山田風太郎「不知火軍記」 熊本・天草市 文学周遊 6月25日 熊本県天草市の中心から南へ車で1時間余り。山あいの道を走り、長さ800メートルを超すトンネルを抜けると、本作のクライマックスシーンの場所に出る。羊角湾に面した崎津集落だ。 湾の向こうに広がるのは東シナ海。その方向に目をやると、集落の一角にシンボルの教会が見える。この地は、江戸時代にキリスト教が禁じられた後も信仰を守ってきた。寺社に参詣したときも「あんめんりゆす(アーメンデウス)」と唱え、クリスマ 山田風太郎「不知火軍記」 熊本・天草市
獅子文六「自由学校」 東京・お茶の水 文学周遊 6月18日 獅子文六は昭和の中ごろ、一世を風靡した人気作家だが時代と密着した作風の宿命か、没後は作品が取り上げられることも減っていた。ところが10年ほど前に筑摩書房が文庫で一連の小説を復刊するとその魅力が再発見され、著作は今、現役作家同様に書店の目立つ場所に並んでいる。 「家族や仕事など身近なテーマで、登場人物たちがどたばた劇を繰り広げる面白さは今の小説にはない。演劇出身のためかセリフ回しや人物の名付け方が 獅子文六「自由学校」 東京・お茶の水
高山樗牛「滝口入道」 京都市嵯峨野 文学周遊 6月11日 鎌倉期に成立した軍記物「平家物語」の10巻に「横笛」という悲恋の話がある。平清盛の嫡男、重盛に仕えていた武士、斎藤滝口時頼は、建礼門院の侍女、横笛を深く愛する。しかし「卑しい女官を好きになるとは何事だ」と父親に叱責され出家する。 それを知り、うらめしく思った横笛は、時頼が修行する京都・嵯峨野の往生院に向かう。滝口は会わずに追い返すが、決心が揺らぐことを恐れ、女人禁制の和歌山・高野山へ登る。すると 高山樗牛「滝口入道」 京都市嵯峨野
童門冬二「直江兼続―北の王国」 新潟・上越市 文学周遊 6月4日 戦国大名、上杉謙信の跡を継いだ上杉景勝(かげかつ)は豊臣政権下で五大老の一人として天下に覇を唱えた。景勝を支え、難しい乱世を渡り歩いたのが上杉家重臣の直江(なおえ)兼続(かねつぐ)だ。本書はこの2人の武将を中心に、天下統一に向かう戦国後期の世を描いた歴史小説だ。 上杉の拠点、春日山城の跡がある新潟県上越市に向かった。直江津駅近くの電車の中から周囲の風景を見渡し、なぜ数ある山々から春日山を選んだの 童門冬二「直江兼続―北の王国」 新潟・上越市
田辺聖子「私の大阪八景」 大阪市 文学周遊 5月28日 「父は君主(天皇)機関説で、この点が大いに私と考えがちがう。私はこれを憎む」 「日本はあくまで一億が玉砕するまで戦うであろう」 田辺聖子が1945年から47年にかけて、青春の日々をつづった日記の一節だ。愛国心あふれる軍国少女だった。 日記は作家の没後、遺族が発見し昨年、「十八歳の日の記録」と題し刊行された。戦時下の喜怒哀楽を機知に富む筆で活写する。文は人なり、である。10代の彼女はすでに「お聖さ 田辺聖子「私の大阪八景」 大阪市
和田竜「村上海賊の娘」 愛媛県今治市 文学周遊 5月21日 青い海の先までずっと、緑豊かな島が重なり合うように続いていく。愛媛県と広島県をつなぐ瀬戸内しまなみ海道ぞいの島々は、美しい季節を迎えていた。 14世紀半ばから16世紀にかけて、ここを拠点に瀬戸内海で活躍したのが、村上海賊だ。戦国時代に日本を訪れた宣教師、ルイス・フロイスは「日本最大の海賊」と評している。 「海賊といっても、理不尽に略奪するパイレーツではない」。愛媛県側の大島にある今治市村上海賊ミ 和田竜「村上海賊の娘」 愛媛県今治市
三浦哲郎「ユタとふしぎな仲間たち」 岩手県二戸市 文学周遊 5月14日 岩手県北縁の金田一温泉は雛の里の中。馬淵川の傍らに宿がぽつんぽつん。最盛時は20軒ほどもあったというが、今は7軒。桜が散り終えた4月末、あちこちの原っぱをタンポポが黄色く染めていた。 田んぼに湧出したから湯田温泉とも呼ばれたとは、なんの変哲もない話。これといった見どころのないかつての湯治場、そのか細い経済を支える不思議なものがある。 定かに見ることはできないが、現れれば家運を盛りたててくれるもの 三浦哲郎「ユタとふしぎな仲間たち」 岩手県二戸市
井伏鱒二「おこまさん」 甲府市 文学周遊 5月7日 西の方角で天気を予想する習慣はあちこちの土地にあるのだろうが、甲府盆地では昔から、甲斐駒ケ岳と八ケ岳の山裾が合うあたりに遠く一点の青空を見て「諏訪口が晴れ」と言ったという。 富士吉田行きの路線バスで働く少女車掌が、名所ガイドに奮闘する井伏鱒二の小品「おこまさん」(1940年)にそんなことが書いてある。甲府を訪ねた4月後半の早朝、興味を持って宿の部屋から眺めていたら、出会った光景は小説以上だった。 井伏鱒二「おこまさん」 甲府市
今東光「小説河内風土記」 大阪府八尾市 文学周遊 4月30日 大阪・奈良県境にある生駒山系の西側、大阪府八尾市の山裾では江戸時代から菊や生け花に使う切り枝用の樹木の栽培が盛んだった。4月中旬に訪れると、純白の梅花ウツギや伸びた黄色い菜の花などが所々に残り、遅咲きの山桜や新緑の木々に覆われた山の姿と合わさって、のどかな春らしい風景が出現していた。 今東光は八尾・河内の自然や歴史、風俗、暮らしや人情を描いた小説を数多く著した。「河内もの」と呼ばれるこれらの作品 今東光「小説河内風土記」 大阪府八尾市
西脇順三郎「Ambarvalia」 東京・三田 文学周遊 4月23日 教室から海が見える。崖ぞいの松並木の向こうが青い。外国の帆船が通る。波音さえ聞こえる。約6万年前にできた段丘には、ヒノキなど古木がそびえる。大イチョウの根元に腰かけ街を眺めていると、教会の鐘が響いてきた。 大正初め、入学したころの三田山上の風景を詩人は書き残している。昭和初年、英国から戻ると、最新モードで母校の教壇に立った。やがて、この詩集に詩壇が驚く。題名は、古代ローマの収穫祭を意味していた。 西脇順三郎「Ambarvalia」 東京・三田