アジアの食求め高田馬場へ 学び働く外国人がつくる街

「リトルヤンゴン」とも呼ばれる東京・高田馬場。民主化運動の弾圧から逃れてきたミャンマー人が1990年代後半に集まっったとされるが、近年目立つのは中華系やベトナム系の店舗。変わりゆく街を歩いてみた。
JR山手線と東京メトロ東西線、西武新宿線の結節点である高田馬場駅。街に出てもミャンマーの香りはしない。そこで日本ミャンマー・カルチャーセンターのマヘーマー所長と落合清司理事長に案内されたのが、駅前にあるタックイレブン高田馬場ビルだ。
電車の音が鳴り響くビルの表にはスナックなど日本語の看板が連なる。普通の雑居ビルに見えるが、中に入るとそこはミャンマーだった。

アウン・サン・スー・チーさんが描かれたマスクに辛そうなスパイス――。上層階には輸入食品や雑貨がところ狭しとならぶ店が多数ある。5カ月分の食材を買い込んだという技能実習生の女性(24)は「懐かしい故郷の食事を作れる」と満面の笑みを見せた。
店先には「当店では軍関連企業の商品は販売しておりません」というポスターも掲げられるなど、クーデターを起こした国軍に対する在日ミャンマー人の怒りも漂う。
1988年の民主化運動の弾圧から逃れてきた人々は、当初西武新宿線の中井駅に集まってきた。90年代後半に2駅先の繁華街、高田馬場へと拠点が移っていった。高田馬場はリトルヤンゴンと呼ばれるようになった。
2010年には9千人に満たなかった在日ミャンマー人は、技能実習生やIT(情報技術)技術者などが増え、20年に3万3千人を超えた。急増したミャンマー人の居住地域は全国に散らばる。マヘーマーさんによると「最近ではオンラインでミャンマーの食材や総菜を販売する業者も多く、わざわざ高田馬場に来なくてもよくなった」。店内外には彼らに向けて発送する商品の小包が積まれていた。
このビルにはミャンマー語のカラオケも歌えるレストランが入る。コロナ禍以前「週末はお酒を飲みながら朝まで歌うミャンマー人も少なくなかった」(マヘーマーさん)。薦められたカレーのような煮込みなどは総じて辛く、タイ料理より素朴な味わいだ。
周辺にはこうしたレストランが多かったが、不法滞在者の取り締まり強化や東日本大震災などを経て減少。「今はSNS(交流サイト)で国軍への抗議活動や食材店の新着情報を得ることが一般的」(マヘーマーさん)という。

リトルヤンゴンがタックイレブンという「点」ならば「面」として広がるのが中華系の店舗だ。駅から早稲田通りを落合方面に5分ほど歩くと中華系の料理店や雑貨店、台湾スイーツの店などが15店ほどあった。背景には中国人留学生の急増がある。
駅周辺ではタックイレブンを含め数々のビルに掲げられる「行知学園」という真っ赤な看板が目に付く。中国人留学生を対象とした予備校だ。17年に高田馬場校を開いた。理由を聞くと「学生が事前に来日して塾を見学する際、高田馬場にある学校を複数見て回るケースが多い」(事業推進室の武井美奈室長)。学園の年間在籍学生数は5年前は1500人弱だったが、現在は4千~5千人に膨らんだ。
高田馬場に住む黒竜江省出身の張芸滝さん(20)は20年に来日し、日本語を学びながら大学受験に備える。以前は新大久保に住んでいたが「ここは静かで勉強しやすい。中華料理店や食材店も多く、ずっと住みたい」と打ち明ける。安徽省出身の徐栄駿さん(19)も「学校も徒歩圏内だし、週末には新宿や池袋に行ける」と利便性の良さを強調する。
中国人だけでなく、ベトナム人留学生も多い。16年にベトナム風サンドイッチ、バインミーの専門店「シンチャオ」を開いたブイ・タン・ユイさん(35)も四日市大学を卒業した元留学生。語学学校が多い高田馬場にはベトナム人留学生が一定数いることを調べ、店を構えた。
シンチャオは浅草や神戸市などにも出店。6月には札幌市にも店を開き、夢だったチェーン展開が現実になった。高田馬場は日本語を学ぶ留学生の街から、留学生が夢を実現する場にもなっている。
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「馬場」の地名 由来は?

高田馬場という名の由来は、江戸時代に馬術の訓練のための幕府の馬場があったことによる。8代将軍徳川吉宗が世継ぎの疱瘡(ほうそう)(天然痘)平癒のために穴八幡宮に奉納した流鏑馬(やぶさめ)が起源という、新宿区の指定無形民俗文化財「高田馬場流鏑馬」も例年スポーツの日に都立戸山公園で催される。
戦前戦後にかけては「早稲田通りは生活必需品が何でもそろう商店街で、学生向けの下宿、実業家などの邸宅、文化人や地主の家が多かった」と話すのは高田馬場で生まれ育った池田秀勝さん(73)。1935年代の地図を見せてもらうと旧陸軍の射撃場などもあった。戦後も国民党の弾圧から逃れてきた一部の台湾の人々を除き「外国人はみなかった」という。
(高橋里奈)
[NIKKEIプラス1 2021年7月17日付]
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