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兜町今昔 消費税政局が金利揺らす 「2年内再延期」という悪夢

2014/11/17付
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

衆院解散観測が高まった2014年11月半ば、債券市場が動揺した。新発10年物国債利回りは消費増税の再延期が取り沙汰された11日から反転上昇。13日には0.535%と9月22日以来の水準に上昇(債券価格は下落)した。久しぶりに政局で金利が動くのを見て「小沢ショック」を思い出した。

税分野で合意し、記者会見する(左から)自民党の町村信孝、民主党の藤井裕久、公明党の斉藤鉄夫の各氏(2012年6月15日、衆院第2議員会館)

税分野で合意し、記者会見する(左から)自民党の町村信孝、民主党の藤井裕久、公明党の斉藤鉄夫の各氏(2012年6月15日、衆院第2議員会館)

10年8月26日、消費増税法案に反対の立場を明確にしていた小沢一郎元民主党代表(現・生活の党代表)が民主党代表選に出馬表明した直後から新発10年物国債利回りは2週間ほどで0.285%上昇し、1.195%を付けた。上昇ピッチの速さに肝を冷やした市場参加者は、当時の金利急騰を1998年の「運用部ショック」になぞらえ、「小沢ショック」と名付けた。

債券市場は12年3月末にも消費税問題で動揺した。野田佳彦首相(当時)のもとで、政府は消費増税法案を閣議決定する。だが直前の民主党の会合は連日深夜まで、小沢氏に近い反対派の議員たちの「増税の前にやることがあるだろ」といった声で荒れた。閣議決定が危ぶまれるなか、政局不安は再び市場のテーマになり、長期金利は1%台に乗せた。

消費増税法の「名目3%、実質2%」との景気条項が設定されたのは当時の民主党内の対立がきっかけだ。そもそも景気条項とはリーマン・ショック級の経済危機にあった時のため、念のために用意しておこうという考え方にもとづいていた。09年1~3月期の実質国内総生産(GDP)成長率は前期比年率マイナス14%と戦後最大の減少幅だった。

民主党内の増税反対派は景気条項を逆手にとり、名目3%の成長率達成を増税の「条件」にするよう党執行部に繰り返し要求。党執行部は譲らずに「努力目標」にとどめた。12年3月末の消費増税法案の閣議決定に伴い、長期金利は再び1%を下回り、以降1%を上回ったことはない。

だが閣議決定のころに取材した石弘光・元政府税制調査会会長は「努力目標とはいえ、小沢氏に譲歩しすぎだ」として、高めの成長率の明記が禍根を残すことを危惧していた。12年6月、消費増税法案を巡る民主、自民、公明3党による修正協議では、自民は成長率目標を「将来の政権を縛る」として削除しようとしていたという報道があったが、結局残った。

きょう17日発表の14年7~9月期の実質成長率は年率1.6%減と、市場予想に反してマイナス成長となった。発表を受けて日経平均株価が急落、新発10年物国債の利回りは0.460%と前週末比0.020%低下した。ただ在庫調整の進展が押し下げた面もある。マイナス14%にまで悪化したリーマン・ショック級の危機ではない。そもそも、消費税率引き上げの予定時期は1年近く先の話だ。だが景気条項の「名目3%、実質2%」と比べてしまうと、明らかに見劣りする。景気条項を巡る石氏の懸念は、的中してしまうのかもしれない。

消費増税を巡る12年6月の自民、公明との3党合意時の苦労話を聞こうと、14年3月に野田前首相(前民主党代表)と会った。谷垣禎一自民党総裁との交渉は、決裂寸前まで緊迫していたことを知った。首相官邸にあるボードで長期金利を気にしていたという。「政府内でうかつな発言があると『ピン』と上がる」と言っていた。

野田前首相は、安倍首相が13年10月に8%への消費税率引き上げを決める前に二の足を踏んだ様子をみて、10%への引き上げはしないのではないかと心配していた。「政治家の常として『ネクスト・ジェネレーション(次の世代)』より『ネクスト・エレクション』(次の選挙)を考えがちだ」と語っていた。

