男性の育休取得、上司の最初の一声が鍵 成長の契機に
多様なメンバーと働く 職場の対話術(6)

人口減少が進むなか、女性の活躍推進が急がれるが、同時に進めるべきは、男性の「家庭進出」である。男性社員が気兼ねなく育休を取得できるようにするための対話とは。
第6回は2020年に「男性育休100%」を目指すと宣言し、22年度末の達成を目標に掲げる大日本印刷の、ある男性社員と彼の上司のペアに注目した。
男性育休5割超、地道な声掛けが支える
この6月、男性の育休取得を促す改革を盛り込んだ改正育児・介護休業法が成立した。22年度中にも施行が見込まれる改正法には、男性も子どもの出生後8週間以内に、最大4週間の出生時育児休業(産休)を取れるようにするなどの内容が盛り込まれた。企業に対しては、産休や育休について従業員に取得の意向を確認するよう義務付ける。23年4月以降は、従業員数が1000人を超える大企業に育休取得率の公表も求める。
現状はどうか。男性の育休取得率は最新データとなる19年度で7.48%(厚生労働省「雇用均等基本調査」)と10%に満たない。これに対し、大日本印刷では、20年度の男性の育休取得率が54.3%となった。現時点で5割を超す取得率は、現場のコツコツとした地道な取り組みによるものだ。

それを担う1人が、同社の生活空間事業部総務部エキスパートで労務を担当する後藤慶悟さん(35)だ。後藤さんは、配偶者の出産を機に関連の申請をしてくる男性社員に対して「育休はいつとるのですか」とすかさず尋ねる。ほぼ同時に、当該社員の上長には「(部下に)育休を取るようにすすめて下さい」とメールを送る。その際必ず、総務部長にCC(カーボンコピー)を入れる。
育休を勧められた男性社員の多くは、今でも「え、私が?」と戸惑いを見せるという。さすがに以前のように「育休は女性がとるものでしょ」と口にする人はいなくなった。しかし「男性も育休取らなきゃいけないの?」といった言葉にならない抵抗感が根強くあるようだ。
それでも後藤さんが、男性社員にためらいなく育児休業を勧めるのには理由がある。自身も5年前、少し長めの育休をとったからだ。
「(育休取得を経て)後藤さんは一皮むけた」。こう話すのは、生活空間事業部総務部長の木村尚史さん(51)。木村さんは現在、後藤さんの上司であるだけでなく、後藤さんが育休を取得した際に背中を押した上司でもある。さらに今、後藤さんが育休取得を促すメールを当該社員の上長に送る際、CC(カーボンコピー)で状況を共有しているのも木村さんだ。
木村さんは、「(復帰後)労務担当の彼を頼ってくる社員が増えた」と評価する。後藤さんが、社員と接する際の対話が大きく変化したからだ。
労務担当という仕事柄、社員からは日々、様々な相談が寄せられる。女性社員からの産休や育休の取得にまつわる相談はもちろん、在宅勤務、社宅制度なども。会社の労務管理上の規定のみならず、相談内容は実に多岐にわたる。
あるとき子育て中の女性社員が、会社の両立支援策について相談にきた。対応した後藤さんは「配偶者はどんな就業状況ですか」と問いかけつつ、「私自身は家庭でこう分担していますよ」と自身の体験談も披露。会社の支援策のみならず、自治体のファミリーサポートや民間のベビーシッターサービスの紹介など、アドバイスは当事者ならではの使えるものばかり。相談者はほっとした表情を浮かべた。木村さんはそうした後藤さんの仕事ぶりを見て「成長した」と感じたのだ。
後藤さん自身も、育休を取得したことで思考回路が変わったと実感している。労務担当として多様な「当事者に寄り添う目線」となり、人事部に旧来の働き方に沿ったルールの見直しを提案したり、事業部の運用で柔軟に対応したりするようになったという。
チーム初の長めの男性育休、そのとき上司は…

既に男性育休の取得率が5割を超える同社とはいえ、「(男性育休の)意識はまだまだ根付いていない」(木村さん)という。
後藤さんは木村さんチームで長めの育休を取得した男性社員の第1号となった。夫婦とも第2子の誕生後、実家の支援を得にくい状況にあった。後藤さん夫婦は社内結婚。妻のキャリアについても話し合って出した結論だった。
改めて、先駆者の後藤さんが育休取得を申し出た際は、どんなやりとりがあったのか。当時の2人の対話に注目してみたい。
後藤さんは、おそるおそる申し出た。「第2子が生まれるにあたって、育休を1カ月半ほどとらせていただきたいのですが……」
木村さんは間髪を入れずに、こう応じた。「それはぜひ取得してください」
「力強い励ましの言葉をもらい、ほっとした」と後藤さんは振り返る。
2人は労務担当チームで長年、上司・部下として働いてきた。後藤さんが「育休をとることで、評価が下げられる」といった心配をすることなく申し出ができたのは、上司の木村さんとの信頼関係もあっただろう。
では、木村さんはどうだったのか。前例のない申し出に驚きや戸惑いはなかったのだろうか。

