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小空間で「実感する肉体」 ダンサー勅使川原三郎の挑戦

2013/9/30 6:30
ニュースソース
日本経済新聞 電子版

ダンサーで振付家、世界の大舞台で活躍してきた「ダンス・アーティスト」の勅使川原三郎が席数100にも満たない小空間で、新たな展開に乗り出した。

■観客と制作プロセスを共有

東京・杉並のJR荻窪駅西口から徒歩3分ほどのところに今年夏、複合アートスペース「カラス・アパラタス(KARAS APPARATUS)」を開いた勅使川原は「飾りの全くない空間で語られる真実」を眼前の観客とともに探る。還暦(60歳)に至った現在も年5本以上の新作を発表し、今秋以降もパリ・オペラ座はじめ欧州各地で新作初演を予定する。だが小舞台では1人のダンサーとして、「実感する肉体」を研ぎ澄ます。その姿は晩年に一座を立ち上げ、命がけで旅公演を続けた大俳優、宇野重吉を思い起こすほど。鬼気すら漂わせている。

「カラス・アパラタス」では必ず、観客に語りかける(右が勅使川原三郎)

「カラス・アパラタス」では必ず、観客に語りかける(右が勅使川原三郎)

アパラタスをしつらえた背景には、危機意識があった。「大劇場には『あそこへ行かなければならない』との意識に始まり、階段や警備員など、いくつもの敷居があり、ふらっとは近づけない。表舞台での一方的発信は派手に飾られていても、観客と話す機会は奪われている。一切の飾りを排し、観客とじかに語り合う中に、大変な真実が潜んでいるかもしれない」「荻窪で完全にプライベートな空間をつくり、劇場とは全く異なる場面で稽古を公開し、表現者ではない人々とも制作プロセスを共有するうちに、自分の肉体を成長させたい」「1時間ちょいのパフォーマンスとともに、必ずマイクをもって至近距離の人々に語りかける。表現者の揺れ動く気持ちを率直にぶつけると、アーティストも1人の人間であって、同じ時代を生きているのだとの理解や共感が広がる。ダンス自体も面白くなってきた」「歓談の空間が『つくる』場として機能し、一つの人格表現に結晶する」

小空間とはいえ、1階と地下1、2階の3フロアにホール、ギャラリー、リハーサル室を備えた立派なアートスペース。維持には相応の資金も必要だ。勅使川原の熱い思いをこれまで同様、一切の「ひも付き」無しで支えようと、スタッフらは「カラス アパラタスを応援する会」を立ち上げ、インターネットを通じたクラウド・ファンディングの手法を導入した。

■インターネットで資金調達

今年8月9日から12月6日までの約4カ月間、https://motion-gallery.net/projects/apparatusにアクセスすると、500円から50万円まで8段階に設定された支援金を24時間、いつでも送金できる仕組みだ。ここで調達した資金は映写機材の購入に充て、過去30年間の活動の記録や日本でまだ上演されていない振付作品などを随時、視聴できるようにする。ドローイングなど勅使川原のアート作品の展示にも生かしたいとしている。

ダンサーが眼前に迫る小空間

ダンサーが眼前に迫る小空間

大舞台での活動も依然、目まぐるしいほどの勢いで続く。今年9月6~8日には池袋の東京芸術劇場で新作ダンス、「第2の秋」を振り付け、踊った。ナチス占領下に射殺されたポーランドの画家で小説家、ブルーノ・シュルツ(1892~1942年)の短編小説をいくつか組み合わせ「閉ざされ、切羽つまった状況の下で、皮肉のように解放された人間の精神がつくり出す季節や時間の感覚。例えば『自分にとって、終わらない秋』こそ、芸術表現の本質なのではないか?」と、問いかけた。勅使川原にとっての「秋」は「ある日突然、冬を感じて朽ち果てるまで、決して終わらない」「究極の季節」を意味している。

次いで10月31日から11月14日までは、パリ・オペラ座ガルニエ宮で振付新作「闇は黒い馬を隠す」の初演に立ち会う。「闇の中では黒い馬が1頭いるのか、2頭いるのか、だれにもわからない。ただ『命が潜んでいる場所』と意識するだけの場面に煙が立ち上がり、電子音楽とともに踊りが始まる」。ダンサーはオペラ座の男女エトワール(トップダンサー)のオレリー・デュポンとジェレミー・ベランガール、ニコラ・ル・リッシュの3人だけ。ダンサーたちは1カ月間のワークショップを通じ「古典の文法を空にする」過程で改めて自身の肉体を実感し、「私『も』そうですではなく、私『は』こうですと言い切る」ところまで追い込まれる。「ニコラたち自ら『サブローと仕事をしたい』と劇場に提案した。スターであっても芸術家として発言する姿勢に打たれた」と、勅使川原は期待を込めて語る。

パリの後はスウェーデンのイェーテボリ歌劇場に飛び、同劇場バレエ団のため、カフカの短編小説「流刑地にて」に想を得た新しい振り付けにとりかかる。「人の自由を奪うという視点から、ダンサーたちをぐるぐる巻きに縛り、『それでも踊れ!』というダンスをやりたい」。とんでもない発想を、実に、楽しそうに膨らませていく。

■オペラ演出の機会も増える

空間で追い詰め、慣れ親しんだ動きを奪い、極限に至る瞬間に生まれた表現をすかさず新作として発信する--。勅使川原の方法論はダンスの枠を超え、幅広い表現芸術(パフォーミングアーツ)の世界で受け入れられつつある。オペラ演出の仕事も、劇場との長い関わりの中で自然に発生した。

東京の東急文化村と英エジンバラ音楽祭の「トゥーランドット」(プッチーニ)、伊ベニス・フェニーチェ座の「ディドとエネアス」(パーセル)、仏エクス・アン・プロバンス音楽祭の「アシスとガラテア」(ヘンデル)などの古典に続き、2015年にはロンドン在住の新進作曲家、藤倉大がタルコフスキー監督の名作映画に想を得て書く新作「ソラリス」をパリのシャンゼリゼ劇場で演出する予定。台本づくりにも加わり、ダンスとオペラを融合させた画期的な舞台を目指すという。

アイデアがぎっしり詰まったスキンヘッド

アイデアがぎっしり詰まったスキンヘッド

ダンサー&振り付けの新星として欧州に忽然と現れた四半世紀ほど前、旧西独時代のフランクフルトの劇場「TAT(テアーター・アム・トゥルム)」から新作を委嘱された。当時の支配人に「とにかく、無難なことはやめてくれ」とクギを刺されて以来、「自己防衛本能を断ち切った先」で、独自の表現を究めてきたとの自負が勅使川原にはある。「自分を外敵から守っているプロテクト(防護手段)を知った上で外し、表現を考えてみよう。もし何も聞こえたり、見えたりしないとしたら、まだプロテクトをしているのだ」。どこまでも厳しく、激しい表現意欲をたぎらせる姿に勇気、希望、夢を授かる観客、若いダンサーは数知れない。


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