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肥満症患者は2000万人、「国民薬」の開発急ぐ
塩野義、食欲と代謝調整 エーザイ、治験で6%減量

2014/9/8付
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

肥満症はこれまで病気として意識されることが少なかった。ただ、最近は糖尿病や高脂血症だけでなく、がんとの因果関係も指摘され、昨年は米国の医師会が肥満症は治療が必要な病気との見方を公表した。日本でも医療機関や企業が予防や治療に本腰を入れ始めた。肥満症の最前線をリポートする。

大阪・豊中の医薬研究センターでは新規抗肥満薬の開発が進む

大阪・豊中の医薬研究センターでは新規抗肥満薬の開発が進む

塩野義製薬の最先端技術を集める「シオノギ医薬研究センター(SPRC)」(大阪府豊中市)。ここで世界が注目する薬の研究開発が進む。食欲の抑制とエネルギー消費の促進という2つの効能を併せ持つ抗肥満薬の開発だ。現在のところ世界でこのタイプの薬を開発した製薬会社はどこにもない。

■3回目の挑戦

食欲と代謝を左右するのは「ニューロペプチドY」(NPY)と呼ばれる神経伝達物質だ。NPYは食欲を増進させるとともにエネルギー消費を阻害する。逆に言えばNPYの動きを制すれば肥満は止められる。塩野義はこのからくりに着目した。

主導するのは花崎浩二・医薬研究本部長らの研究チームだ。ではこのNPYの動きをどう止めるか。

花崎チームはNPYと結合するY5に照準を絞った。Y5はNPYの受容体で、NPYも脳内でこの受容体と結びつかないと働けない。花崎チームはY5がNPYと結びつくために持つポケットを塞ぐことで、NPYの動きを止める方法を発見した。

塩野義は1997年以降、NPYの特性を逆手にとって肥満症を治療する2つの薬を手掛けたが、有効性が低かったうえ、副作用の恐れがあったため中断した。今回は3回目の挑戦となるが、今年3月に国内で安全性を確かめる第一相の臨床試験(治験)をスタート、早ければ来年以降に肥満の抑制効果を実際に確かめる第2段階に進む計画だという。

この夏、エーザイが日本で抗肥満薬の開発を始めた。2010年に米アリーナ・ファーマシューティカルズが持つ抗肥満薬「ベルヴィーク」の独占商業化の権利を米国で取得し、日本でも昨年権利を得て今年7月に治験を始めた。

■脳に錯覚させる

ベルヴィークの特徴は脳に錯覚を起こさせること。実際は空腹だが脳には「おなかいっぱい」だと信じ込ませてしまう。

仕組みはこうだ。人は満腹になると神経伝達物質であるセロトニンを発生させる。このセロトニンがセロトニン2Cと呼ぶ受容体と結合し「食べた」と認識させる。

しかし、ベルヴィークは、このセロトニンの代わりにロルカセリンという化合物をセロトニン2Cと結合させ、食べなくても満腹だと思わせる。脳をだまして食欲を減退させるわけだ。

米国では既に昨年6月に発売済み。現地での治験では1年間で6%弱の減量効果が確認され、全体の2割程度の人が10%以上体重を減らした。製品化に成功すれば「顕在化していないマーケットを啓発したい」(エーザイで治験を担当する竹内豊グループ長)。

武田薬品工業も欧州の製薬会社から日本での開発と販売の権利を獲得した「オブリーン」の承認を受けた。脂肪を分解する酵素「リパーゼ」の働きを邪魔して脂肪の吸収を抑える。「体重減少の効果が少ない」などとして薬価が決まらないものの、いずれは発売にこぎ着けると見られている。

日本の製薬会社の薬がないからといって薬による肥満症治療が日本で全く行われてこなかったわけではない。海外の製薬会社の薬を使った治療例はわずかだがある。スイスのノバルティス(当時はサンド薬品)が92年に発売した食欲抑制作用のある「サノレックス」だ。

例えば医療法人社団翔久会「つばさクリニック」の塩尻泰宏院長はこの2年間で男性4~5人に保険適用でサノレックスを処方した。この薬で保険を使用できるのは「体格指数(BMI)」35以上などの高度肥満症患者に限られるが、全員が体重、BMIともに一定の改善が見られた。

昨年6月、米医師会が肥満症を疾患と見なす決議を採択した。日本でも肥満症は糖尿病はもちろん高脂血症やがんなどとも因果関係があることが指摘されている。

その一方で、日本の肥満人口は年々増加する傾向にある。厚生労働省の推計によると予備軍も含めると国内の肥満症患者の潜在数は2000万人にも達するという。

食事制限と適度な運動が太りすぎを抑える基本の処方箋だ。だが「肥満は病気」という意識の高まりとメーカーの技術の蓄積が相まって、薬の役割に期待する声は日増しに高まっている。

[日経産業新聞2014年9月8日付]


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