木村さん自身は、2人の子どもが誕生したとき、育休を取らなかった。「当時は男性が育休をとると評価が下がるという雰囲気だった」と苦笑する。
ではなぜ、後藤さんから申し出を受けた際、躊躇(ちゅうちょ)せず、「ぜひ取得を」と伝えられたのか。それは、労務担当として社会の変化を肌で感じていたからだ。
子育て支援策の充実を背景に産休・育休を取得する女性社員は増えている。だが、子育て中の女性は、育休や育休復帰後の短時間勤務などでキャリアに後れを取りがちだ。家庭負担が女性に偏っていては、人的資源を生かしきれない。
木村さんはかねてより「男性も女性も、仕事と家庭生活、どちらかを犠牲にしないといけないのはおかしい」という問題意識を持っていた。「男女問わず、仕事と育児、また介護を両立する社員を企業が支える時代を迎えている」と実感していたという。
だから、後藤さんから育休取得の申し出があったとき、「当然だろう」と思ったという。職場結婚をした妻の働きぶりを知っていたことから、状況を瞬時に受け止めたようだ。
職場への影響 全員で話し合い業務を再配分
多くの企業では今なお、男性社員が育休取得を申し出た際、上司から否定的な言葉をかけられることが少なくない。「出世をあきらめたのか」「妻が休みを取るんじゃないのか」といったものだ。
加えて、同僚から「穴埋めが大変だ」という声も上がりがちだ。「女性の育休は長いので代替要員を入れることも可能だが、男性の(1カ月~数カ月といった)長めの育休は中途半端な長さなので、職場での穴埋めが求められて対応が大変だ」(木村さん)。実際、内閣府が21年4~5月に約1万人を対象にインターネットで実施した調査でも、同僚の男性が育休をとることに3割超が「抵抗感」を覚えると回答している。
それでは、後藤さんが育休に入るにあたり、木村さんは管理職としてどう動いたのか。
まず、木村さんは部のミーティングでこう発表した。
「後藤さんが今度、育休を取ることになった。申し出を受けて、私は応援したいと思う。ついては皆、協力してください」
木村さんの言葉を受けて、図らずも女性社員の間から拍手がわき起こった。「夫にもっと育児に協力してもらえたら」といった思いを抱えている短時間勤務の女性社員らが、「男性の育休取得、応援します」と笑顔で拍手を送ったのだ。
「お互いさまの気持ちを忘れないようにしよう」
木村さんは、ほっとした表情でこう付け加えた。傍らの後藤さんは、上司と同僚の励ましが心強かったという。
すんなり職場で受け入れられたものの、中堅社員の後藤さんが1カ月半職場を空ける間のカバーは簡単ではなかった。木村さんは、チームメンバー全員を集めて、仕事をどう分担するか協議する場を重ねた。「業務が増える」と呟く声もゼロではなかった。だが、木村さんは、「新しい仕事に挑戦する機会になるはずだ」と発想転換を促した。
全員で話し合いをしたことで、みな納得のいく形で分担することができたという。後藤さんが育休取得予定の半年前という早い時点で木村さんに申し出たことがプラスになった。
社内イベントで共有「キャリアにマイナスとならない」
大日本印刷には、ダイバーシティ推進のための活動もある。それぞれの事業部門の自主的な活動組織D&I(ダイバーシティ&インクリュージョン)推進グループが中心となり、ボトムアップで進めるところに特徴がある。その活動の大きな柱のひとつが、男性の育休取得の促進だ。
16年11月、木村さんは後藤さんと共に、事業部門のD&I推進グループが主催する「子育てする男性社員とそれを支援する上司に聞く!」というパネルディスカッションに登壇した。
事業部門15拠点を結んで中継されたイベントで木村さんが強調したのは、「男性の育休はキャリアにマイナスとならない。自分の知らなかった世界を知ることで大きく成長する」という点だ。旧来の性別役割分業から抜け出すことは、男性にとってキャリアにプラスになるというメッセージである。

このような男性の育休取得によるプラス面を、「子育てする男性社員とそれを支援する上司」として、二人は折にふれて社内に発信している。
女性は子育て中心、男性は仕事中心、こうした根強い性別役割分業意識が、「男性が育休を取りにくい」職場の空気を醸成しているともいわれている。こうした意識は、組織や個々人に埋め込まれているだけに、対処が難しい。木村さんは、男女問わず貴重な人材に力を発揮してもらうためにセミナーや研修など、さまざまな刺激を通して、社内の固定観念を切り崩していく必要があると考えている。
1)本人から申し出を受けた場合は、まずは第一声、意向を尊重する旨を伝える
2)男性が育休を取得する間のカバー体制について、「おたがいさま」の精神でチーム全員で前もって話し合う
3)男性が育休を取得することによるメリットを、実例を交えて社内に発信する
意識の変化を促すには、社外の人との議論が有効な場合もある。この2月、木村さんの所属する生活空間事業部は、5社ほどとの共催でセミナーを開いた。ダイバーシティ推進を手掛けるNPO法人J-Win(東京・千代田)の「オールド・ボーイズ・ネットワークとは?」という研究会に、自分たちの事業部から管理職が参加したのがきっかけだ。
高度成長期から最近に至るまで、日本企業では多数派である男性の間で組織独自の文化や慣習が非公式に伝えられてきたとされており、そうした男性中心の排他的なつながりが「オールド・ボーイズ・ネットワーク」と呼ばれている。このネットワークから、女性やマイノリティーは排除されてきたという問題意識で、講演や議論がなされた。「そういえば、(男性の多い)喫煙所や飲み会、ゴルフの場で物事が決まることもある」といった気づきにつながったという。
男性の育休取得を促すには、 日本企業にいまなお残る、男性中心の組織文化・慣習・働き方にさまざまな角度から揺さぶりをかける必要がある。そのためには、各職場で実情を踏まえたセミナーや研修を行い、ときには社外の人を交えたイベントを行い、倦(う)まず弛(たゆ)まず議論を続けていくことが必要なのだろう。

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