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残業なぜ減らない 業績との相関はなし

2014/12/3 6:30
ニュースソース
日本経済新聞 朝刊

 「今年も年末が近づき、残業続きで疲れています」。知り合いの営業マンの話を聞いて、探偵の深津明日香は首をかしげた。「日本は長時間労働が問題といわれるけど、解決しないのはなぜだろう」。明日香は早速、師走の街へ調査に乗り出した。

■「やる気」示す意識 過剰に

 明日香はまず、残業をする人がどれくらいいるのか総務省のデータを調べた。1週間の労働時間を見ると働く人の62%が法定外の残業をしていることが分かった。

 「残業代ももらえるし、仕事が好きでやっている人も多いのでは」。明日香が一橋大学准教授の臼井恵美子さんを訪ねると「経済学でいう完全競争のもとでは、労働者は労働と余暇の組み合わせを選ぶことができ、働きたい時間とそれに対する対価のマッチングが実現するはずですが、現実はそうなっていません」。

 米国の弁護士事務所の研究で、働き手の能力が観察できないなどの条件下では、雇う側には残業をいとわない人を雇うインセンティブが働くことが示されている。働く側も「長時間労働がやる気や忠誠心を示すシグナルになり、必要以上に残業をすることにつながります」と臼井さん。

 とりわけ転職しにくい市場では企業側の買い手独占状態になり、労働者が長時間労働から抜け出せない「市場の失敗」という問題も起こる。

■厳格な時間規制も必要

 明日香は「日本特有の要因はあるかな」。労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎さん(56)を訪ねると、「欧州連合(EU)では1日ごとに休息時間が規定されています。日本は組合と会社の間で労使協定がかわされていれば、無制限に時間外労働が許されます」。欧州の組合は産業別で組織されているのに対し、日本は企業別で、業績次第で強い主張ができない面もある。「日本企業はチームで作業をするので、早く帰ったり休んだりしにくいという性格もあるでしょう」と浜口さん。

 明日香が「自分だけ早く帰りづらいわね」とつぶやくと、早稲田大学教授の黒田祥子さんが解説した。「職場で同僚から受ける影響はピア効果と呼ばれます」。いわゆる付き合い残業につながる。「日本で長く残業をしていた人が労働時間が少ない国に転勤した場合、労働時間が減ったとの調査結果が出ています」

 「色々な要因が絡み合っている。どうしたらいいの?」。明日香が事務所に戻ると、所長が「先月は残業代が膨らんだ」と頭を抱えていた。

 「経営者にも残業代は負担だから、労働時間を減らしたいはず。でも残業代は支払われてるのかな」。明日香が労働政策研究・研修機構が11年に発表した分析を見ると、管理職を除く会社員は平均で月13.2時間、残業代が支払われない「サービス残業」をしていた。日本の残業代割増率は現在25%(月60時間以上は50%)。「残業代をちゃんと支払うように指導したり、残業の割増率を引き上げたりすれば労働時間が減るのでは」。明日香は再び街に出た。

 慶応義塾大学教授の鶴光太郎さん(54)に尋ねると、「企業にとって残業代は人員整理コストに比べれば大した負担ではないんですよ」。日本では仕事量が減ったときに社員を簡単に解雇しない代わりに、仕事量が増えたときも新たに雇うのではなく、1人当たりの労働時間を延ばして対応する。ただ若手が少ないなどで残業が常態化している職場も多い。「割増率を高めると労働者側に金銭的インセンティブが働いて、むしろ残業は増えてしまうかもしれません」と鶴さん。

 「働く側は残業をどう考えているのかな」。明日香がリクルート本社を訪ねると、同社のほか日産自動車、三井住友銀行など7社が営業職の女性活躍に向けた提言を行う「新世代エイジョ(営業女子)カレッジ」の最終発表中だった。キリンビールマーケティングの西夏子さん(29)ら「ワーマノミクス」チームは、営業職が1日12~13時間働いていることを指摘。ノー残業デーやフレックスタイムなどについて「実際に労働時間の削減につながっているかは、上司の姿勢次第」と分析した。

 「結婚・出産を経ても営業を続けられるかどうか、長労働時間が不安や離職につながっています」と西さん。同チームは、(1)マネジメント層の評価項目に売上達成率だけではなく労働時間削減率も入れる、(2)業績に結びつかない労働時間を洗い出す、(3)時間当たり生産性の高い社員を表彰するなど提言をまとめた。

 「政策面で改善できることはあるのかしら」。明日香は6月の成長戦略以降、議論されているホワイトカラー・エグゼンプションを調べた。「労働時間の長さと賃金のリンクを切り離す制度か。一方で残業が際限なく増えるのではという声もあるようね」

 明日香が再び浜口さんに聞くと「もともと法定時間内の労働に対する支払い方は自由です。残業代以外も時間にリンクしているのは慣行によるものです」。鶴さんも「政府の会議では労働時間の量的上限規制や休日・休暇取得に向けた強制的取り組みとセットで進めることを提案しています」と口を挟んだ。

 「強制的に社員を早く帰らせることが重要みたいです」。明日香が所長に報告すると「よし、今日はノー残業で飲みに行くぞ」。所長夫人の円子が「それも若い人には残業みたいなものね」とチクリ。

◇            ◇

■残業と業績に相関みられず

 残業が多いとどんな問題が起こるのか。慶応義塾大学の山本勲教授は「サービス残業を中心とする労働時間の長さが、メンタルヘルスに影響を及ぼす」と指摘する。

 勤務中に生産効率が低下するだけではなく、遅刻・早退や欠勤の増加、休職で勤務時間が減少することで企業にとって損失が膨らむ。残業が常態化した長時間労働の職場では、子育て中や親の介護が必要な社員が活躍できず、優秀な人材を失うことにもつながる。

 企業側には残業を減らすことで、業績が落ちるのではと懸念する向きもあるだろう。ただ、日経キャリアNETのデータを基にした分析では、労働時間と売上高利益率に相関はみられない。

 ソフト開発大手のSCSKでは11年の合併を機に当時の中井戸信英社長が「社員の健康を維持するために残業削減に取り組む」と宣言。残業時間削減を達成した部門にはボーナスを支給するなどの取り組みを実施した。

 08年に月35時間だった平均残業時間は20時間前後まで減少。結果的に売上高は落ちず、増益も達成し、若手の定着率も上がったという。

 リクルートワークス研究所の石原直子主任研究員は「長い時間働くと、集中力は切れて生産性が低下する。残業ばかりで職場に張り付いていると、それ以外の場所から刺激を得られず、創造性も落ちる」と指摘する。

(経済解説部 井上円佳)

[日本経済新聞朝刊2014年12月2日付]


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