2018年2月20日(火)

ランナー集まれ

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タイムも目的も忘れて享受、走ることの楽しみ
編集委員 吉田誠一

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2014/4/14 7:00
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なぜ人は走るのだろうか

なぜ人は走るのだろうか

 2月9日の愛媛マラソンを3時間25分28秒で終えてから、ランナーとしてはダラッとしてしまっている。人間として、社会人としてダラッとしているわけではないが、ランナーとしての心が燃えてこない。

 ハーフマラソンの自己ベストでも狙ってみようかと考え、大会にエントリーしたが本気になれない。5月18日の洞爺湖マラソン(フル)にも申し込んだが、トレーニングに打ち込めない。私にとっての今シーズンはほぼ終了という状態で、走りに出ても「何のために走っているのだろう」という疑問が生じ、集中できない。

速くなるため、いい記録出すため?

 6~7月にはサッカーのワールドカップ(W杯)の取材を控えている。事前取材も合わせると2カ月近く日本を離れる。その間はまともに走れないと予想がつく。いま懸命に走っても、どうせ6~7月に穴が空き、蓄えたものがパーになる。だから本気になれないのだろう。

 問題なのは「なぜ走るか」という動機にあるような気がしている。走っている以上、速くなりたい。記録を伸ばしたい。2年前の東京マラソンで3時間16分2秒を出して以来、記録の更新がストップしているから、なおさらそう思うのかもしれない。少々、焦っているのかもしれない。

3月下旬に訪れたロンドンのケンジントンガーデンズの中を幻想的なモヤが流れていく

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 いつからなのかはっきりしないが、私は自分のランニングの時間を「トレーニング」と認識し、そう呼ぶようになってしまっている。気持ちが弱いゆえ、すべて実践できるわけではないが、トレーニングをプランニングする。ゆっくり長く走る日なのか、速く短く走る日なのかを区別する。

 すべては速くなるため。いい記録を出すため。そのために日々、トレーニングをする。完全なシリアスランナーに比べれば、すきだらけ、緩すぎではあるが、意識としては自分を鍛えるためのランニングであり、常に次のレースのタイムを念頭に置いている。

 この動機に問題があるのではないか。日々のランニングが目的化してしまっている。受験勉強のような状態になってしまっている。

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