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飛ぶボールの歴史が教えること

プロ野球のボールが飛びすぎの状態になっていた問題は原因究明も済み、検査をクリアしたボールも確保でき、29日の試合から"正常化"される。昨年来の低反発球を巡る混乱もあって大騒ぎになったが、歴史をたどるとこの程度の間違いはまだ罪がない方かもしれない。

乱打戦に「飛びすぎやな」と上田さん

「ちょっと飛びすぎやな」。かつて阪急(現オリックス)を率いて日本シリーズ3連覇を果たした名将、上田利治さんが神宮球場の解説者席でつぶやいたのは4月5日、阪神の攻撃でマット・マートンのふらふらと上がった打球が右翼スタンドに入ったときだった。この試合、2発を含む3安打7打点と暴れたマートンは、翌日も3ランホーマーを含む4安打で4打点と固め打ちした。

マートンほどの実力者ともあれば、打って不思議ではない。しかし「プロ」の目には、やはり球が飛びすぎだとみえた。日本野球機構がボールの検査結果を公表したのが10日。そのとっくに前からネット裏を含め"現場組"は肌感覚で異変をかぎとっていたのだ。

このヤクルト―阪神3連戦で阪神は28点、ヤクルトは25点を挙げた。シーズン当初多くみられた乱打戦に、ボールが一枚かんでいたらしい。

日本車両検査協会とプロ野球の関わり

ボールの反発係数が問題となるなかで、あまり耳慣れない「日本車両検査協会」という団体が出てきた。この団体は軟式野球のボールなどの安全性試験も行っているが、もともとは車やバイク、自転車の本体や部品について、安全性や環境性能をテストすることを本業としている。

そもそもこの団体がプロ野球のボールに関わるようになったのはなぜか。そこをたどっていくと、飛ぶボールの歴史がみえてきた。

同協会東京検査所の小野田元裕所長によると、プロ野球のボールに関わり始めたのは1975年ごろだったという。詳しい経緯は不明だが、この前年にボールの革が、供給不足となった馬革から牛革に切り替わっており、素材変更に伴いボールの検査を請け負った可能性がある。

この5年後、日本車両検査協会がより深く、プロ野球に関わるきっかけとなる"事件"が起きた。

80年4月8日のパ・リーグ、近鉄―ロッテ1回戦。近鉄の平野光泰が五回に三塁打を放つ。このボールをロッテの選手が調べると、コミッショナーが公式球として認めた証しの検印がなかった。来歴のはっきりしない謎のボールが呼んだ波紋は大きく、ロッテはルール違反ではないかと訴え出た。さらに調べていくなかで、一部メーカーのボールに飛びすぎるものがあり、セ・パ両連盟と下田武三コミッショナーがバラバラだったボールの規格統一に動く――。

古い出来事だが、主語を入れ替えればそのまま今の状況説明にもそっくり使えそうな話ではないか。

ゴム芯、コルク芯…巻き糸もばらばら

当時はなんと9つのメーカーが公式球を納入し、球団が選べる仕組みになっていた。製法もゴム芯あり、コルク芯あり、巻き糸もてんでばらばらということで、飛び方にもバラツキがあった。本塁打乱発の空中戦を「不確定要素が強まる」として好まない監督は飛びにくい方を選ぶということもあった。

現在のプロ野球はミズノが1社提供するいわゆる統一球を使っている。加藤良三前コミッショナーが主導してボールを統一した背景には、ふぞろいのボールが長年にわたりさまざまな疑義を生んできたという事情があった。

かつては反発力の計測自体、一定の高さから大理石の上にボールを落として、跳ね上がり具合を見るというごく大ざっぱな方法だった。近鉄―ロッテ戦で浮上した問題を機に、検査方法から見直して、ボールの反発力を科学的に管理しよう、という流れになった。

ホームラン性の飛球で10メートルの差

そこで登場してくるのが日本車両検査協会。コミッショナーの委託を受け、反発力を数値化するため、ピッチングマシンを使い、鉄板にボールをぶつける実験を採用した。跳ね返る前の球の速度と跳ね返ったあとの球の速度を比べる。これは現在も行われている検査法の原型となっている。

この検査の結果、驚くべき結果が出た。飛ぶボールと飛ばないボールでは100メートル級のホームラン性の飛球で10メートルもの開きがあったのだ。今季のボールは飛びすぎといっても、100メートルの打球で60~70センチ伸びる程度とされているから、当時のボールの飛び方はケタが違っていた。

日本野球機構が公開した日本車両検査協会のボール反発係数測定器

検査結果を受け、球界はボールの製法の統一に向かうが、複数社供給という根本の課題は各社の死活問題に関わることもあり、解決できないままだった。

イニングの裏表で違うボール使用?

