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戦争俳句と俳人たち 樽見博著 時代との苦闘で輝く言葉の歴史

2014/3/5付
ニュースソース
日本経済新聞 朝刊

戦争の意識が高揚すればするだけ、ことに聖戦が強調されると、俳句も俳論もとてもつまらなくなった。これは戦争や聖戦に限らない。民主主義でも平和でも、あるいは三・一一、教育改革などでも同じ。考えが極端に一つになってしまうとき、私たちの言葉はとても貧しくなる。その逆に、考えが揺れ、何かに向かって苦闘しているとき、言葉は美しく輝く。以上がこの本の考え。大賛成だ。

(トランスビュー・3200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(トランスビュー・3200円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

壮行や深雪に犬のみ腰をおとし

中村草田男

火の奥に牡丹崩るるさまを見つ

加藤楸邨

樽見博の評論集『戦争俳句と俳人たち』にはたくさんの俳句が引用されているが、その中でも特に印象的なのが上の二句。

昭和十五年の草田男の句は、「この犬が何を考えていたかは、この句では分からない」。それだけに、この句は「深く面白く、考えさせられる」と樽見は言う。

楸邨の句は、その前書きによると、昭和二十年五月の東京空襲で自宅が罹災(りさい)したことを詠んだもの。だが、そういう事実を超えて、この句からは「焦熱地獄」を連想すると樽見は述べる。そして、「戦争がもたらす悲劇を象徴的に描き出している」とも。私などは、たとえば心がくじけそうになったとき、楸邨のこの句を思い出して自らを立て直してきた。

樽見の本は山口誓子、日野草城、草田男、楸邨を論じた第一部と、「戦前・戦中の俳句入門書を読む」の第二部からなる。どちらにおいても、資料に丹念に当たっているが、著者は「日本古書通信」を編集する大の本好き。その樽見の特性が、誓子の句集『激浪』、草田男の『来し方行方』、楸邨の『火の記憶』の成立をめぐる考察などに実によく出ている。印刷や製本、本の流通、検閲の過程などがありありと描かれており、この本を戦争をキーワードにした俳句史、表現史の傑作にしているのだ。

樽見は言う。戦争中、俳句雑誌に自分の句や戦地の父の句が出ていたりして、それが雑誌を読む人々に生きる喜びを与えた。それはとても「大切な点である」と。俳句に向ける著著のこのまなざしにも共感した。

(俳人 坪内稔典)

[日本経済新聞朝刊2014年3月2日付]

戦争俳句と俳人たち

著者:樽見 博
出版:トランスビュー
価格:3,360円(税込み)


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