2019年9月22日(日)

始球式は何のため? 球界のためでしょ

(2/3ページ)
2014/3/23 7:00
保存
共有
印刷
その他

それから80年、今年はプロ野球の節目の年だという。しかし、「プロ野球」の歴史にもう少し深く切り込むと、実は20年に「日本運動協会」(通称「芝浦協会」)というチームが、日本初のプロ野球団として旗揚げしている。翌年、天勝野球団というチームも旗揚げした。この日本運動協会と天勝野球団は日本が進出していた中国東北部や朝鮮に遠征し、絶大な人気を誇っていたらしい。

23年8月、芝浦球場(東京都港区)で行われた試合は球場に入れない人々が周辺まであふれていたという。ところが、23年9月1日、関東大震災に見舞われ、拠点としていた芝浦球場が救援物資の集積地になったことなどによって、この2チームは活動できなくなり、解散に追い込まれてしまった。

プロ野球の始まりは読売巨人軍か

つまり、今の読売巨人を始祖とする組織の10年以上も前から、プロ野球の歴史は始まっていたのだ。そう考えると、プロ野球の始まりが「読売巨人軍」であるという考え方は必ずしも当てはまらないと思う。

そもそも、現在のプロ野球は36年、日本職業野球連盟の設立が始まりで、東京巨人軍、東京セネタース、大東京、名古屋軍、名古屋金鯱(きんこ)軍、阪急軍、大阪タイガースの7チームで春・夏・秋に分けて試合をしたのだ。

この連盟の誕生をもって始まりとするのならともかく、34年の大日本東京野球倶楽部(東京巨人軍)の設立をもってプロ野球の誕生とするのはいささか「誤った歴史認識」とはならないだろうか。

歴史という点では、まず沢村さんが正力松太郎氏の「一生面倒を見る」という強い誘いによって慶応大学への進学を蹴って巨人軍に入団していることを知る必要がある。

悲劇的な最期も後世に伝える必要

戦時中は低学歴の者から徴兵されていった。巨人軍への入団がきっかけで今でいえば"中卒"となった沢村さんは、その後3度徴兵されてしまうことになる。

ボールの替わりに手りゅう弾を投げさせられたあげく、2度目に帰還したときに肩を痛めて投げられなくなっていた沢村さんはその巨人軍に、あっさり解雇された。3度目の徴兵で無念にも戦死してしまう。前述の娘さんはこの年に生まれた。

輝かしい伝説的な活躍を伝えることも大事だとは思うが、同時にこうした悲劇的な最期もきちんと後世に伝えていかないとならない、と私は思っている。

  • 前へ
  • 1
  • 2
  • 3
  • 次へ
保存
共有
印刷
その他

プロ野球コラム

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報

新しい日経電子版のお知らせ

より使いやすく、よりビジュアルに!日経電子版はデザインやページ構成を全面的に見直します。まず新たなトップページをご覧いただけます。

※もとの電子版にもすぐ戻れます。