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花より実ですよね? リアリスト監督の本音

1回戦を終えたワールドカップ(W杯)の決勝トーナメントは、どの試合も気の抜けないものになっている。南米勢はアルゼンチンを除く4チームが同じブロックに押しこめられてつぶし合い。それを横目で眺めながら、欧州の大国がそろりと歩を進めてきた気配がある。オランダ、フランス、ドイツである。

大国内部の分厚い底力、あらわに

オランダはメキシコを、フランスはナイジェリアを、ドイツはアルジェリアをそれぞれ退けた。どこも強い。楽な試合はどれ一つなかったけれど、それなりに歯応えのある相手とぶつかって、大国の内部に埋もれていた分厚い底力があらわになった気がする。

亡くなったプロレスラーの三沢光晴さんにインタビューをしたとき、「相手の技を受けきってこそ本当の強さ」という話を聞かされた。痛くてもやせ我慢、それが男の生きる道。「おまえの技じゃ俺を倒せないと分かっただろう」とタフガイぶりを誇示してから、満座のお客さんが期待するお約束の技で仕留めるのが強者のあるべき姿なのだそうである。特にフランス、ドイツからはそういう横綱相撲に近いものが感じとれた。

どの試合も、前半は五分五分の主導権争いに見えた(あ、でも前半のオランダはメキシコにボールを渡して「受けの強さ」ばかり誇示していましたね)。だがやがてボールの争奪戦で欧州勢に分が生じていった。四つに組んでこそ伝わる地力の違いが、あらがう気力を萎えさせる。終盤、本気で点を取りにいったときの容赦のなさがまたすごい。ボールが相手ゴールのなかに入るまで休まないのである。

音を上げ、散りざまは「満腹負け」

ブラジルに来てから肉料理シュラスコのレストランへ3度ほど行ったが、お店の人がそれぞれ受け持ちの肉持参で列をなしてお客のテーブルを襲ってくる。あの大攻勢には毎度30分と持たずに降参させられた。日本人の胃袋に、あれをまとめてレシーブできる「受けの強さ」はない。3大国の攻勢にも「もうおなかいっぱいです」とお客をギブアップさせるボリュームがあった。

「ベンゼマ(フランス)でございます。脂の乗ったところをお召し上がりください」「ロッベン(オランダ)でございます。素早いうちにどうぞ」「ミュラー(ドイツ)でございます。生きがいいので躍り食いがよろしいかと」

これを繰り返しやられれば、それは誰だって音を上げる。ナイジェリア、それとドイツ相手にたっぷり120分を戦ったアルジェリアの散りざまは「満腹負け」と呼ぶのがふさわしい。

ただ、メキシコだけは、もっと頑張れたんじゃないかなあ、と正直なところ思った。前・後半の途中に給水タイムが設けられた酷暑のフォルタレザで、慎重に守りを固めるオランダの人垣の隙間を通して、ドスサントスの難度の高いシュートが決まった。この先制点を幸便に、メキシコはボールと一緒に主導権を明け渡してしまった。1次リーグではブラジル相手にボールを離さずミドルシュートをどかどか打ちまくっていた、あのメキシコが――。

スナイダー(左)に指示を出すオランダのファンハール監督は戦術家=写真 上間孝司

カウンターサッカーの気分横溢

先制点を挙げたのは48分で、守りを固めるのは早すぎた。負ければ帰りの航空券を買うしかない決勝トーナメントで先制点に恵まれた者は「この1点を守りきって生き残りたい」という誘惑に抗しえなくなるものらしい。

それもかなわず88分に追いつかれ、後半追加タイムにロッベンを倒してPKを進呈した。一度ダウンを奪ってからガードを固めたボクサーの、最終ラウンドでのKO負けだった。おしまいのジャッジはちと酷な気がしたけれど、ボールを手放したときがメキシコの太陽の沈むときだったのだ。

