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ソフトバンク「ペッパー」 愛嬌の裏、秘めた野望

人の感情読み取り 店や家、データ蓄積

「2001年宇宙の旅」、「スターウォーズ」、「ターミネーター」、「鉄腕アトム」、「ドラえもん」――。映画や漫画などSFの世界で活躍してきたロボットが現実空間に進出してきた。原子力発電所の復旧現場、最先端の手術室、昼夜問わずに注文を受ける通販会社の物流倉庫、介護の現場などに必要不可欠な存在。ロボットはどこに向かうのか。

「新しいケータイに興味はありませんか」ソフトバンクモバイルの旗艦店「ソフトバンク表参道」。愛嬌(あいきょう)のある笑顔のヒト型ロボット「Pepper(ペッパー)」が顧客を迎える。6月に配属された営業の即戦力。3台が疲れ知らずで接客し、子供からシニア層までが連日行列を作る。

ペッパーの特長は相手の表情の変化や声から感情を理解すること。血液型などの日常会話で切り出し、営業トークを織り込む手練手管を見せつける。店舗に寄った中原和恵(35)は「最近忙しいですかと心配されてドキッとした。映画で見たロボットが現実になった」と興奮する。

感情を理解する秘密は「クラウドAI(人工知能)」。カメラとマイクで相手の表情や声を読み取って無線通信「Wi-Fi」でデータセンターに各種情報を個人を特定しない形で蓄積。ビッグデータ分析を行ってペッパーの能力を毎日引き上げる。先週末から要望の多かった握手や記念撮影でのポーズを始めた。

近く朝礼に参加

副店長の上田晶子(29)は「ペッパーのおかげで来店数が1~2割も増えた」と笑顔を見せるが、実は喜んでばかりもいられない。クラウドなので能力は無限大。店舗の客足、販売員の営業成績も分析できる。近く朝礼への参加を始める予定で、ペッパーが販売員を指導する日は近い。

そんなペッパーが来年2月には家庭向けに19万8千円で発売される。「いつかは家庭生活のハブになるだろう」と話すのは開発リーダーの林要(40)。家電を遠隔操作して電力消費量を最小化するだけではなく、帰宅時に感情を読み取って「お疲れさま」や「グッドジョブ!」と声を掛ける世界を描く。

ロボットの歴史
1920年旧チェコスロバキアの作家カレル
・チャペックの戯曲で「ロボット」が
初めて登場
96年ホンダ、二足歩行の「ASIMO(ア
シモ)」の前身の「P2」を発表
97年ロボットチームがサッカー・ワー
ルドカップの優勝チームに勝つ
目標を掲げた「ロボカップ」が初
開催
99年ソニー、ペット型ロボット「AIBO
(アイボ)」発売
2012年米アマゾン・ドット・コム、米キバ・
システムズを買収
ソフトバンク、仏アルデバラン・ロ
ボティクスを買収
13年米グーグル、東大発ベンチャー
のシャフト、米ボストン・ダイナミ
クスなどを買収
14年介護ロボットのサイバーダイン、
東証マザーズに上場
15年ソフトバンク、ヒト型ロボット「Pep
per(ペッパー)」を発売予定

「家族の幸せのためのロボット」。ソフトバンク社長の孫正義(56)はこう説明する。確かに昨今登場しているロボットは、危険な事故の復旧現場や最先端の手術室、通販会社の物流倉庫など、いずれも人間の代わりに実務的な作業をする助っ人役だ。人間の感情の分野に切り込んだところが孫らしい。

だが、あるIT業界関係者は別の見方を示す。「ビッグデータ業界は皆このロボットに注目している。ペッパーは『トロイの木馬だ』」。ペッパーは眉毛の上がり方や目尻の下がり方で人が怒っているか笑っているかを理解する。例えば、店頭で何分まで待たせれば客は不機嫌になるか、不機嫌になった客はどんなプランを契約するか、あるいはその逆はどうか。

