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W杯でゴールラッシュ、FIFAが好アシスト

ワールドカップ(W杯)ブラジル大会もいよいよ大詰めを迎えた。残すは準決勝、3位決定戦、決勝のみだ。この大会、どこが優勝するにしろ、近年まれに見るハイレベルなW杯として、また、たくさんの素晴らしいゴールが生まれたW杯として、人々の記憶に残るのだろう。大会がそうした方向に向かったのは国際サッカー連盟(FIFA)のナイスな"アシスト"があったからだと私は思っている。

ゴール増の流れ、西村主審がつくる

ブラジル大会は準々決勝が終わった時点で159ゴールが生まれている。これは4年前の南アフリカ大会の145ゴール、8年前のドイツ大会の147ゴールを既に超えている。1998年フランス大会から参加チーム数が24から32に、試合数は52から64に増えたが、ゴール数の1大会の最多記録はそのフランスで刻まれた171(1試合平均2.67)だ。今回はその記録を16年ぶりに更新する可能性がある。

ゴールはサッカーの醍醐味である。スタジアムを訪れ、どの試合を見ても3点近いゴールシーンが見られたら、お客さんは喜ぶし、楽しいに決まっている。そういう意味でブラジル大会は競技面ではすでに成功を収めたといっていいだろう。

その流れをつくったのは誰か。いささかこじつけめくが、私は日本の西村雄一主審だと思っている。西村主審が開幕戦のブラジル―クロアチアで、ブラジルのフレジがペナルティーエリア内で倒されたのをPKにしたこと。これでドリブルする選手やボールを収めた選手を、軽く手を使って止めただけでも反則の笛が鳴ることが一気に周知された。エリア内で手を出せば即、PKになる。この「アナウンス」が攻撃優位の流れに大会を一気に持っていった気がする。

スピード持ち、仕掛ける選手に恩恵

特に恩恵を受けたのはスピードがあって、どんどん自分から仕掛けられる選手たち。オランダのロッベン、ブラジルのネイマール、アルゼンチンのメッシ、ディマリア、コートジボワールのジェルビーニョ、コロンビアのロドリゲス、ベルギーのアザールらはその象徴だ。DFたちの一瞬のためらいをとらえてドリブルでぐいぐい入っていける。

大会が進むにつれて、手を使った反則は最初ほどは取られなくなった。何らかの修正が働いたのかもしれない。だとしたら、私はそこに余計にFIFAの意図を感じるのだ。ゴールラッシュの軌道に大会を乗せる意図を。

FIFAの審判委員会は大会が始まる前にW杯担当レフェリーを一堂に集めてワークショップを必ず開催する。そこで今大会はどういうところを重点的に見ていくか、審判全員の頭にたたき込んでいく。大会が始まれば、随時、反則の傾向と対策を点検し、要注意人物らがリストアップされる。

ロッベンらスピードがあって、どんどん自分から仕掛けられる選手の活躍が目立つ=写真 上間孝司

「この選手は審判に隠れてこういう悪さをしている。それが見逃されることが多い。十分に注意するように」などと。リストアップされた選手がそのことを知らずに味をしめて悪さをすると、しっかり笛が鳴ってカードが出される。一般の人々が知らないところでレフェリーたちも常に研さんに励んでいるのだ。

開催国に審判委の情報伝わるメリット

日本と韓国が共催した2002年大会ではそういう情報が日本代表チームにもたらされるなどした。ワークショップを開催するのはFIFAの審判委でも、実際に運営するのは日本の組織委員会の人たちだから、その場で討議されたことで、日本に関わりそうな話はチームにそれとなく伝わってきたのだ。大会を自国で開催することの利は、単に地元のお客さんのたくさんの応援が得られるだけではないのだ。

日本で毎回W杯が開催できるわけではないから、こういうメリットにそうそう恵まれるわけではない。だからこそ、FIFAであるとか、アジアサッカー連盟(AFC)などの国際機関、大陸機関の各種委員会や理事などの要職に日本人を送り込むことはとても重要なのである。そういう人たちを通じていろいろな最新情報を随時収集できたら、それは代表チームにも有形無形のメリットをもたらす。

「手」の反則への厳しさ、知っていた?

試合の前から勝負は始まっているのだから、そういう重要性は日本のサッカーファンの皆さん、いや、日本代表のW杯の勝ち負けに国を挙げて一喜一憂する時代になった今では日本国民の皆さんに、もっともっと知ってもらいたいことである。

これは私の推測になるが、ブラジルはひょっとしたら、大会前に「手」の反則に厳しく臨む審判委の方向性を知っていたのではないか。それを踏まえて、フレジがクロアチアのロブレンに手をかけられた時にすかさず倒れたのだとしたら……。サッカーの情報戦とはすさまじいものがあると言わざるを得ない。

FIFAはW杯で得点を増やすために、これまであれこれ知恵を絞ってきた。オフサイドのルールを攻撃側有利に緩めたり、ボールの性能を変えてみたり。だが、そんなことより、もっと簡単な方法があった。反則を攻撃側が有利になるようにしっかりとることだったのだ。