メキシコの敗退を惜しむのは、このチームがマイボールを大事そうに抱え込む、いまとなっては少数派の人たちだったからだ。クラブシーンではポゼッションサッカーの極北をきわめたFCバルセロナが退潮の気配をみせている。それと二重写しでスペインが派手に没落した今大会は、何となくカウンターサッカーの気分が横溢(おういつ)している。

オランダに攻防一体の躍動感なく

その波頭に立って、トロフィーに手を伸ばそうとしている群像のひとりにオランダのファンハール監督がいる。後半、メキシコに攻撃のフルコースをふるまったのは追いつめられたから仕方なくそうしたというだけで、終始攻めっ気にあふれたドイツやフランスとはそこが違う。戦術オタクの素養たっぷりのこの監督は本来、それほど気前のよいタチではない。お客に出がらしの茶を出して平気な顔でいる。花(ボール)なんぞそっちにやるから実(ゴール)だけこっちに寄越せ、と思っている。なかなかに吝(しわ)いお人なのである。

オランダの場合、ロッベン、ファンペルシー、スナイダーという攻撃陣3人の高い能力こそが、監督に慎重策を採らせているのかもしれない。3人だけで点を取ってくれるのなら、監督は安んじて自陣の戸締まりに気をつけていればよい。残り8人を攻めに回す必要はいささかもない。本陣を深めに構えたほうが、敵陣にスペースができてロッベンのドリブルも生きる。それで勘定は合っているし、勝ってもいる。けれどかつてのオランダが具現した攻防一体の躍動感はそこにはない。リスクを冒していないのだ。

何となく不公平な気がするのは、そのオランダが優勝に一番近いようにみえることである。難所のメキシコ戦ですんでのところで敗退を免れ、それどころか炎天下での延長戦も回避した。次に当たるのは、ギリシャと120分(しかも50分以上は10人で!)を戦った格下のコスタリカ。これは勝つでしょう、いくら何でも。

アルゼンチンのメッシ(右)らボール扱いが達者な選手は希少種=写真 浅原敬一郎

人、チームそれぞれにふさわしい柄

カウンターにはカウンターの美しさがあって、人とボールが敵陣の"空き地"をつたって超速でゴールへ殺到する眺めには独特の陶酔を伴う。そもそもボールとスペースはサッカー永遠の二律であり、どちらが正しいというものでもない。それでもギリシャやコスタリカのような弱者の窮余の策ならともかく、オランダの守備固めはいただけない。たとえロッベンの一騎駆けという余得が伴っていたとしても。戦力充実の巨人やソフトバンクがちまちま送りバントばかりしているようで。サッカーにも野球にも、人それぞれ、チームそれぞれにふさわしい柄というものがある。

サッカーボールというのは、トランプのジョーカーやマージャンのドラと似たような二面性を持っている。最強の切り札であると同時に、ときには他人に押しつけたい"ババ"にもなる。長く自陣深くに抱え込んでいると、とんでもない災厄のもとになる。だからできるだけ自分たちの前に置く。自分のゴールから遠ざける。ファンハール氏に代表されるリアリスト監督の戦略の根幹もそこにあるのだろうが、でも選手たちはどう思っているのかな?

物言わぬボールの意思読み取ると…

みんな少年時代はボールと戯れるのが楽しかったはずなのに、大人になったら相手エンドに大きく蹴ってボールを押しつけ合っている。邪魔者扱い(?)されたボールが仲良くお付き合いしているのはロッベン、メッシ(アルゼンチン)、ネイマール(ブラジル)、ディマリア(アルゼンチン)、それと新鋭ロドリゲス(コロンビア)くらいにみえる。

ボール扱いの達者な彼ら希少種は、希少種ゆえに目立ってみえる。個人が組織に埋没せずにこれほど輝くのは近来のW杯には珍しいことで、そこに物言わぬボールの意思を読み取れないものでもない。

「僕に優しくしてくれた人には、僕も誠意を尽くします」(ボール談)。案外、これが真相なのではないか。

(阿刀田寛)

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