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ため息つくと「幸せが逃げる」? 実は体にいいんです
緊張ほぐし、自律神経のバランスを調整

2015/7/1 6:00
ニュースソース
日本経済新聞 電子版
日経Gooday(グッデイ) カラダにいいこと、毎日プラス
 聞きたかったけど、聞けなかった。知ってるようで、知らなかった。日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説する連載コラム。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の"からだ知恵録"をお届けしよう。

だれが言い出したのかは知らないが、「ため息をつくと幸せが逃げる」なんて言葉がある。確かに、ため息を吐く姿って、いかにも疲れた感じでつらそうだ。「はぁ~」と息が漏れる音を耳にするだけで気がめいってしまうこともある。

だから一般的には、ため息にマイナスのイメージを抱いている人が多いだろう。

だが、体の機能の面から見ると、ため息はとても役に立つものだという。「幸せが逃げる」どころか、むしろ「体にいいもの」なのだ。

「ため息は、バランスが崩れた自律神経の働きを回復させようとする、体の作用。いわば、機能回復のためのリカバリーショットといえます」。順天堂大学医学部教授で、自律神経の働きを研究する小林弘幸氏はこう話す。

■息を長く吐くと自律神経のバランスが整う

ため息がふと出るのは、心配事や悩みを抱えているとき。そんなときの体は、胸やお腹の筋肉が緊張して硬くなり、呼吸が浅くなっている。

すると、血液の中の酸素が不足気味になる。それを補うため、体は交感神経を働かせて血管を収縮させる。血圧を上げ、全身への酸素供給を維持しようとするわけだ。

「交感神経」は自律神経の一種。血圧や心拍数を高めて体を活性化する作用を持つ。一方、体をリラックスさせるのは「副交感神経」。両者はいわば、アクセルとブレーキの関係だ。

自律神経のバランスを保つのは、健康の基本だ。でも、心配事を抱えた人の自律神経は、どうしても交感神経優位に偏りがちなのである。

「ため息は、この偏りを解消します。息を『ふーっ』と長く吐くことで、浅くなった呼吸が深くなり、副交感神経がしっかりと働くのです」と小林氏は話す。

ため息が出る前と後の体の状態
ため息が出る前ため息が出た後
体の状態胸やお腹の筋肉が緊張し、呼吸が浅い呼吸が深くなり、緊張がほぐれる
血液の状態酸素が不足気味血管が収縮し、酸素の供給が増える
自律神経の状態交感神経が優位副交感神経もしっかり働く

■ストレスで優位になった交感神経は2時間は元に戻らない

自律神経は、呼吸や心拍、血流、内臓の働き、体温調節といった、体のさまざまな働きをコントロールしている。その多くは、私たちの意識が及ばないところで稼働するため、働きぶりは意外と実感しにくいが、「自律神経がなければ、私たちの体は1秒たりとも生きていけません」(小林氏)というほど重要なものだ。

通常の生活サイクルの中で、交感神経と副交感神経は、一方が強まると他方が収まるといった具合に、シーソーのようにバランスをとりながら働いている。たとえば1日の中で、日中は交感神経が優位になって活動的な状態をつくり、夜は副交感神経が優位になって心身ともにゆったりする。状況に応じて両者の間をスムーズに行き来するのが健全な状態といえる。

「しかし、ストレスが多い現代社会では、交感神経優位に偏ってしまう人が多いのです」(小林氏)

体はストレスを感じると、交感神経を強く働かせる。そしていったん優位になった交感神経は、放っておくと2時間は元に戻らないという。「夜遅くまで残業すると、横になってもなかなか寝付けないのは、交感神経の優位が尾を引くからです」と小林氏。

大事なのは、緊張と弛緩(しかん)の切り替え。ため息は、交感神経の優位が長期化する前にリセットをしてくれるわけだ。なかなか頼りになるヤツなのである。

■本当に疲れきったらため息も出ない

ところで小林氏によると、自律神経のトラブルには、交感神経が優位になる「アンバランス型」のほかに、「トータルパワー不足型」というタイプもあるという。

「交感神経と副交感神経の働きは、数値化して測ることができます。バランスよく両方とも高い数値になるのが理想で、交感神経だけが強いのはアンバランス型です。最近はこれ以外に、数値が両方とも落ちているタイプが目立ちます」(小林氏)

これは、言ってみればアクセルもブレーキも動かない状態。「体が疲れきって、自律神経の働きが全体的に低下しているのです。交感神経優位の状態からのリカバリー的な調節も、まともに機能しないでしょう」と小林氏。アンバランス型よりさらに深刻といえる。

そんな状況になると、ため息は?

「ため息をつきたいことに、自分で気づかないかもしれませんね」

うーん、そうなのか。それに比べたら、「つい、ため息が出てしまう」状態は、体がリカバリーをしようとしているわけで、まだ健全といえるのかも。

「そう、ため息が出ているうちはまだいいと思って、バランスの改善に取り組んでください」(小林氏)

■ため息が続いたら交友関係を見直す?

ため息は、リカバリーショット。崩れたバランスを立て直す作用はあるが、それはあくまでも対症療法だ。

「ため息に気付いたら、自分が何にため息をついたのかを考えるべきでしょう」と小林氏は言う。体は何かストレスを感知したから緊張し、ため息でそれをほぐそうとした。ならば、緊張の大元は何?と考えてみるわけだ。

つまり、ため息を通じて私たちは、自分が抱えるストレス源をあぶり出すことができる。そこで浮かぶ問題をどうするか。どうにかしなければ、いつまでもため息をつき続けることになるだろう。

「今の社会で、ため息をつきたくなる理由のほとんどは、対人関係の問題。もし同じ問題で連日10回もため息をついているようなら、交友関係を考え直してもいいのでは」(小林氏)

「ため息ぐらいで大げさな」と思うかもしれない。だが、「ストレスを我慢し続けて体を壊すのはバカげています」と小林氏は話す。

ため息はストレスのサイン。それをどう受け止めるかは、自分次第だ。そう考えると、「ため息をつくと幸せが逃げる」という冒頭の言葉は、「ため息をつくだけでは幸せになれない。問題の根本を直視しなさい」という意味にも取れる。

なるほど。ため息一つにも、意外と深い意味が隠れているようだ。

(北村 昌陽=科学・医療ジャーナリスト)

Profile
小林弘幸(こばやし ひろゆき)
順天堂大学医学部付属順天堂医院総合診療科・病院管理学教授
1960年埼玉県生まれ。順天堂大学医学部卒業。同大学大学院医学研究科修了。自律神経研究の第一人者として、ベストパフォーマンスを出すための方法論を研究・分析。アスリート、経営者、文化人などの健康指導に携わる。

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