を変えて何度か試行的に吐出し、カメラで飛散の仕方などを捉える。装置にはいくつかの材料の飛散に関する基本データを盛り込んだソフトウエアがあらかじめ組み込まれており、このソフトが基本データを参照しながら、カメラが捉えた画像を吟味して吐出の最適条件を自動的に決める仕組みだ。

■研究開発向けでも脚光

 インクジェット装置は、一定量の液体を精密に出すことができるので、ナノ金属インクによる電子回路の作製やDNAやたんぱく質によるバイオチップの製作など、高価な液体を使う研究開発分野でも使われ始めている。吐出条件を自動調整できれば、材料のロスを抑制できる。

液体が流れるパイプだけ交換できる

液体が流れるパイプだけ交換できる

 同社は5月にはドイツの企業と連携し、液体の流路となるパイプを交換できるヘッドも発売した。薬剤を変えるなど実験内容を変えても、パイプを交換しながら使用を続けることができるため、部品全体を交換するのに比べて費用は3分の1以下で済むという。

 ものづくりのデジタル化は今後ますます進む。注目が集まる3Dプリンターが速度や精度の面でまだ「量産」に使える水準にないのに対し、インクジェット装置の一部はアナログなものづくりに比べて速度も精度も遜色がないレベルに来ている。製造業や研究所への普及が加速しそうだ。(松本支局 蓑輪星使)


本サービスに関する知的財産権その他一切の権利は、日本経済新聞社またはその情報提供者に帰属します。また、本サービスに掲載の記事・写真等の無断複製・転載を禁じます。