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日本ハム・上沢、力感のない剛速球の恐ろしさ

剣豪小説に出てくる居合抜きの至芸とでもいおうか。打者が「切られた」と意識するまもなくバッサリ、という背筋が寒くなるような投球で頭角を現したのが、日本ハムの3年目、上沢(うわさわ)直之(20)だ。「力感がないのが持ち味」といい、何食わぬ顔で打者を打ち取っていく脱力投法の神髄とは……。

6、7分のキャッチボールのごとく

6月8日のセ・パ交流戦、対中日。序盤3人ずつのパーフェクトに抑えていた上沢が五回1死から制球を乱した。5番森野将彦に四球を与える。続く和田一浩に初安打となる中前打を許す。7番平田良介は右飛に打ち取ったものの、8番谷繁元信に再び四球を与えて2死満塁。中日は代打の切り札、小笠原道大を送ってきた。

パーフェクトゲーム一転、最大のピンチ。しかし、上沢は自分を見失っていなかった。カウント1ボールから、ポンポンと直球でストライクをとる。球速をみれば138キロ、140キロ。びっくりする速度ではない。ましてやストライクをどんどん振っていく小笠原なら当然打ちにいくような球だった。

ところが振らない、というか振らせない。そこに上沢の真骨頂があった。

「あそこで打たれたら水の泡なので、強い気持ちで投げた」と振り返るが、心中とは裏腹にフォームは「本気で投げているのか」と突っ込みたくなるほど力感がなかった。せいぜい6、7分程度のキャッチボールの投げ方にしかみえない。そこに小笠原も欺かれたのだろうか。

フォームと球の威力にギャップ

「力感のないところから、ぴゅっとボールが行くのが僕の持ち味。リリースの瞬間(指先からボールが離れる瞬間)にだけ力を伝えることを意識して、ストレートでも変化球くらいのタイミングで投げている」

こうして投じられた138キロ、140キロの球は球速表示以上の威力があり、一瞬小笠原も差し込まれ、動けなかった。

リリースまでは力を抜き、その一点に力を込めるのはどんな投手にも共通する投球の要諦だろう。しかし、ここまでフォームと実際の球の威力のギャップがあるタイプは珍しい。

たとえば大きな車両のような物体がこちらに向かってくるとする。最初は古いボンネットバスにみえたものが、よくよくみたら新幹線だったというくらいの衝撃を、代打で初めてその球に遭遇した小笠原は受けたのかもしれない。

最後は直球で二ゴロに。144キロながらバットが折れそうなくらい詰まらせており、上沢の完勝だった。

この難所を乗り越えると、あとはまた無安打行進で、結局7回1安打、無失点で降板した。これで5勝で並んでいた大谷翔平を1つ上回り、チームトップの6勝目となった。

入団時に「松戸のダルビッシュ」

「完封させてやりたかったけど、無理はさせられない。でも完投するときというのは自然にそういう流れになるもので、それはもうそこまで来ている」と栗山英樹監督は話した。リズムよく投げて抑えていれば自然に完投の流れになる。そうした投球ができるのももう時間の問題のようだ。

ひところ続出した「○○のダルビッシュ(日本ハム―レンジャーズ)」の一人だ。陸奥のダルビッシュが大谷(花巻東高)なら、埼玉のダルビッシュは中村勝(春日部共栄高―日本ハム)。房総のダルビッシュが誠(相内、千葉国際高-西武)で、藤浪晋太郎(大阪桐蔭高-阪神)は浪速のダルビッシュ、国吉佑樹(熊本・秀岳館高―DeNA)が熊本のダルビッシュ。

長身でちょっと甘いマスクであればみんなダルビッシュ、とは多少安易な気もしないではないが、専大松戸高からドラフト6位指名で入団したとき、上沢は「松戸のダルビッシュ」と呼ばれていた。多くの「第2ダルビッシュ」のなかで、藤浪や大谷とともに上沢もその背を追いかけるだけの実力を示しつつある。

若くして脱力投法の極意を体得

その脱力投法についての栗山監督の解説はこうだ。「力を入れっぱなしだと、力は(肝心なところで)入らない。全力で大声を出し続けたら息が切れる。ジャンプするときだって1回しゃがむ。目いっぱい力を入れるためには1回抜かないといけない」

力を抜くということはベテランでも悩む永遠のテーマだが、上沢は若くしてその極意を体得しているようにもみえる。

昨年後半にはもう脱力投法の片りんをうかがわせ、1軍で通用する実力を備えていたが、首脳陣は我慢して使わなかった。「使いたかったけれど、そこはウチの育成システムに乗せた」と栗山監督は話す。

細かいマウンドさばきも磨き込み、準備万端整えての1軍デビューとなった4月2日のソフトバンク戦。プロ初登板初先発で堂々の投球を展開し、相手強力打線を6回3安打1失点に抑えて初勝利。衝撃のデビューだった。

「あとがない」と思い詰めて登板

順調に勝ち星を重ねた上沢も、8日の中日戦の前は足踏みしていた。5月9日のオリックス戦で勝ったのを最後に、短いイニングでの降板が続いていた。4回3分の0で3失点(5月15日、対西武)、5回4失点(同23日、対DeNA)、2回3分の1で4失点(6月1日、対阪神)。

3試合連続打たれて迎えた中日戦は「あとがない、と。ここで(変な投球を)やらかしたら、ファームに落とされるかな。何ゲームもチャンスをもらえるほど甘くない」と思い詰めての登板だった。

この1カ月の不振を栗山監督は「怖さを覚えてきたのかな」と見ていた。データをとられ、研究されることで、威勢のよかった新顔の選手も必ず壁に当たるときがくる。小笠原との対戦はその壁を破るために与えられた試練だったのかもしれない。

「持ち味は何」1カ月の自問に答え

「小笠原さんのときの直球も、変化球みたいなタイミングで投げた。リリースの瞬間まで力を入れないように」と話した。「僕の持ち味は何だろう」と1カ月自問自答し続けた。その答えが出た瞬間だった。

栗山監督も「だいぶ前に進んだね」と話す。再び歩み始めた上沢は「もっと力感をなくさなくては」。自信という力がつけばつくほど、気張らなくて済む。交流戦が終わり、同じ相手と2度目、3度目の対戦となったときも相手打者の目を欺くことができれば、脱力投法はいよいよ本物ということになる。

(篠山正幸)

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