飛ぶにしても飛ばないにしても、その試合のなかで一貫して同じ社のものが使われていれば、試合の公平性は保てる。しかし、ホームの球団が恣意的に守るときは飛ばないボール、打つときは飛ぶボールに替えられる、ということになってくると事は重大だ。

80年当時、ロッテがわざわざボールを調べてくれと言い出したのは、イニングの裏表で違うボールを使っているのでは、という疑心暗鬼をどのチームもお互いに抱いていたからだ。

上田さんも2社のボールを使っているチームと対戦する前に、ボールの管理場所に出向き、試合前にくぎを刺したことがあったという。「今日はどっちのボールを使うんや。こっちだったらこっちだけにしてな」と。

プロ球界には野球の華といえる本塁打を求める潜在心理があるのだろうか。球団経営者の間でも「ある程度本塁打が出てくれないと、しけた試合ばかりになってお客にそっぽを向かれる」という意識がどこかにある。

川上ら強打者、日米の球を巡り座談会

こうした心理が関係しているかどうかはともかく、飛ぶボールが古い歴史をもっているのは確かだ。セ・パが分立する50年前後にはラビットボールという球が登場。50年に小鶴誠(松竹)がシーズン51本塁打の記録を作った背景にはこのボールがある、という指摘もある。

50年の新春特別号として刊行された「ベースボールニュース」という雑誌に面白い座談会が載っている。

司会 ボールは確かに去年(48年)より飛びますか。

藤村 飛びますね。

川上 飛びすぎるよね。大阪で使うボールは、ほんとに飛びすぎる。ボールを統制すべきだね。ホームランは別にしてもね、関西でやったほうが、ぼくらはヒット数がずっと多い。東京より大分違うのですよ。(中略)

司会 この間のシールズ軍のアメリカン・ボールと比較して、やはり相当に違いますかね。

川上 違いますね。もう相当な違いですよ。丁度(ちょうど)戦争前の球を使っているようでしょうがなかった。打っても飛ばないしなあ。そういう感じがしたね。

西沢 打ったら手応えがあった。

小鶴 押され気味です。軽いバットを使ったら全然ダメです。

司会 重いバットを使えばふりが遅れるでしょうしね。サイズもいくらか違うのですか。

西沢 感じが大きい。

藤村 だからシールズが帰っていまのわれわれがいつも使うボールを使うと、ボールをほうっても、非常に伸びがあるのですよ。あの(アメリカの)ボールは、ほうっても伸びがないし、スッと落ちるような気がした。打ってもせいのないことといったら話にならないね。

川上 たまげたね。球が重かったね。日本のボールでやったら(シールズにもっと)バランバランにやられている。

川上は川上哲治(巨人)。西沢は西沢道夫(中日)、藤村は藤村富美男(阪神)、小鶴は小鶴誠で、「日本の代表四強打者の打撃の座談会」として掲載されたものだ。49年に3Aのサンフランシスコ・シールズがやってきて、日本は0勝7敗とやっつけられた。それを受けたあとのオフに行われた座談会。日米のボールの違い、さらには日本国内でもボールの質に変化があったことが生々しく語られている。

飛びの強調しすぎは打者の名誉に影響

革や糸など自然の素材を使うボールには野球が産声をあげた時から、飛びすぎ、飛ばなさすぎの問題がつきまとっていたことだろう。

飛んでも飛ばなくても、試合の公平性が保たれている分には悪くないが、問題は打者の名誉だろう。あまりに"飛び"が強調されると、せっかくの快打がインチキホームランのように思われる。小鶴は飛ぶボールか否かにかかわらず、日本を代表するスラッガーだったし、昨年、シーズン本塁打記録を作ったヤクルト・バレンティンも球界きっての飛ばし屋であるのは誰しもが認めるところだ。

実力者の立派な記録が色眼鏡で見られないようにするためにも、ボールが主役になってはならない、と歴史は教えてくれている。

(篠山正幸)

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