会議の姿は芝居? 日本のフツー、外国人視点で見直す
多様なメンバーと働く 職場の対話術(5)

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日本の職場でも外国人社員がいる風景が、当たり前になりつつある。
第5回は、そんな職場の1つ、2021年4月に社名変更をしたソニーグループの取り組みを紹介しよう。
日本で働く外国人社員は、コミュニケーションにおいて、どんな違和感を抱いているか――。ソニーグループはここに着目し、19年から異文化コミュニケーションのワークショップを開いている。取り組みから浮かび上がった、外国人社員との対話で留意したいこととは。
知られていない「日本で暮らす外国人の悩み」
同社には、グループ全体の国内有志によるダイバーシティ組織「DIVI@Sony(ディビ アット ソニー)」がある。ソニーグループの社員で、都内にある拠点、R&Dセンターで働くドイツ人のヘンチェル・ミヒャエルさん(32)は、同組織のグローバルチームでリーダーを務めている。グローバルチームは、日本に住む外国人社員が働きやすい環境づくり、社員のグローバルマインドの醸成を目指す。
ミヒャエルさんはあるとき、日本語学校の先生と話すなか、多くの日本人が日本で暮らす外国人の悩みについて知らないことに気づいた。そこから、「互いの理解を深める活動をしたい」とDIVI@Sonyのメンバーに手を挙げた。
20年度、異文化コミュニケーションワークショップを開くにあたり、ミヒャエルさんはある仕掛けを考えた。自身や同僚外国人の体験をもとに綴(つづ)った「ある外国人ステファンの日記」を材料に、議論をしようと考えたのだ。
まずはこの日記の一部を紹介しよう。
「アニメの1シーンを体験しているようだ」

和やかな雰囲気のなか、メンバーはリラックスして最近の流行や家族の話などをしていた。そのなかで男性社員らが自分のことを「俺」と呼んでいるのが聞こえてきた。語尾は、「そうだよね」とか「美味(おい)しいね」など、「よね」や「ね」が使われている。
初めて耳にする日本語で驚いた。メンバーとはビデオ会議で顔を合わせてきたし、ビジネス日本語も学んできて会話に不自由はなかった。しかし、こうした会話は初めてだった。「アニメかドラマの1シーン」に飛び込んだような気持ちになった。
21年2月17日と25日、DIVI@Sonyはオンラインでワークショップを開いた。
テーマは「フォーマルとインフォーマルのコミュニケーション」。日本オフィスに勤める外国人社員、日本人社員ら計70人が参加した。
同僚らの体験集めた「ある外国人の日記」からクイズ
「ある外国人ステファンの日記」は、ここで使われた。参加者同士で議論するにあたり、まず冒頭の飲み会体験が紹介された。
今回のテーマの本題は、ここからである。ステファンさんの物語は、こう続く。
飲み会の翌日午後、他部署を交えての会議があった。

発表者は他の参加者とアイコンタクトを交わすことはなく、自由な発言もほとんどなかった。会議は録音も録画もされておらず、会社として正式なスピーチを要求されているわけでもない。
混乱してしまった。
物語がここまで紹介されたところで、参加者に問題が出された。
選択肢として、以下4つが提示された。
2)日本人はプライベートでは仲良くなれるが、仕事の人間関係は実はよくない。
3)みんなが初対面のふりを演じるお芝居をしている。
4)日本ではフォーマルな場では敬語の間違いをしてはいけないので、みんなが緊張している。
ワークショップの参加者はそれぞれ意見を出し合い、笑いあり、突っ込みありで、大いに盛り上がった。
会議の光景、「初対面のようなふり」に映る
一通り意見が出たところで、主催者であるDIVI@Sonyのメンバーから答えは3番だと明かされた。「ステファンの日記」から、心情が次のように説明された。
◇ ◇ ◇
ステファンは、会議では皆が事前に用意した台本を読み上げているようで、芝居のような印象を受けた。
既に親しい間柄なのに、なぜ急に改まった話し方をするのだろう。なぜ皆、初対面のようなふりをするのだろう。「公式」の場で改まった言葉を使うと、その人の感情が見えなくなってしまう。形式的な印象を受ける。しかし、日本人は誰もそれを「奇妙」なこととは思っていない。
ドイツでは一般的に、社内のプレゼンテーションでも、部門全体のミーティングでも、メールでも、文体を変えることはほとんどない。互いに見知った者同士では、カジュアルなコミュニケーション・スタイルだ。
日本でも、公式、非公式の使い分けなどせずに、親しい間柄ならカジュアルにコミュニケーションをとればいいのではないかと思ってしまう。
◇ ◇ ◇
日記を綴った設定の「ある外国人ステファン」は、日本人のコミュニケーション・スタイルをみて、このように「奇妙」な感覚を抱き、疑問を持ったのである。

