2019年7月19日(金)

さらば大量輸送時代 ジャンボ最終便、羽田に到着

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2014/3/31 18:13
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 国内の旅客航空会社が保有するボーイング747型機が引退の日を迎えた。全日本空輸(ANA)の最後の1機が31日午後、那覇発の最終フライトを終え羽田空港に到着した。最大500人超の乗客を一度に運べる巨大な機体から「ジャンボ」の愛称で親しまれ、1970年に就航してから150機以上の747が日本の空を飛び交った。飛行機による出張や旅行を身近なものにした功績は大きい。
 一方で最近は燃費の悪さや騒音問題などから徐々に活躍の場が減少。日本航空(JAL)が11年までに全機を退役させるなど、航空各社は高燃費でより燃費の良いボーイング777型機や小回りがきき各地の空港に飛ばせる中型の同787型機や同767型機などを重宝するようになっていった。747が姿を消す31日は、単に航空機の世代交代が進んだだけでなく、高度経済成長期以来の大量輸送時代が一つの転機を迎えた日として歴史に刻まれる。

乗員や乗客それぞれの思いを乗せラストフライト。ジャンボ機最後の一日に密着

乗員や乗客それぞれの思いを乗せラストフライト。ジャンボ機最後の一日に密着

那覇発羽田行き、NH126便。最後の1機となった登録番号「JA8961」のボーイング747型機は、満席となる569人の乗客を乗せ東京湾上空で高度を下げていった。向かう先に見えてきたのは羽田空港だ。新造機としてボーイングからANAに引き渡されて以来、21年間ホームグラウンドとしてきた縁深い場所に同機は降り立とうとしている。

主脚が走り慣れた滑走路を捉えると、乗客の間から万雷の拍手がわきおこり機内に響き渡った。「20世紀と21世紀をつなぎ世界に羽ばたいてきたジャンボを今、皆様の心の中に着陸させていただきます」。感極まった声の客室乗務員のアナウンスが流れる。定刻より13分遅れの午後3時13分。ジャンボは日本の空での使命を終えた。

ラストフライトを終え羽田空港に到着したボーイング747型機(31日)

ラストフライトを終え羽田空港に到着したボーイング747型機(31日)

「ジャンボは80年代以降の当社の成長を担ってくれたし、当社が太平洋を越え北米に路線網を展開する上で欠かせない飛行機だった。通算35年、大きな事故も起こさず第一線で活躍してくれ感無量だ」。ANAの篠辺修社長は、到着後の羽田空港で行われた引退セレモニーでこう語った。実は篠辺社長自身、若かりしころにエンジニアとして747の整備項目を決めるためにシアトルに行くなどジャンボとの深い思い出がある。「私を成長させてくれた機体でもあった」として長年の労をねぎらった。

■日本の空を150機超が飛び交った

日本は、世界でも特に747が活躍した国の1つだ。JALは70年に1号機を受領して以来、累計で114機を保有。もっとも多く747を運航した航空会社である。ANAも79年以降、累計で47機を保有。羽田-伊丹や成田-ニューヨークなど、国内外の主要路線でフル稼働し、累計の利用者数は約3億人に上るという。

747が次々と就航した70~80年代は高度経済成長期からバブル期。日本経済が急成長を遂げた時期である。1964年に海外渡航が自由化され、一般庶民も飛行機に乗る機会が年々急増していく。71年からの30年間で、国際線の利用者は206万人から1691万人と8倍以上に増えた。国内線も1638万人から9458万人と約6倍に増加している。

ボーイング747型機の最終便から降りる乗客(31日午後、羽田空港)

ボーイング747型機の最終便から降りる乗客(31日午後、羽田空港)

搭乗口であいさつするANAの篠辺修社長(31日、東京・羽田空港)

搭乗口であいさつするANAの篠辺修社長(31日、東京・羽田空港)

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