花田清輝のルネサンス探求 岡田温司 半歩遅れの読書術 4月10日 大正15年、フィレンツェ出身と自己紹介をしてルネサンスについて熱く語る日本人の17歳の若造がいた。ちょっと歯の浮くような話だが、作家で文芸・映画批評でも活躍した花田清輝の若き日の武勇談である。彼もまた、林達夫と同じく、大正教養主義の申し子だったのだ。 その花田が終戦後すぐに出版したのが、『復興期の精神』(現在は講談社文芸文庫)である。ルネサンス時代に活躍した文学者、画家、政治家、宗教家たちについ 花田清輝のルネサンス探求 岡田温司
林達夫のシニカルな魅力 岡田温司 半歩遅れの読書術 4月3日 志望大学に入ってはみたものの、さて何を専攻するか、あれこれ思い悩んでいたころに出会ったのが、林達夫の著作の数々だった。アクロバット的な博覧強記、どこかシニカルで逆説的なレトリック、そして反骨と非順応主義の精神、林の文章にほぼ一貫して流れるこれら持ち味の魅力は、当時、青二才の田舎者を驚愕(きょうがく)させて余りあった。美術史から人類学まで広く横断しながらダ・ヴィンチを意のままに調理する「精神史」、 林達夫のシニカルな魅力 岡田温司
早起きして読んだ新聞小説 伊吹有喜 半歩遅れの読書術 3月27日 中学3年生の頃、『花埋み』(渡辺淳一、新潮文庫)という小説を読んだ。日本初の女医、荻野吟子氏の物語だ。男子にしか学問が許されなかった時代に、果敢に道を拓(ひら)いていった女性の姿に感銘を受けた。 高校入学を控えた春、家で新聞を広げると、日本経済新聞にあの『花埋み』の先生のお名前があった。4月から連載が始まるらしい。タイトルは「化身」(集英社文庫)。神仏が衆生を救うために俗世に姿を現すという意味だ 早起きして読んだ新聞小説 伊吹有喜
新天地へと向かう春 伊吹有喜 半歩遅れの読書術 3月20日 10代の半ばまで、夏になると、紀伊半島の東の町、尾鷲(おわせ)に行き、山奥の清流で泳いだ。滴(したた)るような山の緑と、葉の色を映して緑に見える水。翠玉(すいぎょく)の色に透き通った淵に潜ったあと、水面に顔を出して息を吸えば、紀州の空は明るい青。からりと陽気な南国の色をしていた。 どんな大きな川も始まりには山の澄んだ水がある。そう思うと、どこに行っても川の景色を眺めてしまう。そうして心惹(ひ)か 新天地へと向かう春 伊吹有喜
先達に学ぶ清々しい生き方 伊吹有喜 半歩遅れの読書術 3月13日 子どもの頃に読んだ本を大人になってから読むと、読み方が変わってくる。主人公の周囲にいる人物に目が行き、彼らに感情移入してしまうのだ。私にとってその最たるものは『赤毛のアン』シリーズ(モンゴメリ)全10巻だ。 昔は主人公のアンしか見ていなかった。今、読み返すと、11歳の女の子をひきとることになったマリラとマシュウという、老年にさしかかった兄と妹に心が動く。特に、人付き合いが苦手なマシュウがアンに語 先達に学ぶ清々しい生き方 伊吹有喜
磨き抜かれた言葉の奥深さ 伊吹有喜 半歩遅れの読書術 3月6日 幼い頃から本が好きだったが、小学校高学年の頃、テレビに夢中になった。大河ドラマの「おんな太閤記」だ。ドラマのガイドブックを毎日熟読しているうちに、しだいに「太閤記」に興味を持った。そんな矢先、父の書棚の奥に『新書太閤記』(吉川英治著)を見つけて大喜び。現在、私が持っているのは講談社の文庫だが、そのとき見つけたのは昭和38年(1963年)刊の読売新聞社版、全12巻。暗紅色の箱に入り、上品な薄紙が本 磨き抜かれた言葉の奥深さ 伊吹有喜
開戦前に日米の差を算出 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月27日 日本はペリー来航時には米国を恐れすぎ、真珠湾攻撃の時には米国をなめ過ぎた。アンガス・マディソン『世界経済の成長史』(金森久雄監訳、東洋経済新報社)を参考にすると、ペリー来航の3年前、1850年の米国の国内総生産(GDP)は日本の1.8倍前後。ところが真珠湾攻撃の1941年にはこの差は約5.4倍に開いていた。この年、英国のGDPは日本のおよそ1.7倍。米英で日本の7倍以上だ。しかもこの時日本は中国 開戦前に日米の差を算出 磯田道史
日本の成長を明らかにする 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月20日 前回、高島正憲『経済成長の日本史』を紹介した。1000年の長さで日本の国内総生産(GDP)が推計され、その成果でみれば、日本が世界でも裕福であった期間は短い。むしろ古代中世はずっと「最貧国」であったとされる。奈良時代、日本の1人あたりGDPは、1990年時点の米ドルの購買力を基準にした国際ドル換算(以下同)で400ドル弱と見積もられている。 西暦1000年前後、1人当たりGDPが1000ドル近く 日本の成長を明らかにする 磯田道史
日本の成長 大胆に振り返る 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月13日 経済史は数量化で異時点・異空間の比較ができる。だが限度もある。私の学生時代、長期経済統計といえば100年が限界。明治期以後の国民所得計算であった。それより古い時代の国内総生産(GDP)の推計は幕末長州藩の推計ぐらい。古代から日本の超長期GDP推計をやって近現代にドッキングできないか。そんな夢を抱いたが勇気が出なかった。 前近代は史料が乏しい。多くの「仮定」を入れなければGDPは出ない。私はなまじ 日本の成長 大胆に振り返る 磯田道史
教科書とは異なる日本史 磯田道史 半歩遅れの読書術 2月6日 親族の医師に言われたことがある。「歴史などはあまり学説が変わらないでしょう」。そんなことはない。医学ほどではないものの、歴史学は文系の学問のなかでは学説が激しく変化する学問である。最新の歴史像は昔の教科書とは全く違う。ここで紹介したいのは、日本史研究の最先端を知る概説書『日本史の論点』(中公新書)である。 例えば古代史。邪馬台国の所在地論争はもう古い。いまや研究者は邪馬台国を北部九州から近畿にひ 教科書とは異なる日本史 磯田道史