ワークショップに参加したソニーのソフトウエア技術部門のエンジニア、中国人社員の張伊喆(チョウ・イテツ)さん(30)は、分かるなあと頷いた。
張さんもまた、居酒屋に上司や同僚と飲みに行ったところ、いつもは冷静沈着な上司がハイテンションになり、最後にハイタッチを求めてきて面くらったという。
公私で上司や同僚の振る舞いが大きく異なるため、「相手との距離感をつかみづらい。親しみをもっての表現がどこまで許されるのか分からない」と戸惑いを見せる。先日も課長との1on1面談で、うっかり敬語を使わず話してしまい「失礼だったかな」と終了後に気になったという。
日本人にとっては、職場の飲み会とオフィスでは、会話のスタイルが違うのは当たり前。そんな「当たり前」は、外国人社員にとっては「奇妙」なことに映る。ワークショップの議論を通して、多くの人にとっての気づきとなった。
心地よい名前の呼ばれ方、実は相手次第で異なる
もう1つ、盛り上がった話題がある。外国人社員の名前の「呼び方」である。
「外国人社員は、自分の名前をどのように呼んでもらいたいと思っているでしょうか」
こんな問いかけを受けて、参加者から様々な声が上がった。
「欧米人はファーストネームで呼ぶことが多いけど、アジア系の人はたいていファミリーネーム(苗字)で呼ぶのが一般的だと思います」と、ある日本人社員。
「中国では、(自分の名前を例にすれば)『張伊喆』とフルネームで呼んで、『さん』をつけないのが一般的です。日本では私の場合、『張さん』か『伊喆さん』。どちらで呼ばれてもいいです」。前出のソフトウエア技術部門のエンジニア、張さんは母国の状況も紹介しつつ、こう発言した。
これを受けて今回のワークショップの講師、日本語教育研究所理事の鈴木有香さんは、こう解説をした。
「アメリカ人でも、ファミリーネーム(苗字)で呼ばれたほうがしっくりくるという人も中にはいる」

「アジア系の人の中には、ファミリーネーム(苗字)で呼ばれて寂しいと思う人もいる。日本人の社員は、アメリカ人には親しみを込めてファーストネームで呼びかけるのに、アジア系の人にはそうしない……。そのため、アジア系の人たちが日本人から少し距離を置かれていると感じることもある」
参加したソニーグループ、グローバル経理センターの佐藤美和さん(41)は、外国人社員と仕事をすることが多いが、ハッとした。「その人によって心地よい呼ばれ方は違うのですね」。早速職場で、どんな風に呼んでもらいたいのか、本人に直接確認するよう心がけているという。
日本人はどう映る? 異文化の視点を理解し対話を
今回の異文化コミュニケーションのワークショップは、日本人社員の言葉や振る舞いのどんな点が、外国人社員にとって「奇妙」に映るのか、「違和感」を抱かれるのか、社内で共有することで「異文化理解」を進めようというもの。
ワークショップのテーマは、17年に日本オフィスで働く外国人社員向けにDIVI@Sonyが行ったアンケート調査を参考にしている。具体的なシーンは、先述したように外国人社員の実体験をもとに設定された。

ワークショップは、DIVI@Sonyが物語、そして質問と答えの選択肢を用意して、参加者が意見交換をしながら答えを探っていくというゲーム形式で進められた。現実の課題を踏まえた設定、そして進め方の工夫によって、参加者は楽しみながら議論を深めることができた。対話を促す、活性化する仕掛けづくりも重要なことが分かる。
参加した佐藤さんは「日本人は外国人社員に対して気を遣い過ぎか、あるいはまったく(思いに)気づかないか。両極端に振れているのではないか」と考えた。
中国人社員の張さんは、設問に対する答えが、同じ国籍の社員であっても人それぞれであったことから「国籍によるステレオタイプで、相手を決めつけてはいけない。人にはそれぞれ個性がある」と改めて感じたという。
1)飲み会と会社など、場面によってコミュニケーション・スタイルが変わることに戸惑う外国人も。互いに心地よい会話体を探る
2)「呼び名」に象徴されるように、同じ国籍でも感じ方はさまざま。思い込みを排して、個々人の個性に着目する
3)外国人社員の「違和感」を見える化して、日本人の「当たり前」を問い直す議論の場を設ける
外国人社員が日本人とのコミュニケーションの中で、何を「奇妙」だと感じるのか、これを「見える化」して、対話の場を重ねていくことで、互いの背景にある文化やバックグラウンドの違いが少しずつ見えてくるのだろう。

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