春秋 春秋 5月17日 仏教でヤナギは、その薬効などから霊木とされる。奈良市の古刹、大安寺には、かつて枝を手にしていたらしい楊柳観音が伝わる。京都の三十三間堂でも、祈願した浄水を小枝で参拝者に注ぐ「楊枝(やなぎ)のお加持」の仏事が古くから行われ、頭痛封じに御利益があるそうだ。 ▼19世紀に入ると、欧州の学者らが葉の有効成分の分離や生成にこぎつけ、著名な解熱鎮痛剤「アスピリン」が生まれた。こんな故事にすがったわけではあるま 春秋
春秋 春秋 5月16日 鉄道紀行の名作「時刻表2万キロ」に、兵庫県の加古川線が登場する。著者の宮脇俊三は旧国鉄全線の「完乗」をめざして旅を続け、このローカル線には1975年の大みそかに初めて足を踏み入れた。「地味ではあるが、人口密度の濃い地域なので接続も概してよい」 ▼そんな路線とあって後年の民営化でも生き残ったのに、昨今は赤字続きだ。先月、JR西日本が公表した採算性の低い30の区間には同線の谷川―西脇市の約17キロメー 春秋
春秋 春秋 5月15日 先の連休に帰省して久しぶりにふるさとの言葉に浸った方もいるだろう。生まれ育った土地の「母語」でしか、伝えられない心の内というものは確かにある。方言に限らず、言語は自分がどこからきたのか、何者なのかをあかし確かめるアイデンティティーそのものだ。 ▼沖縄出身の詩人山之口貘(ばく)に「弾を浴びた島」という一編がある。1958年、東京から米国統治下の故郷を34年ぶりに訪ね「ガンジューイ(お元気か)とあいさ 春秋
春秋 春秋 5月14日 垣谷美雨さんの小説「うちの父が運転をやめません」は、死ぬまで運転すると言い張る郷里の親に、東京暮らしの息子が手を焼く話だ。80歳目前で車に擦り傷を重ねても「事故を起こすのは老人だけやない」と突っぱねる。説得に窮する息子の姿が、我が身に重なった。 ▼75歳以上の免許更新の新制度が、きのうスタートした。目玉は「実車試験」で、一定の違反歴がある人に実技テストが課される。警視庁の免許試験場で試走の様子を見 春秋
春秋 春秋 5月13日 笑いは緊張の緩和によって生じる。そう説いたのは、上方落語の爆笑王、2代目桂枝雀さんである。最近、ビジネスの世界で「アイスブレイク」という言葉を聞く。氷を砕く。初対面の人びとが集う会議や研修の緊張した空気を和ませるコミュニケーション術のことだ。 ▼笑いを、顧客との商談や学校の授業にも取り入れよう。そんな実践がある。講師にお笑い芸人を招く企業もあるそうだ。確かに、折り目正しい対応よりも、笑いの成分の含 春秋
春秋 春秋 5月12日 20年以上前の取材なのだが、今も時折、思い出す。今年1月に86歳で亡くなった児童文学の研究者で作家の松岡享子さんにお会いし「子どもが本の世界に親しむには」との趣旨で、お話をうかがった時のこと。数々の傑作を世に送った松岡さん、意外にもこう口にした。 ▼「外で、友だちといろんなことをして遊んでいる子ほど、本を読んだ時に、よく反応する。つまり、書かれていることを、我が身のごとく感じ取る力が強いのです。存 春秋
春秋 春秋 5月11日 明治維新で活躍した人には、囲碁の愛好家が少なくない。とりわけ有名なのが大久保利通だ。藩の実力者の島津久光と懇意にしていた碁の達人のもとに通い、久光に近づくきっかけをつかんだとの逸話が残っている。このころ大久保は一日中碁盤に向かっていたという。 ▼伊藤博文や大隈重信なども、囲碁にこだわりを持っていた。選択をひとつ間違えば、新政府の土台が揺らぎかねない時代だった。盤面をじっと見つめて熟考する時間は、日 春秋
春秋 春秋 5月10日 「北海道の自然林では、えぞ松は倒木のうえに育つ」。幸田文さんのエッセー「えぞ松の更新」にそんな一節がある。多くの種が発芽しても育たない寒冷の地。しかし倒木に落ちることのできた種は、古木がたくわえた水分や栄養も得て何十年、何百年を生きるという。 ▼興味をもって北海道に渡った幸田さんはそこで「生々しい輪廻(りんね)の形」を目撃する。ぐしょぐしょにぬれた崩れかけの老木を踏みしだき、若木は生のエネルギーを 春秋
春秋 春秋 5月8日 米ニューヨークからのえりすぐりの名画が並ぶ東京都内の「メトロポリタン美術館展」に足を運んだ。「西洋絵画の500年」と副題にある通り、時代を彩った数々の逸品のなかで、何点かある「聖母子」に引きつけられた。まだ幼いイエスを抱くマリアを描いている。 ▼うつむき加減のマリアは、子の行く末を知っているかのように、どれも悲しげな面差しである。描かれた15~17世紀という時期を思い合わせるなら、絵筆をとった俊才 春秋
春秋 春秋 5月7日 車が走ればどこかで渋滞が起きる。万国共通であろう。2017年に日本でもヒットした米映画「ラ・ラ・ランド」はハイウエー上のシーンで幕を開ける。動かない車列。突然運転席を降りた女性が軽やかに踊り出し、バンドも現れて路上は華やかな舞台のように――。 ▼あんなに楽しければ、とぼやいた人がいたかどうか。おととい、各地の高速道路は車であふれた。行動制限のない大型連休は3年ぶり。赤いテールランプがどこまでも続く 春秋