消費税を巡る民主党の対立は11年暮れから激しくなっていた。野田前首相は当時、消費増税を掲げて衆院選に踏み切ろうとしたように見えた。坂根正弘コマツ会長(現相談役)が当時、野田前首相と官邸で会ったことを知り、12年の年明けの取材で官邸でのやりとりを聞いてみた。「首相はもう、分かっておられる」との答えだった。坂根氏は「この国のリーダーたらんとするなら『消費税ノー』の結果ぐらい考えないといけない。野党もそうだ。政治家の守るべき一線だ」と語った。

日本の世論調査で消費増税の是非を問えば、過半数を大きく上回る人が普通「反対」と回答する。だが消費税率を引き上げていかなくては、日本の財政はもたない。日本の国家運営を担おうとする政治家なら、消費税を国政選挙の争点にしてはならないということが、坂根氏の言う「守るべき一線」だと理解した。

日本政府には基礎的財政収支の対GDPを20年度までに黒字化するという国際公約がある。もともとは谷垣総裁が率いていた野党当時の自民党が、10年に参院に提出した「財政健全化責任法案」に盛り込んだ目標だった。菅直人政権が政府の公約にしてから、財政規律のよりどころとして引き継がれてきた。15年10月の再増税が延期されれば、黒字化目標は事実上、有名無実化する。

政府が消費再増税を17年4月に延期するという報道に、ほとんどの債券市場関係者が驚いたと思う。日本の一般会計の歳出と税収を折れ線グラフで描くと、パックリと開いた「ワニの口」のようだ。急速な高齢化で社会保障費が増え続けていて「口」は簡単に閉じそうもないのに、財政規律のよりどころが消える。長期金利の上昇が抑え込まれているのは、日銀が大量の国債を買っているからにほかならない。

「守るべき一線」という言葉を思い出してから、近未来を想像してみた。安倍晋三首相が消費税の再増税を17年4月に延期することを決めてから衆院を解散。自民・公明両党が勝つ。新しい財政健全化計画がすぐに作られ、与党の賛成多数で「改正消費増税法案」が可決、成立する。

マーケットは歓迎するかもしれない。海外のエコノミストが消費増税の再延期は脱デフレの「特効薬」と見るのも違和感はない。英国はまだ経済が不安定だった10年に財政健全化のための消費増税を決め、淡々と実行した。多くの海外投資家は、日本だって早晩、消費税率を粛々と引き上げると考えているのではないか。

だが日本では、大平正芳首相(当時)が消費税を掲げた後の79年の衆院選で自民党が惨敗してから、今まで多くの「消費税政局」を繰り返し、大量の議員が落選してきた独特の歴史がある。

15年より先は予想しにくいが、例えば今から2年後、17年4月の増税の半年前に衆院がまた解散される可能性があるのではないかと市場関係者が疑い始めるリスクはないか。3党合意を反古(ほご)にしてまで勝った与党が担ぐ首相なら、再増税の「再延期」が頭に浮かぶのではないか。16年夏の参院選時に国会情勢や景気動向によっては「再延期」を掲げて衆参ダブル選挙をしようと考えてもおかしくはない。景気条項の変更や削除で17年4月の再増税を確実にする案があると聞くが、首相が解散権を行使すれば何の役にも立たない。

まさか偶数年の衆院解散が延々と繰り返されるような事態にはならないとは思う。だが16年の参院選を経て、再び「ねじれ国会」になった場合など、与野党の合意形成は短期間でできるのだろうか。

今の日本はただでさえ、中央銀行が財政赤字を穴埋めする「財政ファイナンス」を懸念する声が出かねない状況だ。17日の為替市場で円相場は一時1ドル=117円06銭近辺と、2007年10月17日以来およそ7年1カ月ぶりの円安・ドル高水準を付けた。円売りには歯止めがかかりにくくなっている。「再増税先送り選挙」が実現してしまった時のリスクは、あまり過小評価しない方がいい気がする。〔日経QUICKニュース(NQN) 川田裕生〕


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