店頭だけではない。自宅にも何万、何十万台と投入されたペッパーが、スマートフォンからすべての生活ログを引き出し、膨大なデータを吸い上げる。感情を伴った情報は精度が高く「広告を打ったり、商品をすすめたり効果的なマーケティングができる」(同関係者)。

ギリシャ神話に登場するトロイの木馬は、木馬の中に乗り込んだ兵士たちが、敵に知られずに敵地深くに入り込む。もちろん、ペッパーは許諾なしに情報を取り込むことはないし危害も加えない。むしろ情報の対価に便利なサービスを提供する木馬なのである。

「家庭用ロボットのOSを握れ」。そんな孫の思いを受けて、9月にはペッパーのアプリ開発者会議を開く。ソフトバンクが次に描くのは家庭用ロボットをベースにアンドロイドの世界を侵食し、ソフトバンクのOSの世界を広げる構想だ。

そしてやはりロボットシフトを加速させているのがOSの巨人、米グーグル。米軍事用ロボット開発のボストン・ダイナミクス、英AI開発のディープマインド・テクノロジーズなどを相次ぎ買収した。

グーグルに対抗

グーグルがOSで培ったビジネスモデルをロボットにどう生かそうとしているのか、全体像はまだ明らかになっていない。だがソフトバンクの林はこう話す。「グーグルの世界はデータ蓄積をベースにした合理的な左脳の世界。ペッパーでは感情まで踏み込んで右脳の世界を構築したい」

ソフトバンクがペッパーの開発元である仏アルデバラン・ロボティクスを買収したのが2012年。グーグルは翌年、日本のヒト型ロボットベンチャー、シャフトを買収。国境をまたいだロボットベンチャー買収合戦となった。左脳のグーグル、右脳のソフトバンク。両者の対立軸が少しずつ鮮明になってきている。

その行方を左右するかもしれない意外なプレーヤーがいる。世界最大のEMS(電子機器の受託製造サービス)、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業だ。

鴻海進出、ロボ収益源に

董事長の郭台銘(63)は6月5日に東京都内で開かれたペッパーの記者会見会場に自家用ジェット機で駆け付けて、ペッパーの製造を請け負うことを表明した。「ロボット市場に他社と連携して進出する」。6月25日に台湾で開かれた株主総会でこう強調した。

一方今年の旧正月には、グーグルでロボット事業を率いるアンディ・ルービンを会食に招いた。鴻海は米国でロボットなどの開発投資を増やし、米マサチューセッツ工科大にエンジニアを派遣している。

鴻海がソフトバンクやグーグルに接近する理由は「ポストスマホ」だ。同社は米アップルと組みiPhone(アイフォーン)の製造を受託し一時代を築いた。だが鴻海幹部は「スマホの次と言われるウエアラブル端末は単価が安すぎてもうからない。パソコン以上の単価が見込めるロボットで収益力を向上させたい」と漏らす。

祖業生かしてポストスマホ

ソフトバンクやグーグルから見ると、ロボットを作れるEMSは鴻海しかない。鴻海はもともと金型が祖業であり、成型技術に優れ、「コンパル(仁宝電脳工業)など他のEMSには作れない」(ソフトバンク幹部)貴重な存在なのだ。

鴻海にとってロボットといえば、生産工程に導入することでコストを削減する手段だった。2011年には「ロボット100万台導入計画」をぶち上げたこともある。だが今や「ロボットEMS」を次の飯のタネに育てようとしている。=敬称略

■1977年スターウォーズで予見 通訳「C-3PO」活躍
 映画スターウォーズが公開されたのは1977年(日本公開は翌年)。映画の冒頭に登場するのが、このヒト型ロボット「C-3PO」と円柱型の「R2-D2」だ。黒沢明監督の「隠し砦の三悪人」(1958年)で、千秋実と藤原釜足が演ずる2人の農民の役柄を模したとされている。C-3POは様々な宇宙種族の間に入り通訳をこなす仲介役だが、おっちょこちょいで憎めない「感情のある」ロボットとして愛された。

(多部田俊輔、蓬田宏樹、田中暁人、比奈田悠佑、新田裕一)

[日経産業新聞2014年7月2日付]

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