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取材・編集・制作:小玉祥司、原田洋、加藤宏志、鎌田 健一郎



資料提供
気象庁、海上保安庁、京都大学防災研究所火山活動研究センター

(2014年12月公開)

エピローグ 御嶽山の教訓 噴火の歴史を生かす

 57人の死者を出し、今なお6人が行方不明になっている御嶽山の噴火は、火山噴火としては小規模なものだった。観光シーズンの天気に恵まれた土曜日、しかも昼食時間帯で多くの登山者が火口付近にいたことが被害を大きくした。

 富士山の「宝永噴火」から約300年間におきた火山噴火と被害の歴史を振り返ると、噴火の規模の大きさと死者などの被害とは必ずしも比例しない。大きな被害が出ているのは、噴火にともなって土石流や火砕流が起きたり、山体が崩れたりした場合が大半だ。しかし、火山の観光地化が進み登山者も増えるなかで、小規模とはいえ噴火が起きるとタイミング次第で大きな犠牲が出ることを御嶽山の噴火は教えている。

 桜島の「大正大噴火」から100年、日本列島では大噴火といえる規模の噴火が起きていない。しかし、富士山の宝永噴火が起きた18世紀の日本は大規模な火山噴火とその被害が相次いだだけでなく、宝永噴火直前に起きた宝永地震などの巨大地震も続いていた。2011年の東日本大震災をきっかけに、日本列島は再び18世紀のように火山噴火や巨大地震が増える活動期に入ったと考える研究者も少なくない。2000年の有珠山のように過去の噴火の経験を生かして事前の避難に成功した事例もあるが、観測態勢すら整っていない火山も少なくなく、すべての火山で噴火を予測することはまだ難しい。日本列島で暮らしていく以上、火山とどう向き合っていくかをあらためて考える時期に来ているのかもしれない。