駆け引きにたけるよりボール奪う訓練

もし、こういう反則の基準がW杯で今後も続くのなら、日本もそれに応じた選手育成を考えなければならないだろう。例えば、守備の選手は正当なチャージやタックルでボールを奪える選手でないと役に立たなくなる。真の守備能力が問われる。

この点ですごいなと思うのはドイツの選手たち。変なファウルをせずにボールを奪う訓練を積んできたことで価値がさらに上がった感じがする。逆にラテン系のイタリアやアルゼンチンのDFは、つかんだり引っ張ったりの駆け引きにたけているが、それが自分たちの首を絞めることになるかもしれない。

攻撃陣に目を向けるとスピードとドリブルの価値はさらに上がるだろう。敵が来る前から何も考えずにパスをしてしまうような選手は用を足さなくなるだろう。

ブラジル大会を見ていると、2列目の選手の速さ、運動量、ドリブル、プレスバックの強さが目につく。ボールがない時の運動量、仕事の質も驚くべきもので、翻って今大会の日本はそこが低すぎた。大会前からCBが弱いのは分かっていたのに、そのCBに負担をかけるようなサッカーをさせては勝ち目が薄い。

受けに回って消耗、振り回された日本

コートジボワール戦はその典型で、スタミナが持ち味の日本の良さを全く出せなかった。最初から受けて守るから、逆転負けを喫することになった。相手は筋肉量たっぷりのアフリカ勢である。パワーはあるが、持久性には難がある。なのに、日本が勝手に引いて受けに回ってくれたから、自分たちに都合のいいタイミングで適当に休みを入れながら「ブーン」「ブーン」と思い切ってエンジンを噴かすことができた。

そんなパワーをもろに受けて消耗し、振り回されたのが日本の最大の敗因だった。マラソンでいえば30キロすぎからペースをきゅっと上げられるのが日本の持ち味なのに、相手に合わせてペースを狂わせ、ラストスパートの切れ味まで失った。完全な試合運びのミスだった。

決勝トーナメント(16強)に残るようなチームがどんな戦いを披露しているかはテレビを見れば明らかで、私があらためて説明するまでもないだろう。とにかく選手は倒れるまで走っているし、戦ってもいる。足をつる選手が続出するほどに。

攻撃は丁寧にパスをつないで「チャンスがあればお邪魔します」というような悠長な代物ではない。ハードワークを連動させて突き破る、前の選手を追い越す、1人で70~80メートルくらいダッシュするのは当たり前という勢いでゴールに迫る。守る側も動かなくなった体を気持ちで動かして、詰めなければならない1歩を、1センチを、懸命に詰める、そういうサッカーである。

「ポゼッションがどう」「カウンターがどう」などという議論が机上の空論に思えるほど厳しい戦いがそこにはある。

1次リーグ敗退のスペインは、前回優勝チームならではの精神的な緩みを避けられなかった

スペイン、苦しいときに前に出られず

前回王者のスペインが1次リーグで敗退したのは、そういう厳しい戦いに立ち遅れた部分があったからだと思う。初戦でスペインを粉砕したオランダは4年前の決勝の雪辱の機会を虎視眈々(たんたん)と狙っていた。両者を対比したとき、今年に入って大会が始まるまでの半年をどう準備したかの差だと感じた。どれだけ初戦に合わせて努力したか。

用意周到に準備したオランダのファンハール監督に対し、スペインのデルボスケ監督はチャンピオンズリーグや国内リーグで疲弊した選手たちに休養を与えることくらいしかできなかったのだろう。シーズンの心身両面の疲弊をリカバリーできないまま大会に臨み、何とかやり繰りしながら乗り切ろうとしたが、体の切れで格段に勝ったオランダのカウンターをどうにも食い止められなかった。

時間をかけて熟成したスペインだから戦術的な共通理解はあった。しかし、優勝したチームならではの精神的な緩みはやはり避けられなかった。1センチでも1歩でも前に、苦しい時こそ前に出る。そんな精神エネルギーが枯渇していた。連覇するなら前回以上のエネルギーが必要だが、そんなものを充電する時間はなかったのだろう。

肉体の限界超え、ぶつかり合う精神力

刺激を求めてディエゴコスタら新しい選手を使ったが、それは最後のよりどころだった戦術の共通理解にもヒビを入れた気がする。負けるときはそんなものだろう。一度階段を下向きに転げ始めたら、どんな名将でも踏みとどまらせることは難しい。

W杯を見ながら、皆さんは、どんなことをお感じになっていますか。私は、やはりW杯とは、肉体の限界を超えたところで交わされる、精神エネルギーのぶつかり合いだなと、あらためて感じている。そんな戦いの頂点に立つのはどこか。空気が一番薄くなる山のてっぺんで、動かない体を、重い足を、一歩ずつ一歩ずつ前に運ぶ男たちの、すさまじい戦いが待っていることだけは間違いない。

(サッカー解説者)

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