トリとロキタ シネマ万華鏡 3月31日 欧州では2018年から20年の間に、同伴者のない外国人の未成年行方不明者数は少なくとも1万8292人。毎日17人が失踪する計算だ。ベルギーの巨匠ダルデンヌ兄弟は、この事実に憤り、過酷な日々をサバイブする移民の偽姉弟に光を当てる。 ベルギー東方の工業都市リエージュ。ベナン人のトリ(パブロ・シルズ)とカメルーン人のロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)は、欧州へ渡る道中で出会った。12歳のトリは保護施設で トリとロキタ
デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム シネマ万華鏡 3月24日 ロック史上最高の天才の一人、デヴィッド・ボウイの音楽的生涯を一望するドキュメンタリー映画の傑作である。 ロックはいわば集団芸術で、ビートルズやローリング・ストーンズのような時代を代表するグループがあるが、個人で考えた場合、ボウイはジミ・ヘンドリックスと並ぶ隔絶した存在だ。しかも、ジミが楽器演奏能力の頂点を極めて数年で燃えつきたのに対して、ボウイは独自の音楽世界の創造と破壊を数十年にわたって行いつ デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム
メグレと若い女の死 シネマ万華鏡 3月17日 日本で高い人気を誇るパトリス・ルコント監督の最新作は、ジョルジュ・シムノンの原作によるメグレ警視もののミステリー。1950年代パリの下町を濃密に再現する雰囲気描写が圧巻だ。 ある夜、モンマルトルの歓楽街近くの広場で、若い女の死体が発見される。5か所もの執拗な刺し傷による犯行。唯一の手がかりは、その場にふさわしくないフォーマルな高級ドレスだった。 現場と死体を検証したパリ警視庁の老練、メグレ警視は メグレと若い女の死
オットーという男 シネマ万華鏡 3月10日 スウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」をマーク・フォースター監督がリメイク、心温まる人情喜劇に仕上がっている。 トム・ハンクスが演じる主人公のオットーは、郊外の住宅街に建つ一軒家でひとり暮らしをしている。毎日の日課は、近所を見回ってゴミ出しや駐車の仕方について、ルールを守らない住民に注意すること。 誰にも心を開かない、嫌われ者のオットーだったが、心ではいつも先立った妻を想い続けていた。そして仕事 オットーという男
フェイブルマンズ シネマ万華鏡 3月3日 「ジョーズ」(1975年)、「E・T」(82年)などの大ヒット娯楽作、あるいはアカデミー作品賞・監督賞受賞作「シンドラーのリスト」(93年)などのシリアスな問題作を放ち、ハリウッド・スター顔負けの人気を誇るのがスティーブン・スピルバーグ監督(46年生まれ)だ。 彼が自作「ミュンヘン」(2005年)の脚本家トニー・クシュナーと共同で書いたのがこの自伝的ドラマ。ハリウッド映画が新興勢力のテレビに追わ フェイブルマンズ
逆転のトライアングル シネマ万華鏡 2月24日 昨年のカンヌ国際映画祭におけるパルム・ドール(最高賞)の受賞作。監督はスウェーデンのリューベン・オストルンドで、「ザ・スクエア 思いやりの聖域」に続いて、2作品連続でのパルム・ドール獲得という偉業である。 主人公は、売れっ子ファッションモデルのヤヤと、その恋人で盛りを過ぎた男性モデルのカールというカップル。 人気インフルエンサーでもあるヤヤが超豪華客船でのクルーズ旅行に招待され、カールもお供をす 逆転のトライアングル
ベネデッタ シネマ万華鏡 2月17日 かつて「教会を通して」聖書を受け止めるか(カトリック)、「自力で」聖書を受け止めるか(プロテスタント)が対立した。だが19世紀後半からの聖書研究で、イエス没後50以上の福音書が「人の手で」書かれ、400年もかけて「人の手で」4つに絞られた経緯が、既に示されている。 だから今、聖書の理解に帰依する「聖書信仰」と、イエスが何を語ったかに帰依する「イエス信仰」が密(ひそ)かに分かれている。加えて「悔い ベネデッタ
コンパートメントNo.6 シネマ万華鏡 2月10日 2021年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した作品。素晴らしいロード・ムーヴィーで、早くも本年屈指の収穫というべき秀作だ。 舞台は1990年代のロシア。ヒロインのラウラはフィンランド人。恋人に振られ、モスクワから寝台列車に乗って、世界最北端の駅ムルマンスクに向かう。2昼夜もかかる列車旅行は、北極近くの先史時代の遺跡、ペトログリフ(岩面彫刻)を見るためだ。 狭い寝台車のコンパートメントの同乗者 コンパートメントNo.6
すべてうまくいきますように シネマ万華鏡 2月3日 昨年秋、ジャン=リュック・ゴダール監督が幇助(ほうじょ)による自殺を遂げて世界に衝撃を与えた。ゴダールが亡くなったスイスでは、治癒不能な苦痛を断つための安楽死だけでなく、自分の死の尊厳を保つために自殺幇助を受けることが合法なのだ。本作は、父の自殺を幇助しようとした娘の実話の映画化である。 小説家のエマニュエル(ソフィー・マルソー)は、85歳の父(アンドレ・デュソリエ)が脳卒中で倒れたと聞き、病院 すべてうまくいきますように
イニシェリン島の精霊 シネマ万華鏡 1月27日 アイルランド西海岸に浮かぶ辺境の島を舞台にした濃密なヒューマン・ドラマ。 原題の「The BANSHEES of INISHERIN(イニシェリン島のバンシー)」の「バンシー」とは、人の死を予告するケルトの妖精で、それが物語の空気感を支配している。 冒頭、お人好(よ)しの青年パードリック(コリン・ファレル)が、年長者のフィドル奏者コルム(ブレンダン・グリーソン)から、唐突に絶交を言い渡される。大 イニシェリン島の精霊